映画「鬼滅の刃」を見て

映画「鬼滅の刃」が記録的な大ヒットだ、と言うが、映画館で朝から深夜まで、そればっかりを上映していて、ほとんどが予約などで購入済みなら、そうなるよなあ、といった感じではある。例えば、「君の名は。」のような、口コミで一週間くらいかけて、人が押…

新型コロナの集団免疫論

新型コロナを巡って、国論はまっぷたつに分かれている、と言っていいだろう。それは、集団免疫論、つまり、「ノーガード戦法」を巡って行われている。 ノーガード戦法派 ... 早い話が「日常を取り戻せ」と言っている連中。新型コロナに伴うPCR検査などに…

入間人間『安達としまむら』

このライトノベルは、けっこうな巻数が出版されているが、ある意味で、第1巻で基本的な、この世界観は完成している。 今期の、これを原作としたアニメの第一話は、この第1巻の最初の重要なところが描かれている。 高校1年の一学期。安達はほとんど授業に…

ある女優の死

新型コロナによる不況は、先々月の自殺者数で女性の割合が増えている、というニュースによって、一つの徴候を示している。当たり前だが、今だに、男性に比べて、女性は非正規雇用などの不安定な職種に就いている人が多いわけで、安易に雇用の安全弁として使…

数学ガール

はてなブックマークで紹介されていた、以下のブログ 数学ガールオタクが初見VTuberの積分配信にめちゃくちゃ感動したメモ1|kqck|note で紹介されている、以下の、VTuberの二人による、数学動画だけれど。 魔界ノりりむが積分の問題を解けるまでおわれませ…

なにかを「決断」する子ども

まあ、あまりもう一度見たいという気持ちもなかったのだが、たんに、入場者プレゼントの小冊子をもらおうと、映画「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を二回目ということで見てきた。 ただ、一回見ていたこともあって、前半でギルベルトが島の少年のために…

全人類の滅亡

さて。全人類の滅亡は「いつ」起きるだろうか? こう言うと、まるで、「いつかは必ず」全人類が滅亡する、と言っているように聞こえるかもしれない。 しかし、ほとんどこれと同じことを言っている人は、特に、科学者には多い。その一つの分かりやすい例が、 …

橳島次郎『これからの死に方』

ナチス・ドイツのホロコースト、つまり、ユダヤ人の大量虐殺、民族抹殺が、どのように行われたのかの経緯を観察してみると、それ以前に、かなりさかんに 安楽死 が行われていたことが分かる。そのことは、ナチスのこういった「安楽死政策」に大きな影響を与…

上枝美典『現代認識論入門』

言語分析哲学については、リチャード・ローティに関連して、さまざまに論じさせてもらったわけだが、そこにおける「言語論的転回」をもう一度振り返ってみるなら、 経験論 の立場からは、「心は存在しない」。なぜなら、心とは結局、最後は 言葉で記述された…

ソクラテスはなぜ公務に関わらなかったのか?

ところで、ソクラテスは昔から、ある意味において、 評判が悪い。 ダイモーンの声が、わたしが市政にかかわる活動をすることに反対しているのです。それがわたしに反対するのも、まことにもっともなことだと、わたしには思えます。なぜなら、アテナイのみな…

八木雄二『ソクラテスとイエス』

「ソクラテスの弁明」であるが、まず、ソクラテスは、アテナイの若い、メレトスという青年に裁判に訴えられる。その内容は以下だ。 その宣誓口述書はつぎのようなものです。「ソクラテスは不正を冒している。若者をだめにするとともに、国家が認める神々を認…

経験論批判まとめ

フランシス・ベーコンが『ノルム・オルガヌム』において、「帰納法」による、学問の方法を主張したとき、それ以降の、ジョン・ロックや、ヒュームの「経験論」の基礎が確立された、と言うことができるだろう。そして、それ以降、学問とは 経験論 のことを言…

「フレ/ンダ」と「文学の終わり」

柄谷行人が「文学の終わり」について語ったとき、それは、彼にとっての、それまでの文学(明治以降の日本の私小説家から、文芸時評家から)について、ある種の (ヘーゲル的な)歴史の終わり のような観点から、それを語っていたわけであるが(つまり、彼自…

日本医師会・東京都医師会に喧嘩を売る人たち

まあ、新型コロナについては、以下のニュースを見る限り、それなりに 改善 してきているのかな、と思うんだけれど。 コロナ専用病院を渋谷と府中に開設へ 都知事が会見 医療機関への追加支援検討と首相 田村本部長「まとまった提案あれば早急に改正」 新型コ…

中国に対する世界の目

今週の videonews.com では、中国共産党が香港に対して突きつけた 香港国家安全維持法 の内容について、議論されている。この法律は、香港に関することでありながら、中国共産党が勝手に決めた法律であって、しかも、その「内容」は、その法律が「施行された…

