PCR抑制論と関西

私はずっと、宮台と神保の videonews.com というネットの番組をウォッチしてきたわけだが、去年、この番組は

  • 新型コロナ安全厨

の論陣をはって、番組を展開してきた。しかも、その番組構成は、かなり「意図的」な匂いのするものだった。
まず、橳島次郎(ぬでしまじろう)をゲストに招いて、

を議論の遡上に乗せた。

死は自分で選ぶことができるものなのか(橳島次郎生命倫理政策研究会共同代表) -マル激

ここで、なぜ新型コロナがこれほど蔓延している中で「自死の合法化」を持論とする人を招いたのか、ということを考えれば、彼ら二人が、そもそもの

である、ということが関係している。つまり、日本は今、借金地獄である、と。そこから抜け出すためには、

  • 老人を殺す

しかない、という所にまで至っている、ということだ。
これを証明するものとして、次に、スウェーデンの新型コロナ政策の「正当化」を番組で始めた。

感染が拡大してもスウェーデンが独自のコロナ対策を貫ける理由(渡邉芳樹元駐スウェーデン特命全権大使) -マル激

そこで、神保さんは、スウェーデンで行われている、老人虐殺を次のレトリックで正当化した。

  • 80歳以上の年齢の方は、二つ以上の「基礎疾患」相当の病気にかかった場合のそれ以降の「生存年齢」を平均で見ると、たとえ治療行為を行ったとしても、そうしなかった場合と平均余命はほとんど変わらない。だったら、そういった人に対して、一切の「医療行為を行わない」という措置は正当化される。

これによって、スウェーデンの養護施設では、新型コロナにかかるやいなや、次々と老人たちが「モルヒネ」で虐殺されるこになった。つまり、神保さんは、これと同じことを日本もやるべきだ、と言いたいわけだ。
では、彼らがなぜ、こういった論陣をはるようになったのかの経緯を辿ると、いわゆる、スウェーデンが行った

  • 集団免疫論

が関係している。今回の新型コロナに対しては、「集団免疫」を狙うしかない、と。番組では、早い段階から、この主張を一貫していた。「集団免疫」を狙う限り、弱者の多くの犠牲が生まれることは「しょうがない」。しかし、人類にとってのウイルスとの闘いにおいては、「それしかない」んだから、こうするんだ、と。
ところが、流行のある時期から、WHOや、アメリカ版CDCなど、世界中の権威は、こういった「集団免疫論」に対して、非倫理的であるとして、攻撃するようになった。
すると、日本のこういった「集団免疫論者」たちは、突然

  • ファクターX論

を始めるようになる。つまり、日本は「特殊」なんだ、と。だから、今、日本で自分たちが行っている「集団免疫論」と、アメリカ版CDCなどが攻撃しているものとは違うんだ、と言い訳を始めたわけだ。
そういった文脈で、この番組では、児玉先生をゲストに迎えて、いわゆる「交叉免疫論」についての議論を行っている。

ようやく見えてきたコロナの正体(児玉龍彦東京大学先端科学技術研究センター名誉教授) -マル激

日本は「ファクターX」があるんだから、アメリカと比べたら、地べたをはいずりまわるくらいの感染の「増加」をしていない。だから、

  • 感染対策の「やりすぎ」

という論陣を行って、日本人を「愚民」扱いして、マウントをとり、日本人を馬鹿にし続けた。そんなことにお金を使うより、自分の国の借金の心配でもしたらどうか、というわけだ。
しかし、こうやって日本では2回の緊急事態宣言がでている。これに対して、神保さん、宮台さんは極めて「冷笑」的だ。番組では、何回も、こんなことをやっている日本人を小馬鹿にし、知能の遅れた、どうしようもない馬鹿者たちだ、と愚弄している。それに比べて、こういった行為がいかに「おろか」であるかが分かっている自分は「選ばれた人間」だとでも言いたいのだろうw
そこで、番組では何回か、なぜ日本で緊急事態宣言が行われるのかについて、

  • 医療関係者

を呼んで意見を伺ってはする。例えば、直近では、以下の番組で

日本のコロナ対策論議に根本的に欠けているもの(米村滋人東京大学大学院法学政治学研究科教授・内科医) -マル激

ここでは、なぜ日本の病院の2割しか、新型コロナの診療をしていないのか、なぜ、多くの病院が新型コロナに対する医療資源の提供を拒否し続けていられるのか、について議論をしているわけだが、ようするに、彼ら8割は

