2012-05-01から1ヶ月間の記事一覧

朝を繋ぐ

私たちが日々の生活で何を行っているのかは、ちょっと興味深くある。 子供の頃は、学校に行く。また、大人になると、多くの人は、サラリーマンとなり、会社に通勤する。 すると、ある疑問がわく。なぜ、多くの人は、学校や会社に行かなくならないのだろう。 …

大澤真幸『夢よりも深い覚醒へ』

福島第一の原発事故は、東日本大震災と同時に起きた。つまり、東日本大震災の地震の揺れと津波の被害の中で、同時に起きた。つまり、人々はその事故を、 混乱 の中で受け止めたということになる。 それ以降の、被害の大きさは、今さら言うまでもないことだろ…

萱野稔人『ナショナリズムは悪なのか』

私が掲題の本をまず見て思った印象は、いきなり、なんの説明もなく、 ナショナリズム がどうのこうのと最初から書かれているということの「異常」さだったわけです。 つまり、そういう言語感覚が非常に欧米現代思想研究者(悪口にすれば、オタク)の方の感覚…

コムニス・ゲーム

どうも世の中の議論というのは、「科学」という「普遍ゲーム」をやっている、という印象が強い。しかし、そういったものは、どこまで私たち「が」付き合うに耐えうるようなものなのだろうか。 最近読んだ、萱野さんの『ナショナリズムは悪なのか』という本も…

文化への不信

ここのところ、検討してきた、古典部シリーズを、とりあえず、単行本レベルで最後まで読みまして、千反田えるについての検討は、今までで、ある程度、検討はやったかな、という印象はある。 彼女は、地元の豪農として、なんとかこの衰退していく日本の農業(…

千反田のぐふふ

もう一度、古典部システムについて考えてみよう。 このシステムの特徴は、いわば、千反田だけが 外部 だというところにある。つまり、折木と里志と摩耶花は、同じ中学だったわけで、ずっと、 地元のダチ なわけだ。しかし、千反田は違う中学で、高校から同じ…

米澤穂信『愚者のエンドロール』

主人公の折木奉太郎(おれきほうたろう)は、なぜ古典部に入ったのか。あらゆることを自らの「省エネ」の視点で考える彼が、なぜ部活動をすることになるのか。 まず、この場合、二つを区別しなければならない。 入部の手続きを行うこと。 実際に部活動をする…

西尾維新『悲鳴伝』

ゼロ年代を代表する西尾維新の今回の、長編小説は、多分に、311の東北の津波を意識していると解釈される。 ある日、地球中の人々は、ある「悲鳴」を聞く。ほぼ一人の例外もなく聞いた、ということになる。そして、その悲鳴時点で、「ランダム」に、世界の…

川端幹人『タブーの正体!』

民主主義というのは、なんらかの合意を達成していく手段として、理解されている。しかし、それはどういうことなのだろうか。というのは、つまり、そんなものが「ありうる」のだろうか。 つまり、どういうことか。 なんらかの「合意」が、「システム」で、担…

ダイアローグ社会2

マージャンの漫画「咲-saki-」は、女子高校生が、高校野球のように、部活動として、地区大会、全国大会を勝ち抜くストーリーとなっている。 アニメ化もされているが、作品を読んで、まず目が行くのが、 田舎の自然の描かれ方 だ。主人公の宮永咲が通う高校は…

島薗進『精神世界のゆくえ』

それにしても、近年のケータイやスマホについているGPSは便利だ。あの、渋谷の細い道が、まがりくねった所も、目的地を検索できれば、容易に「最短距離」を行くことができた。ちょっと便利すぎだなあ、と思わなくはない。 私が、東京で暮らし始めた頃、自…