女性が知らない女性

今、世の中は新型コロナの緊急事態宣言で、「不要不急の外出禁止」となっている。
ようするに、「外に出るな」と国や東京都は言っているのだから、むべなるかな、というわけである。
私が不満なのは、そんなふうに私たちに言うのなら、そう言っている連中はその

  • 責任

を引き受けるべきだ、と思うわけである。
つまり、ちゃんと私たちに、「家にい続けることを動機づける」何かを行うべきではないか? 人に「家にいろ」と言うのなら、それに見合う

  • 動機

を私たちに、そういった人たちは与えるべきなんじゃないか?
世の中、文系が徹底して不遇の時代にある、と言われている。本を読まない人が増えて、国立大学は文系枠が減らされ、そもそも、文系コンテンツを「生きるのに必要ないもの」として、誰も消費しなくなった時代において、この新型コロナによる「デスクワーク」強制時代は、まさに、絶好の文系時代の到来なんじゃないのか、と言いたくなるわけである。
ところが、いわゆる「文系」さんたちは、

  • 「新型コロナは風邪」説

に、いたくご執心。新型コロナは「たいしかことはない」。今の日本の対応は「やりすぎ」。今まで通りの

  • 日常を取り戻せ

の大合唱だw どうせ死ぬのは、年寄だ。俺には関係ない。むしろ、俺の居酒屋商売がジリ貧だ。なんとかしてくれ。そのためなら、老人が何人死のうが関係ない。俺のやりたいようにやらせろ。それが「文系」の

  • 国家からの強制に戦うオレかっこいい

なわけだ。
....なさけない。
どうせ、二週間で新型コロナの流行は終わるんだから、なんでそれだけ待てないんだろう、と思うけど、どうせ、ゼロコロナにはできない。海外から入ってくるし、できないんだから、あとは、

  • 集団免疫

しか、ありえない、と。
しかし、ワクチンを使わない、ハードランディングの集団免疫は、海外の例を見れば分かるように、驚くまでの死屍累々とした数の死者の山を築くわけだけど、彼らに言わせると、でも「日本の場合はインフルエンザよりまし」ということになる。つまり、彼らは「ファクターX」論者なわけで、なぜかの理由は知らないけど、文系学者お得意の

  • 日本特殊論

というわけであるw でもね。実際に、感染した人の年代別の重症者の割合は、海外と差がないんだよね。ということは、まさに

  • 指数関数的増加

というわけで、まだ、日本はこの増加が本格化するまでの、「濃度」にまでは至っていない、と考えるのが普通なのだろう。
この問題が、ここのところ話題になっている「変異株問題」というわけで、結局、この新型コロナの「感染力」が左右する、ということに過ぎないんじゃないのか、と言いたくなる。
そのことは、さかんに言われた、「交叉免疫問題」と関係しているわけで、アメリカのアジア系アメリカ人が、ほとんど変わらない感染率を示しているということは、これは

  • 遺伝子問題

と考えるより、たんに、

  • アメリカのほとんどの人が、今まで、「風邪」にかかったことがない(対して、日本では当たり前のように、毎年、多くの人が普通の風邪に感染してきた)

というのが、今の一応の「感染の広がりにくさ」を証明している、ということなのだろう。
それにしても、今の日本の雰囲気は、

  • 果して、東京オリンピックを開催できるのか?
  • 果して、新型コロナのワクチン摂取は、どれくらいの速度で、どれくらいの割合まで進むのか?

といったことが、まったく予測ができない、不安定要素として、今の日本の、なんとも言えない、よどんだ雰囲気をもたらしている。
しかし、いずれにしろ、あと何ヶ月かで、なんらかの結果にはなるわけで、まあ、そういうわけで、今の「緊急事態宣言」における、「不要不急のステイホーム」とは、そういった性格のものとして、どこまで人々が協力的でありうるのか、が試されていたわけであろう。
そういうわけで、このブログ記事のタイトルの話に移っていくわけだけど、ここで私は、本当に「女性が知らない女性」の話をするわけではない。というか、むしろ、若い人のかなりは(特に、少しオタクの入っている人)は、当たり前のように知っているわけで、ここで私が言いたいのは、むしろ

  • 主に男性の「趣味」と考えられてきたものに耽溺する女性たち

という意味で書いている。つまり、そういった女性を、例えば、フェミニストと呼ばれるような、女性の社会的な権利拡張のために活動をしているような人たちが、あまり、注目をしていないことを少し揶揄する意味で使っている。
例えば、ユーチューブを見ると、多くの

といったことに対して、単純にそのことの是非を問うのではなく、

  • いや。男性が興味をもつことを女性が行ったら、男性は注目するのではないか?

という、素朴な感想として注目したい、と思ったのだ。

【帰ってきた魔界村】発売前日!超鬼畜ゲーを先行プレイ!!!!!!!ぺこ!【ホロライブ/兎田ぺこら】
【帰ってきた魔界村】発売前日!超鬼畜ゲーを先行プレイ!!!!!!!2枠目ぺこ!【ホロライブ/兎田ぺこら】

15年ぶりに帰ってきた魔界村が今日発売になったのだけれど、兎田ぺこらがその何時間か前から、先行で動画実況をしていた、というもの。
まあ、ものすごいことになってますねw モードが選べるんだけど、最初、兎田ぺこらは最難関の「伝説の騎士」モードでやっているわけだけど、一面の中間地点まで来るのに9時間近くかかっているw まあ、ライフが二つしかないので、難しいのは確かなんだけど、ようするに、兎田ぺこらはそんなに、こういったゲームをやり慣れている感じではないんだよね。
つまり、彼女はあんまり、こういった傾向のゲームが得意じゃない。
でもね。
そういった女の子が、ここまで、何時間もゲームに没頭している姿は、単純に引き込まれるよ。むしろ、

  • 下手

だからこそ、少しずつうまくなっていく姿に感動するわけだろう。そこに、みんな自分を見る。むしろ、そんなに下手なのに、ここまで真剣に取り組んでいる姿が、自分の今までのゲーム体験を重ねるわけであろう。
こうやって考えると、いわゆる「フェミニズム」というのも、なにか勘違いしているんじゃないのか、といった印象を受ける。私たちはもっと、理解しあえる。それは、私たちが「似ている」からであって、ポリコレなどの「ルール」によってではない。つまり、もしもフェミニストが、ガンプラを作ったり、その流れでファースト・ガンダムを見たり、こうやってゲームをやれば、

  • やった分

に対しては、男性は相手を認めるわけだ。そこに、女も男もないわけだ...。