  • 民間

だから、彼らを従わせるには、今の「緊急事態宣言」と同じように、「特措法」によって、飲食店を強制しよう、という議論が国会で行われているのと

  • 同じ

ことを、病院に対してやらなければならないのに、やらない。なぜやらないかは簡単で、

  • 医師会が自民党の「票田」だから

に尽きる。医師会が嫌がることを、自民党がやれるわけがない。そうである限り、医療改革は絶対に行われない。そうである限り、その「しわ寄せ」は絶対に

  • その他の日本人

に来る、という自明の前提が議論されているわけだが、なぜか、そういった議論から、これが自民党の問題なんだ、という方向には議論が向かわない。
(しかし、である。ここで考えてみてほしいわけである。新型コロナは「たいしたことはない」派の最大の主張は、「緊急事態宣言の反対」である。つまり、飲食店への自粛要請に反対している。それは、究極的には「自由の制限」になっているから、という論陣をはっていた。
つまり、国家による「監視社会」のいっそうの促進なんだから、こんなのはダメだ、と。
ところが、それとまったく同じロジックによって、そもそも、医療界における、新型コロナ病床の拡大が進んでいなかった、ことが分かってしまった。民間は、儲からない新型コロナ診療をやりたくない。これこそまさに「自由」ではないのか? つまり、新型コロナ「たいしたことはない」派は、自らの主張に

を抱えてしまっているわけであるw)
そして、去年の年末に、宮台が言い始めたのが

  • 子どもを「自由」に感染させるべきだ。そして、老人を「ゾーニング」すればいい。

という議論だ。

コロナでどれだけ社会の劣化が進んでも、リンゴの木を植え続けよう -マル激

ところが、その主張を行うやいなや、自らにつっこむかのように、この主張を自ら否定してしまう(つまり、これもダブル・バインド)。それが「変異種」の話だ。
つまり、いわゆる「弱毒化」の議論というものが、ずっと行われてきたし、それを前提に議論は組み立てられてきた。どうせ弱毒化するのだから、それまで耐えればいい、と。ところが、新型コロナの特徴は、「無症状感染」にあるわけだから、無症状の人は元気なのだから、活発に動き回るわけで、そうやって動ける人が、感染を広げる限り、弱毒化に向かうという理屈が通らないわけである。
そして、さらに、前回の児玉先生の「幹・枝葉システム」なわけで、幹となっている、無症状で蔓延しているウイルスを、徹底して

  • 根付かせない

ということをしない限り、何度も何度もそこから「変異」が生まれて、全国に拡散する。だとするなから、この宮台の言う

  • 子どもを「自由」に感染させるべきだ。そして、老人を「ゾーニング」すればいい。

という主張が最も最悪の戦略だ、ということになることが分かるだろう。
それにしても、なぜこういった

  • 知識人

が一年にも渡って、こういった「トンチンカン」な議論を続けているのか、ということを考えさせられないか。なぜ彼ら、そこまでして、新型コロナを巡って、「かっこわるい」態度を続けられるのか。おそらく、その最初のボタンのかけ違いは

  • 集団免疫論

にあるんじゃないのか、と思っている。彼らは、ある種のパラドックスにはまってしまっている。この騒動を終わらせるには、集団免疫論の立場にたつには、

  • 感染を「広げる」

しかない。しかし、感染を広げる限り「被害者」の発生を避けられない。そこで彼らは、さまざまな「功利主義的」な議論を、こねくりまわし始める。つまり、感染が広がって、多くの死者がでても「たいしたことがない」はずだ。むしろ、そうしなかった方が「被害が大きくなる」はずだ、と。
ところが、そもそも、最もシンプルかつ合理的な対策があるわけである。それが、

  • ゼロ・コロナ戦略

だ。コロナを日本中からゼロにすればいい。しかし、これは不可能だ、というのが集団免疫論者たちの主張だった。しかし、上記の児玉先生の主張を見れば分かるように、

  • 幹ウイルス

を、網羅的に(希望者の全員検査によって)、しらみつぶしに見つけて、「管理」してしまえば、自然と流行は終わるのだ。
あとはそれをやるかやらないか、の違いしかないわけだが、ではなぜこれを日本政府は行わないのか、という視点で考えたとき、おそらくそこには

の問題と

  • ワクチン

の問題が関係しているのだろう。つまり、東京オリンピックを観客を入れて行う、というのを日本政府は「あきらめていない」のだから、どうしても外国人の入国を禁止にできないし、入国してからの、10日間の「厳格」な隔離を行えない。
また、どうせワクチンによって、「集団免疫」を達成するんだったら、そういった対策は「いらなくなる」という、みみっちい計算をしている可能性もある。
ところで、漫画家の小林よしのりが、有識者を集めて、新型コロナに関する集会を以下で行っている(有料番組だが、前半30分は無料で見れる)。

