安里アサト『86----エイティシックス−−−−』

ウクライナ戦争は奇妙な戦争だ。しかし、大事なポイントは、

  • ウクライナは20才から60才までの男性の国外退去を禁止しているが、必ずしも「徴兵制」までを強制していない。多くの男性は、ボランティアなどを行っており、軍人にはなっていない。
  • ロシアのプーチンは国内向けには、これが「戦争」だと言っていない。「軍事的措置」という言葉を使い、ある種の「警察行為」のようなものと説明している。よって、憲法で認められている、「戒厳令」を発令して、「徴兵制」によって全ての成人男性の軍人化を強制していない。

つまり、お互い、今のところは、赤紙制度を強いていない。このことが何を意味しているかというと、もしもそうなったら、その時は、

  • (成人男性の)全国民が軍人となり、殺し殺される存在となる

わけであり、

  • (近代国家としての)戦争の最終段階

となることが分かっているから、それをやりたくないわけだ。もしもそれを選択したら、近いうちに戦争に負けることを意味するからだ。もしも、徴兵義務制を採用すると、

  • 富裕層のいいとこのボンボン

でさえ、軍人となり、戦場で敵にゴミ屑のように殺されることになる、ということを意味する。
ではその代わり、どうしているか、どいうことだが、一つは、

  • 傭兵

である。もちろん、これはその労力に見合う「賃金」が払われることが前提である。つまり、この賃金の支払いが滞るなら、この方法もジリ貧となる。
ロシアのウクライナへの侵攻も、現在は東部と南部が中心となり、キエフや西部への軍事攻撃は止んでいる。そう考えると、今の状態は、2014年のクリミア侵攻の「続き」が再開された、と解釈もされるわけで、ある程度の「均衡」が、この辺りにできるということになるのかもしれない。
おそらく、ウクライナ軍なるものは、ほとんど体裁をとどめていないのだろう。その代わり、「アゾフ連隊」と呼ばれる、愚連隊もどきの市営の軍備保持組織が、一定の「抵抗」を行っているという状態で、これをウクライナ政府は「正規の軍隊」にまるで編入しているかのように国際社会に宣伝をして、大量の資金と軍備を集めている、ということになる。つまり、海外の傭兵とは、この「アゾフ連隊」の一員として吸収され、

  • ゲリラ

的に、散発的にロシア軍にちょっかいをだして、常に一定の被害を与えることで、ロシア軍にウクライナに駐留し続けることのデメリットを意識される戦術を続けている、ということになるだろう。
アゾフ連隊とはネオナチと呼ばれているが、はやい話がISみたいな連中だと言ってもいいのだろう。世界中から、血の気の多い人を傭兵として集めて、やりたいように暴れさせるのだから、そんなに生易しい人たちじゃない。人を殺すことをなんとも思っていないし、人種差別だって当たり前に思っている連中だ。
お互いが「全面的な全成人男性の軍人化」まではやりたくないという中で、なんとか、傭兵に「戦わさせる」という状況は、近代の戦争の姿なのだろう。しかし、こういった傭兵とは、そういったISのような人たち、という意味なのだから、どっちにしろ汚れた仕事であることには変わらない。
ところで、掲題のラノベであるが、現在は10巻以上でていて、話はどんどん進んでいるわけだが、去年、アニメ化がされている。2クール放送され、おおよそ、3巻までの内容までがアニメ化された。
しかし、このアニメを見て一瞬で思い出させられるのが、この「ウクライナ戦争」だ。
サンマグノリア共和国とギアーデ帝国が戦争をしており、前者側を中心に描かれているわけだが、この戦争を特徴づける最大のものは、

  • 人種差別

にある。

九年前、共和暦三五八年、星暦二一三九年。
共和国の東の隣国にして大陸北部の大国ギアーデ帝国は、周辺諸国全てに宣戦を布告。世界初となる完全自律無人戦闘機械<レギオン>部隊による侵攻を開始した。
軍事大国ギアーデの圧倒的武力の前に、共和国正規軍はわずか半月で壊滅。
残存兵力をかき集めた軍人達が絶望的な遅滞戦術で時間を稼ぐ間に、共和国政府は二つの決断を下す。
一つは八五行政区内への、全共和国市民の避難。
もう一つが、大統領令第六六〇九号。戦時特別治安維持法
共和国内に居住する有色種(コロラータ)を帝国に与する敵性市民と認定。市民権を剥奪し、監視対象者として八五区以外の強制収容所に隔離する法律である。