渡航『やはり俺の青春ラブコは間違っている14』

まあ、このラノベについては、以前にも何回か言及をさせてもらっているわけだけれど、けっこう前に最終巻が出ていたわけだが、私はあまり、最終巻を読んでみよう、という気持ちになれなかった。それには、いろいろな理由があるのだろうが、正直、作者が何を…

安倍政権に滅ぼされる「東京」

新型コロナの問題は、小池東京都知事が、今は「第二波」と認めて、全国に感染が広がるフェーズに入っている。そして、東京都医師会は、政治家は今すぐに国会を開いて、法改正を行え、と叫んでいる。まさに 魂の叫び だ。 東京都医師会が会見 尾崎会長「法的…

人文的な世界

よく時代劇で、水戸黄門にしてもその他にしてもそうだけれど、勧善懲悪な、悪巧みをして、民衆を苦しめる悪人を、「お上」が成敗して助ける、といった作品が何度も繰り返し作られた。そして、こういった日本人の性質の傾向として、自己責任で、民主主義に自…

経験論と「合理論」

普段、私たちは当たり前のように「日常」を生きていて、回りの人と、いろいろなことを話しながら生きている。そうした場合、まさか、そういった一連の(言語行為を含んだ、さまざまな)行為が 無意味 だとは思っていない。ところが、経験論、つまり、「科学…

津堅信之『京アニ事件』

あれほどの大災害、死者を出したのにも関わらず、「京アニ事件」についての本は、ほとんどない。掲題の最近出版された本にしても、これで何が説明されたのだろうかが、よく分からない内容だ。 京アニ事件は、容疑者が京アニのファンだった可能性があり、京ア…

アプリオリ(≒超越論的)概念は早晩、滅びるのか?

前回は、リチャード・ローティのカント批判論文に対する、カント研究者による批判的な吟味が行われた論文を紹介したわけであるが、そこで、あまり議論の中心にしなかったことがある。それは、まあ、掲題からお分かりではあろると思うが、カント哲学の中心概…

ディーター・ヘンリッヒ「挑戦者か競争者か」

掲題の論文は、 ヘンリッヒ他『超越論哲学と分析哲学』超越論哲学と分析哲学―ドイツ哲学と英米哲学の対決と対話作者:ヘンリッヒ,D.,ローティ,アーペルメディア: 単行本 という、1992年に出版された、カント哲学に対する分析哲学からの批判と、それに対す…

「怖(こわ)い」東浩紀先生

ネットを見てたら、なにやら、いつもの東浩紀先生が、怒髪天をついて、お怒りになっているから、なにかなと見てたら、なにやら 女性に男性の性不全の話をされた ということらしい(なんだ、東浩紀先生自身が最近は、性不全でカリカリしてんのか)。 「もしあ…

K値モデルという「カルト宗教」

ここのところ、東京の新型コロナの感染拡大に伴って、地方にも、少しずつ感染者が増え始めていて、いろいろと、有識者が発言を再開し始めている。 私がまず、興味をもって視聴した動画は、以下の児玉龍彦先生と、児玉先生の研究に資金的サポートをしている、…

予防原則

新型コロナについては、東京の感染拡大が出始めて、(前回もそういった傾向はあったけだが)最初は若い人が中心に広がっていたのが、少しずつ高齢者にまで広がり始めている。 また、おそらく、それに伴って、重症者の人数の増加が、近々に現れてくるのではな…

湯浅正彦『存在と自我』

つまびらかにカントの哲学を考えてきたとき、おそらく、最初に気付かれる点は、カントが ダーウィンの進化論以前 だ、ということだと思うわけである。つまり、カントのアプリオリ性とか、超越論的といった議論は、明らかに、ダーウィンの進化論以前の文脈に…

なぜ政治家は人の生死を語らないのか?

フジテレビのリアリティショー番組「テラスハウス」に出演していた木村花さんが自殺で亡くなって、今回のフジテレビの社長がコメントを出すやいなや、日経新聞などが一斉に、 悪質誓約書 について報道し始めた。 誓約内容に違反して制作に影響が出た場合、出…

リチャード・ローティ「人権、理性、感情」

ローティは、ボスニア戦争の時の掲題の論文において、以下の「ムスリム人は人間ではない」というコメントにインスパイアされて、彼の持論を展開していく。 数カ月前のボスニアからの報告のなかで、デイヴィッド・リーフは次のように述べています。「セルビア…

リチャード・ローティ「予測不能のアメリカ帝国」

(この論文については以前にも、このブログでとりあげて、このタイトルで記事も書いているが、改めて、その主張をまとめておきたい。) 最近の videonews.com では、宮台真司先生が、リチャード・ローティの話をとりあげてばかりだ。そして、おもしろいこと…

オートポイエーシス・システムの数学的モデル化は可能か?

昔から、 生物学 というのは、物理学とは、なんらかの意味で「違う」科学なんじゃないのか、と言われてきた。それは、生物学が物理学の法則に従わないから、ということではなくて、通常の物理学の手法では 扱えない 性質のもの「だから」、生物学という「分…