コロナ禍は誰が終わらせるのか?「オドレら正気か?新春LIVE」 - 2021/01/09(土) 13:00開始 - ニコニコ生放送

ここで参加しているのが、

というメンバーで、この特徴は「関西」のテレビ番組では

  • 常連

の「安全厨」だ、ということだ。そういう意味で、

  • まったく、その主張に「新鮮味がない」

わけだ。つまり、お金を払って見なくても、関西の民放では、いつも見慣れている「常連」だから、わざわざ、番組を買う必要がない、という内容だ。
ここで、小林や宮沢が言っていることは、「新型コロナなんて流行していますか?」というだけだ。例年のインフルエンザと比べて、まだ、数が少ないんだから、大騒ぎしなくていい。
ようするに、小林が言っていうことは「数の比較」の話に過ぎないわけだ。
例えば、IT系の技術者が、ある現場に投入されたとき、よく言われるのが、

  • 一通り経験すること

なわけだ。案件が始まって、要件定義、基本設計、詳細設計、開発、テスト、リリース。まあ、そこから、保守案件と続くわけだけれど、とりあえず、それを一通り経験すると、「こういうものなんだ」というのが分かってくる、っていうことだよね。
これは、新型コロナについても言えるはずで、ひととおり、一年経験をすると、なんとなく、どういうものかが分かってくる。そして、もう何ヶ月かで、一周するわけだよね。
日本の対策は、ここまで「安全側」に寄せて行われてきた。それは、まだ分かっていないことがあるから、ということであった。未知のリスクを警戒して、安全側に寄せて対策をする、と。そして、実際に年末にかけて、関東圏の感染者は、

  • 指数関数的

と言いたくなるような増加率を示しているわけで、小林が、例年のインフルエンザと比べて、「一週間に6万件行ったら自分も考えてやる」という主張は、そもそも数の話でしかないとすれば、そういった単位は、この「指数関数的な増加」の性質を考えれば、少しも非現実的な警戒でないことは自明なわけであろう。
しかし、上記の番組の無料の30分で、小林はおもしろいことを言っている。それは、自分の動画の番組が、YouTube で削除される、という事態を経験している、ということだ。
このことは、例えば、武田邦彦YouTube の自分の番組で、何度も YouTube から、警告をされて、番組を撤退することになった(スパチャに引越した)と言っている。
ようするに、彼らの主張の中には

  • WHOの主張と「敵対」するものが含まれている

として、それが YouTube の立場に反しているから、そういった番組を、YouTube のコンテンツとして流すことはできない、という内容なのだ。
今まで、日本の議論を推進してきたのは

  • プラットフォーム論

であった。それは、企業は、プラットフォームを提供して、ユーザは、そのプラットフォームに何を置いてもいい、という立場であった。ところが、プラットフォーム側は、そういった対応をしていると、社会から、批判を受けるようになる。
その典型が、トランプのツイッターのアカウントが永久停止になった、という話だ。また、フェイスブック、インスタグラムも同様の扱いを受けた、と言われている。
さらに、トランプ信者によって使われていた、アップルやアンドロイドのアプリが、使用停止になった、という話も同様である。
例えば、最近の話として、京大の宮沢先生がツイッターの公開アカウントを止める、という騒動があった。それは、あまりに、京大の研究所に苦情の電話が来るので、大学から「やめてほしい」と言われたから、というものであったが、宮沢先生の公開アカウントのツイッターを見ると、まさに

  • 安全厨信者の「巣窟」

となっていて、まさに、ゴキブリホイホイのように、新型コロナ対策不要論者たちの、日頃のうっぷんをはきだすための、ゴミの掃き溜めになっている。
つまり、こういったアカウントが、一つの

  • 磁場

となって、社会の雰囲気を醸成している、わけである。
今回のトランプによる、ワシントンの議場への、トランプ信者の占拠問題は、そういった「磁場」が、トランプがちょっと「後押し」するようなことを言うだけで、あそこまで行ってしまう。まあ、これと同じことが、武田邦彦小林よしのりや京大の宮沢が、

