功利主義と「模倣」

功利主義を代表する哲学者、ピーター・シンガーは、

という概念によって、「功利主義」的に、人間の「幸福」を計算し、その「最大化」こそが、倫理的な価値であると主張した。その場合、ここで言っている「パーソン」とは、「合理的で理性的な意識」という意味であって、少なからず

  • 動物

にも、この萌芽が見られる、という整理となる。しかし、問題はその動物と「人間」を比較し始めるときに現れる。どんな社会でも、一定の割合で存在する「障害者」も言うまでもなく「人間」である。しかし、シンガーの規準にとっては、その人間と

  • 動物

との比較において、「ある人間は、ある動物より価値が低い場合がある」という主張を始めた。そして、その主張を論証するために彼が使ったのが

である。人間の「価値」とは、「パーソン」の価値である。ということは、この「パーソン」が「ほとんど見られない」障害者は、それなりに「見られる」チンパンジーなどの動物よりも

  • 劣っている

という議論を始めた。つまり、これらの障害者を「殺してもいい」と。もっと言えば、

  • こういった障害者の命を犠牲にしてでも、それらの「動物」の命を守らなければならない

と。
しかし、である。
こういった主張は、そもそもどういった思想から導かれているのかを忘れてはいけない。彼は、そもそも「カント主義者」と戦っている。彼らを「敵」と認定している。その彼らに勝つために彼はこの主張を始めたのであって、決してこの線は消せないのだ。
まず、彼がカントの義務論に対抗させたのが「功利主義」である。そして、その功利主義をより「正確」に理論化するために導入されたのが、「パーソン論」だった。
同じく、功利主義者のジョシュア・グリーンと同じく、彼らはどうやって

を「証明」したのかに注意が必要である。その代表的な議論が、前回紹介した「進化論的暴露論法」であった。この議論の特徴は、進化心理学の理論的基盤となっている

  • 二重過程論

と、ほとんど同じレトリックになっていることが特徴だ。二重過程論においては、全ては「システム1(直観、本能)」と「システム2(合理的思考、理性)」に分類される。彼らはこれを

  • カント主義はシステム1
  • 功利主義はシステム2

と分類した。その上で、「システム1は、進化論における、適応主義の産物なのだから真ではない」として否定し、それに対して、功利主義はそうじゃないのだから、こっちが正しい、と説得した。
しかし、私たちに疑問なのは、この、彼らの

  • 価値観

が一体、どこから来たのか、なのだ。シンガーは「パーソン」こそが、

  • 価値のある生き物

を「計算」する規準だということになっている。しかし、なぜそういった「価値観」になるのか。その価値観を導いているのは、一体なんなのか?
確かに、シンガーの言う「パーソン」は、なんらかの価値の源泉のように思われるかもしれない。しかし、それはどういう意味なのか? シンガーが「パーソン」を強調すればするほど、彼の言う

  • 権利を保護しなければならない「動物」

とは、「より人間の<思考>に近い活動をしている動物<だけ>」ということになってしまう。つまり、クジラやイルカ、チンパンジーといった、私たちがよく「知的能力が高い」動物と。しかし、よく考えてみると、そうなのだろうか? シンガーは逆の意味での

  • 人間中心主義

を主張しているだけなのではないか? もっと言えば、より「神に近い」、神の言語能力に近い動物を「特権化」しているだけであって、こういった価値観そのものが「人間優越主義」の亜種でしかないのではないか?
例えば、以下の記事では、おもしろい比較をしている。

人間が繁栄した理由として広く受け入れられているのが、「人間は従来の動物よりも高い知能を持っており、さまざまな地域に特有の問題を思考力によって解決し、世界中に広まっていった」というものです。
しかしウッド氏は、人間が繁栄した理由を高い思考力によるものだとする説について、「近年は多くの認知科学者や人類学者がこの説明を否定しています」と指摘。これらの科学者は人間の高い知能による説明の代わりに、「他者の行動を注意深くコピーすることにより、困難な気候や生態学的な状況に対処してきた」と考えているとのこと。
人間が繁栄した鍵は革新的な思考力ではなく「何も考えずに他者を模倣する力」かもしれない - GIGAZINE

子どもたちとチンパンジーは研究チームが見せた手順を模倣して、それぞれ箱からおやつを取り出すことに成功しましたが、子どもたちは「棒で箱を叩く」という実際には必要ない手順まで丁寧に模倣したそうです。内部が不透明な箱はともかく、内部が透明な箱においては棒が何の役にも立っていないことは明らかでしたが、それでも子どもたちは「不合理に」目撃した手順をコピーしたとウッド氏は指摘しています。
人間が繁栄した鍵は革新的な思考力ではなく「何も考えずに他者を模倣する力」かもしれない - GIGAZINE

その一方で、チンパンジーは箱が透明であり、「棒で箱を叩く」手順が実際には必要ないことが明らかな場合、この手順をスキップして箱を開けたとのこと。
人間が繁栄した鍵は革新的な思考力ではなく「何も考えずに他者を模倣する力」かもしれない - GIGAZINE

上記の例を、そのまま受け取るなら、シンガーとしては

  • 猿の方が、人間より「合理的」なのだから、猿の方が、人間より「価値がある」

と言わなければならなくなるだろう。どう考えても、猿の方が「合理的」に行動している。シンガーたちの主張に、ひとまず従って説明するなら、

  • 猿は功利主義者であるのに、人間は「カント主義者」である

ということになる。そして、そうやって人間と猿は「別々」に、今に至るまで

  • 進化してきた

わけである。どいうことはどういうことか? 人間は、有史以来、ずっと「カント主義者」であった。対して、功利主義者は、せいぜい18世紀以降に現れた「近代の作法」に過ぎない。だとするなら、どっちが

  • 人間の特徴を「正しく」説明する道徳理論なのか?

は、もはや自明なのではないか。

アメリカの人類学者であるジョセフ・ヘンリック氏は「The Secret of Our Success」の中で、「世界中の人は合理的に学ぶことができないほど複雑な技術に依存している」と指摘しています。その代わりに、人間は段階的に必要な知識を身に付けていき、より経験の多い年長者や仲間の知恵を信頼する必要があったとのこと。
たとえば弓矢の扱いを学ぶためには、熟達したハンターの動きをよく観察し、全ての行為を真似ることが最も近道となります。経験の浅い学習者は、ハンターの手順の中でどれが必要でどれが必要ないかを見極めるのが難しいため、弦を挟む指の本数や、矢を引く際のちょっとした仕草も完全にコピーする必要があります。
人間が繁栄した鍵は革新的な思考力ではなく「何も考えずに他者を模倣する力」かもしれない - GIGAZINE

私なりの用語で説明させてもらうなら、功利主義者とは、

  • 学校秀才バカ

ということになるだろう。なんでも、自分が一番頭がいいと思って、誰の言うこともきかない。回りが、自分の言う通りに行動しないと、すぐに「ヒステリー」を起こして、自分をちやほやしてもらえないことに我慢がならず、すねて、やる気をなくす。しまいには、大衆を「愚民」だとか、ポピュリストだとか言って、馬鹿にして、上から目線で、ひねくれたことばかり言う。
人間を特徴づけているのが、この特異なまでの

  • 他人のマネをする能力

である。むしろ、これこそが人間を人間らしくしてきた能力だということになる。この能力に秀でていたから、人間は人間になることができた。このことを理解できない、学校秀才は、そういう意味では、常に社会の「ガン細胞」として、

的な存在として、人間社会の脅威となり続けるわけだ...。