2015-07-01から1ヶ月間の記事一覧

明治憲法からの連続性

新国立競技場の白紙撤回のとき、安倍総理が記者会見で「新国立競技場は、国民の皆さんと選手の皆さんのためのものですから」と言っていたのを聞いたとき、私は少なからぬ違和感を覚えた。 というのは、なぜわざわざ、新国立競技場の場合は、みたいなことを言…

山形石雄『六花の勇者6』

哲学者のヘーゲルを、カントの保守反動、つまり、バックラッシュとして解釈することは、ある程度、合理的なんじゃないのかと考えるわけだが、その場合、問題とされたのは、 現実的であることは合理的である という「現実法則」についてであった。こういった…

「トモダチ=同盟」の危険さ

日本の保守派の特徴は、なんだろうか? おそらくそれを一言で言うなら、 友達 というところにあるのではないだろうか。それは戦前の軍隊においても同じで、あらゆることがこの「友達関係」の延長で考えられているため、原則論として、どういった最低限のマナ…

山形石雄『六花の勇者5』

人間には生きる本能があるという場合、それは、実際に進化論ではないが、こうやって人間が今に至るまで生きてきたのだから、それを疑う人はいないだろう、ということになるのではないかと思われるが、逆にこう問うてみることはどうであろう。つまり、 人間に…

概念の帝国

アニメ「バケモノの子」は、映画としての興業的には宮崎アニメを継承するような、大成功と言えるのだろうが、作品の評価としては、多くの人が指摘しているように、監督の「エンターテイメント」性としての<分かりやすさ>志向の意図ばかりがめだち、正直、…

石川健治「集団的自衛権というホトトギスの卵」

今回の安保法制が「合憲」と言って、官房長官が挙げた三人が、三人とも「徴兵制は合憲」と以前から持論にしている人であったことは、多くの人に あ...(察し となったわけであるw そこから、一気に、 徴兵制問題 がクローズアップされるようになった。政府が…

山形石雄『六花の勇者』

私たちは、性善説と性悪説の違いを、なにか「文学」における リアリティ の問題だと勘違いしているふしがある。つまり、性善説的文学は勧善懲悪で「価値が低い」となり、性悪説的文学は「現実のリアルをより正確に記述している」ということで「価値が高い」…

井崎正敏『吉田松陰』

例えば、日本の頭の良さげな人たちの議論として、憲法第九条に対して、自衛隊は矛盾している、という認識から、一気に、 憲法九条の破棄 + 自衛隊の軍隊化 を目指すという議論をする人たちがいる。しかし、ここで私がこだわっていることは、そういうことを…

「終わり」というイデオロギー

一般に、ヘーゲルというのはカントの後に現れた哲学者として「カントを超えた」業績を残した人といった解釈をされる。つまり、ヘーゲルはカントの上を行っているのだから、カントなんて読む必要がない。ヘーゲルさえ理解すれば、歴史の最先端に行ける、みた…

THE BLUE HEARTS「電光石火」

カントの三批判書というのは、おもしろい構造になっている。 まず、純粋理性批判においては、理性(=計算)の問題を、理性的である人間のその様態と、実際の理性という能力によって結果する計算との、微妙な諸関係を探求する過程となっている。 他方におけ…

下重暁子『家族という病』

今回の安倍政権の安保法制の強行採決を、他の法律の強行採決と同じように考えてはいけない。自民党にとって、なぜこの法律の強行採決がどうしても行わなければならないのかは、非常によく考えられて行われている。彼らは馬鹿じゃない。例えば、衆議院、参議…

間に合わないと言う人たち

私は時間がないと言う人が嫌いだ。というのは、意味が分からないからだ。 私が疑問に思うようになったのは、例えば、日頃はリバタリアンを気取っていながら、他方で原発推進だったり、国立競技場でザハ案での建設に賛成だったりする。つまり、お前は矛盾して…

セーラームーンとエヴァ

90年代アニメは、そもそも子どもが見るものであった。つまり、小学生くらいまで、ませていて、中学生くらいまでが見るものであった。それだから、夕方にやっていた。こういった視点で見たとき、まさに、90年代はセーラームーンの全盛期だったことが分か…

武井弘一『江戸日本の転換点』

一方において、江戸時代が素晴しかったと言うと、当時の封建制的身分差別を理由に、明治政府の方がずっとましという理由で、明治政府を正当化する(まあ、現在まで連なる政権ですから、これって自分たちの政権の正当化なんでしょうが)。この場合に考えられ…

稲田豊史『セーラームーン世代の社会論』

私は以前から疑問だったのだが、なぜ日本のサブカルチャー批評は、SFオタク論になってしまったのだろうか。つまり、SFオタクが 自分 が好きな作品を語っている「それ」が、なぜそうなのかを延々を分析する、いわゆる「自分語り」になってしまっている。…

日本会議=生長の家の分派

少し前に、自民党憲法改正草案が、いかに恥ずかしいものであって、なぜこんなものをいつまでも自民党は自党の看板に掲げているのか、ということを不思議に思うというようなことを、このブログに書いたが、おそらく今の安保法案への国民的な抗議行動が今一歩…

言語の「他者」性

日本に住んでいるほとんどの人は、日本語をネイティブにしてきた、そもそも、この日本列島で産まれ落ちた、そうすると、そもそも、この「日本語」というものへの 反省 が生まれない。つまり、これはデカルトの言う「懐疑」が生まれない、ということなのだ。…

非リベラル国家となった日本

今回の安保法制の問題は日本の「民主主義」の危機だということになるが、こういった場合に、このことを、こと「日本だけの問題」と考えがちな人が多い印象を受ける。 もう一度整理をすると、第二期安倍政権誕生は、麻生副総理による、「ナチスに学べ」指令か…

安倍首相vsイスラム国

とうとう、安倍総理がガチンコの対決を日本国民に対して挑んできた。安倍を中心とした、日本の保守革命を確信犯的に実現しようとしている勢力は、ひとまず、その概要を日本会議に代表させることができるであろう。 彼らが目指していることの一里塚として、日…