  • けしかける

ことによって、YouTube の立場としてのWHOの主張に反する方向に、社会が混乱させられる懸念があると判断される限り、彼ら

  • プラットフォーム

は、それを、そのままにはしておかない、という会社としての判断なわけであろう...。

戦力の逐次投入が国を滅ぼす

緊急事態宣言で、東京はさっそく、夜8時で飲食店は店を閉めている。ただし、スーパーやコンビニはやっているので、生きるのに困るというわけではないが。
いずれにしろ、そういった飲食店は、そうすることで、国や都から「補助金」をもらう、というのが前提になっている、ということで、それを期間を決めて、お金を配ってしまおう、と。
この政策は、いわゆる以前からずっと言われてきた「夜の街」問題の延長に考えられた政策であるわけだが、どうしても大きな違和感がある。
それは、この新型コロナに対して、どうやって戦っていくのかの「戦略」が見えない、というところにある。どうやって勝つのか。
ひとまず、この政策によって、日々の感染者が減ったとしよう。それは、何を意味しているのか? 減ったら、またGoToトラベルを再開する。あれをやる、これをやる。そうしたら、また

  • 増える

んじゃないの?
つまり、何をしたいのか、が分からないのだ。
なぜ、こんなことになっているのだろう?
私が何を言いたいのかは、以下の児玉先生と金子先生の動画を見てもらえば分かる。

児玉:ところがですね、このウイルス。増殖が早いものがわーって増えて、たとえば、私も前回なんかで、スペイン型という20A・EU1というのが非常にすごい勢いで。フランスとか、スペインで増えますよといいましたが、すとーんと、ある時期で落ちていってしまう。それで、その前後をみていくと、元の幹になるというか、いろんな変異型を産み出している、元のウイルス集団、これが無症状者に増えて、増え続けると、非常に根絶しにくくなって、次の波を起こしている、ということがわかってまいりました。
コロナオーバーシュートに立ち向かう! 児玉龍彦×金子勝【新型コロナと闘う その先の世界へ】20210107 - YouTube

まあ、この

  • 幹ウイルス ... 無症状である地域に、かなり広範に広がってしまっていて、根絶が難しい。
  • 枝葉ウイルス ... 幹ウイルスの変異の中から産まれ、全国に拡大して、多くの死者を出して急激に広がる(波を形成する)が、ある時期で急激に「いなくなる」。

のモデルですよね。
結局、新型コロナウイルスは、一年間に20個所の変異が起きることが分かっている。つまり、この変異の個所によって、急激な感染力を獲得したものが
−枝葉ウイルス
となって、全国に蔓延するんだけれど、ところがこの「枝葉ウイルス」も拡散を続けながらも、言うまでもなく、また新たな「変異」をするため、ある時期になると、

  • 急激に「感染力」を「失って」しまう

という現象が起きる。
うーん。
これを見て、なにも思わない人がいたら、あなたは、生き残れませんよねw ようするに、さ。これって、アニメ「ストパン」のネイロイの

  • コア

そのものなんだ。どんなに「枝葉」のネウロイをたたいたって、「コア」を見つけて、そこをたたかないと、ダメなんだ。
じゃあ、さ。
今の日本の「幹ウイルス」てどこなんだ、って言ったら。言うまでもないよね。

  • 東京の新宿区、渋谷区、港区、中央区、目黒区

なわけ。つまり、ここが日本の

  • エピセンター

なわけ。つまりさ。さっさと、ここの住民を「全員検査」しろ、っていうことなんだよね。
今までのネットの全員検査って言うと、まるで、「日本人全員を検査する」ことだと思って、ヒステリックに怒り始める、安全厨をどうやって、なだめるのかが、議論の中心みたいになってきたんだけれど、全然違うわけ。むしろ、反対。

  • 東京の新宿区、渋谷区、港区、中央区、目黒区

という「幹ウイルス」エピセンターさえ、「制圧」できれば、自然と全国に拡散している波を抑えられるだけじゃない。これで「幹ウイルス」が制御できてさえしまえば、

  • もう「枝葉ウイルス」の拡散を起こさなくできる

わけで、つまり、新型コロナの流行が「終わる」わけであるw
なんのことはない。たったの、東京の一部地域を「全員検査」するだけで、全ての新型コロナ対策はいらなくなる。もう、緊急事態宣言が発令されることもなくなる。

  • どれだけ、経済的に「効率的」だろうかw

計算できないほど、あなたは頭が悪くないだろう。
さて。
ここで問題は、どうやって

  • 東京の新宿区、渋谷区、港区、中央区、目黒区

の全員検査を実現するのか、ということです。というのは、今、国会で議論されているのは「特措法」の改正だからです。つまり、罰則規定の話をしている。しかし、もしも罰則によって、「全員検査」を実現しようとすると何が起きるかというと