何より、敵軍(レギオン)に完全に包囲され逼塞した状況下で、誰もが不満の捌け口(スケープゴート)を必要としていた。
正当化する優生思想が瞬く間に流布した。近代民主主義という先進的で人道的な、最高の政体を世界で初めて樹立した白系種(アルパ)こそが最も優良な人種であり、前時代的で非道な帝国主義の有色種(コロラータ)はその全てが劣等種。野蛮で愚鈍な人間もどき、進化に失敗した人型の豚(ぶた)にすぎないのだと。
かくて全ての有色種(コロラータ)は強制収容所に送られ、兵役とグラン・ミュール建造の労役を課された。それら費用には接収された彼らの資産が充当され、市民達は兵役と戦時増税を回避してのけた人道的な政府を称賛した。
有色種(コロラータ)を劣等生物(エイティシックス)と蔑視する白系種(アルパ)の差別意識は、二年後、生身の兵士----その全員がエイティシックスだった----の代わりに投入さた無人機(ドローン)という形で具現化する。
共和国の全技術を結集してもなお、共和国製無人機(ドローン)は実戦のレベルには逹しなかった。
けれど劣等たる帝国に造り得た無人機(ドローン)を、優良種たる白系種(アルパ)が造れぬことなどあってはならなかった。
エイティシックスは人間ではないのだから、奴らを乗せればそれは有人機ではなく無人機だ。
共和国工廠(RMI)自律式無人戦闘機械(ドローン)<ジャガーノート>。
人的損害を完全に零(ゼロ)にする先進的かつ人道的な兵器として、市民の絶賛とともに投入さあれた。
エイティシックスの操縦士を情報処理装置(プロセッサー)と定義して搭載した、有人搭乗式の無人機である。
共和暦三六七年。
戦死者のいない激戦場で、戦死者にカウントされない部品(パーツ)扱いの兵士達が、今日もひたすらに死に続けている。

まず、ギアーデ帝国のレギオンがドローンであるわけで、ここがウクライナ戦争でウクライナ側が積極的にドローンを使っていることからも似ているわけだ。
サンマグノリア共和国は、戦況は不利であり、その理由は、ギアーデ帝国のレギオンに対抗できるまでの技術競争に負けているところにある。そのため、かなり苦しい戦いを強いられている。
上記の引用にあるように、この戦況を打開するために共和国が採用したのが、

  • 優生政策

であり、有色人種の「奴隷化」だ。共和国は今だに、レギオンと同等のドローン化に成功していない。この不利な状況を打開する方法として、

  • 奴隷を有人機に乗せて、ドローンと戦わせる

という方法を考え出した。
どうだろう? まるで、今、ウクライナで行われている「アメリカによる代理戦争」そのものに見えてこないか? アメリカ国民は一人として戦わない。代わりに、ウクライナの国民が戦う。しかし、実際は

  • 既にWW3

であることは明らかなわけだ。実際に戦争をしているのは、ロシアとアメリカであって、ウクライナの軍備のほとんどはアメリカが「供与」し、アメリカの専門家がウクライナ人を「トレーニング」している。
主人公の一人であり、ヒロインの、サンマグノリア共和国の少佐であるレーナは、精神同調を使い、86の、実際にジャガーノートに乗って戦闘を行っている戦士たちに、指揮官として指示を出しているわけだが、彼女は

  • 戦場にいない

のだ。彼女は共和国の85区内の「安全な場所」にいて、敵から反撃をされない場所から、ああやれこうやれと指示を出しているわけだが、次第に彼女はその罪悪感に苛まれるようになる。
まさに今の、アメリカが、アメリカという「安全な場所」から、ウクライナに「ああやれこうやれ」と指示を出している姿そのままじゃないかw...。