秘密社会

カフカの官僚論を作品から読み解くとき、むしろそこには、ある「国家」が国民に「隠れている」という本質が見出されてくる。
カフカの代表作『城』において、役人たちとの会話が成立しない。というか、なにを言っても、雲をつかむような「反応」しか返ってこない。これはたんに「不思議」だとか、ファンタジーだとかSFだとかいったものではなく、明確に「国家官僚」の特徴であることが、むしろカフカという「不思議」な存在の中から見逃される構造になっている。
カフカが描いたのはむしろ、国家官僚の「現実」であった。あれは、ソ連の官僚であり、日本の官僚でありが、現実に「このようにある」ということを描いた。しかし、なぜか人々はそれをそのように読まなかった。なにか、ファンタジーとかSFとして、それを読んだ。しかし、むしろ「そう」であることが反動的であった。
なぜ、国家官僚と私たちは「会話が成立しない」のか? それは、国家官僚にとって、国民と会話を成立「させない」ことに、根源的な功利主義的な「利益」があるからだ。それはなにか? それは

  • 秘密

である。国家官僚は国民になにかを隠そうとしている。正直でないことが、国家にとっての生命線なのだ。ナチスユダヤ人をアウシュビッツに送って、ガス室で殺していたわけであるが、大事なポイントは、国民は誰一人、毎晩、トラックで連れて行かれるユダヤ人の一人一人が、そのトラックが行った先で、なにが起こなわれていたのかを知らなかったことなのだ。
国民に知らせない。
ここに、あらゆる本質がある。国民は知らない。知らないが、国家は国民に隠れて行う。大事なポイントは、ここにある。今、国会で行われているTPP法案の議論が異様なのは、誰もTPPの中身を知らない、というところにある。資料請求をすると、あらゆる個所が黒塗りをされた資料が返ってくる。ということは、そもそも国家は国民に「隠れて」なにかを行い、その行ったことを

  • 承認しろ

と言っているわけである。ここに、なぜカフカの描く国家官僚が「なにを話しているのか分からない」理由がある。
おそらく、これからの世界は、こういった「秘密社会」になっていく。例えば、今、トルコやフィリピンでは、次々と、国家が一切の裁判などを介すことなく、国民を殺している。警察が次々と、国民を掴まえ、殺す。私たちは、いや、こういったことは、「共産主義社会」の、ソ連や中国といった共産主義イデオロギーが問題なのであって、この「冷戦」に勝たなければ、世界は共産主義に覆われて終わるといった議論が続いてきたが、ところが、なんのことはない。こうやって、冷戦が終わってみると、共産主義など関係なく、世界は

  • 大虐殺

の時代に移ってきた。国家は、国民を殺す。しかし、それに対して、誰も何も言わない。だれもそれと戦おうとしない。というか、そもそも国民は、国家が行っていることを「知らない」のだから、最初から、あらゆる行動の動機を失っているのだ。

そうですね。それはある意味で、超生権力国家とでもうべきものになる。ただ、僕がいっているのは、オープンになるのは結局ギリギリの生存のお金だけであるような世界です。すべてを丸裸にする監視社会の話はしていない、オープンネスとセットになったBIなんて気持ち悪い、自分は絶対匿名的なところに行きたいんだという人は、それとは別の市場で調達し、プライバシーを買ってもらえばいい。これも、いまだって実際にはそうなっていると思いますけどね。
生存は絶対的に保障するから、生活情報は渡してほしいという、究極のサービスプラットフォーム。生存を保障するために最適な手段をいまのテクノロジーを前提として考えたら、結局こういうBIのかたちがありうるんじゃないのかなと。
東浩紀「情報公開型のベーシックインカムで誰もがチェックできる生存保障を」)

ベーシックインカムは究極の社会保障か: 「競争」と「平等」のセーフティネット

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現代という「秘密社会」において、次のような強者と弱者によって、世界は分断される。

  • 強者(お金持ち) ... 自分の情報を隠せる。自分の知りたい情報を手に入れられる。
  • 弱者(貧乏人) ... 自分の情報を隠せない。自分の知りたい情報を手に入れられない。

しかし、である。例えば、ヘーゲルの『精神現象学』において、何がこの世界の「自由社会」を担保していたのかといえば、キリスト教的な「告白」制度の価値においてであった。つまり、人々が「正直」に語ることが、この世界の健全性を担保していた。
ところが、この現代という「秘密社会」においては、弱者はプライバシーを守れないし、強者はプライバシーを守れる。情報とは「強者のモノ」であることを意味するにすぎない。
おそらく、未来の憲法は「黒塗り」になるだろう。なぜなら、国民は「弱者」だから。憲法の内容を知れないから。
こうして世界は「不透明」になる。
こういった「秘密社会」においては、しかし、そもそもの「責任」を各個人に負わせることが難しくなる。ある個人が逮捕されたとき、なぜ自分が逮捕されたのかを、その個人が知ることはできない。なぜならそれは「秘密」だから。なぜ自分が掴まったのか、なぜ、自分は今、「死刑」になるのか。それを知らされることはない。なぜなら、個人はそれを知ることが可能な「強者ではない」から。言うまでもなく、

  • だから

ユダヤ人はアウシュビッツナチスに殺されたのであって、まさしくその構造はカフカの描く官僚国家そのものなのだ。おそらく、これからの世界は「大虐殺」の世界となるだろう。なぜなら、人々は「なぜ自分が殺されるのか」を知ることができないから。多くの国民が国家に殺されながら、なぜ自分を国家が殺したのかを知ることはできない。それは、ナチスにおいてヒットラー

  • なぜ

ユダヤ人を殺したのかに、理由が必要なかったことと同値だと言える。なぜなのか、という問いは、「なぜ」という質問の答えを、なぜ国民は手に入れられるのか、という逆の質問となって返ってくる。この現代という「秘密社会」においては、その「答え」はそもそも最初から「強者」にしか用意されていない。TPPの情報の一切が隠されているにも関わらず、なぜか、TPP法案が国会を通ろうとしているのも、それが理由なのだ...。