  • 逃走

です。つまり、

  • 東京の新宿区、渋谷区、港区、中央区、目黒区

の地域の人たちが、地方に、田舎に「引っ越す」という事態になります。すると、彼らは感染者ですから、必然的に「地方」に感染が拡大しますし、それだけじゃなくて、地方に「エピセンター」が産まれる可能性が高くなるわけです。つまり、彼らを逃がしてはならないのです。逃がさないで、今の場所にい続けてもらうことで、その地域全体を「囲い込む」ことで、その地域のどこが感染源かを

  • 管理

することが重要だ、ということになります。
つまり、何が求められているのかというと、それは「罰則」というより、「自主性」だ、ということになります。その地域の無症状の一人一人に、

  • 自分から

PCR検査を受けようと思ってもらうことが、全ての始まりだ、ということになります。彼らは無症状です。その場合、感染していないケースと、自覚していないケースの二つがあるわけですが、最初は全員が、自主的に検査してくれなくても、ある、特定の場所から複数人の感染が発見されれば、おのずと、その周辺の人たちは、(濃厚接触者のケースと同じ理由で)検査に参加してくれるようになります。
ここで、です。最後の問題は何か? PCR検査を誰が行うのか、です。今まで言われているように、これを保健所にやらせてはダメです。それは

  • 非常時

には、保健所のマンパワーがないことは明らかなのですから、彼らに独占をさせ続けることは、日本の対策の「停滞」をもたらすことになるのは自明なわけです。では、どこがやるのか? 一つしかありません。

  • 民間

です。これは、ただの「検査」なのです。医学の熟練の技がいるわけじゃありません。徹底して、マンパワーが求められているわけです。そういった物量を実現するのは、民間企業の得意とするところです。
大事なポイントは、全ての戦争の「勝利」は、情報だ、ということです。つまり、敵の「情報」です。つまり、なにをおいても、「検査」だけは、徹底してやらなければならないわけです。逆に言えば、検査さえ、徹底して行えれば、その後の被害の大きさも予測できるわけで、政策が立てやすくなるわけです。
今までネットで行われてきた議論で、「PCR検査抑制論」がありました。そこでは、無症状者への検査や、全員検査の意義が疑われてきました。こういった人たちに共通することは、彼らが「医療行為」として、この検査を考えている、ということです。その上で、「お金がもったいない」というような論陣をはっていたわけです。
しかし、これは「戦争」です。そして、「PCR検査」は医療行為ではありません。あくまで、

  • 統計情報の蒐集

です。こういった「情報」を集められるかどうかが、戦争に勝てるかどうかを決めるわけです。
だとすると、これは本当に「お金がもったいない」のかどうか、なのです。
そこで、これがなんだったのかを思い出してもらう必要があるわけです。これは、「新型コロナとの戦争」です。どっちが勝つか負けるかが問われているわけです。そこで、「お金がもったいない」と、お金をけちると、どうなるか。言うまでもなく、戦前の日米戦争のように、圧倒的な物量でアメリカに負けていたのに、さらに物量を「けちって」、ちょっとづつしか使わなかったから、全ての戦線で負け続け、それでも、陸軍は「大和魂」で勝とうとしました。この失敗を繰り返したくないなら、本当にこの

  • 情報戦

の重要性を分かっているなら、たかだが

  • 東京の新宿区、渋谷区、港区、中央区、目黒区

の分の検査のお金を「けちる」ことが、いかに愚策であるかが分かるでしょう。
ちなみに、児玉先生は以下の要請を国民にお願いすることによって、この新型コロナに勝つヴィジョンを提示してくれています。

  • 新しい変異型の流入を抑える入国規制
  • PCR検査の徹底
    • 感染の湧き出すエピセンターでの全員検査
    • 高齢者施設や病院に感染を入れない・拡げない全員検査
  • ワクチンの早期承認と医療従事者への接種の開始
  • 重症化しやすい高齢者には外来で早期にアビガンの投与

コロナオーバーシュートに立ち向かう! 児玉龍彦×金子勝【新型コロナと闘う その先の世界へ】20210107 - YouTube

そういえば、児玉先生は野党の推薦だったかで、国会で答弁していましたよね。今こそ、野党のブレインとして、今の国の議論をひっぱっていってほしいんですよね。日本医師会が、今こそ前向きになっている時期ですから、そう可能性のない話じゃないと思うんですけどね...。