アニメ「響け!ユーフォニアム3」第12話

さすがに、このアニメもあと二話ということで、いい加減、リアルタイムで試聴しようかなと思って、今回はNHKプラスで見た。
おそらくこれから、いろいろと感想がネット上にあがってくるんだと思うけど、まさか、ここまで原作を改変してくるとは。
(とはいっても、ツイッター上ではトレンドで、この原作改変の話は驚きをもって迎えられているね。)
まあ、あと第13話で、全国大会の演奏をたっぷりやるのと、久美子の進路の部分についても、それなりに時間をとって描かれるはずなので、さすがにもう、黒江問題は第13話にひっぱらないだろう。
これを、どう考えるのか...、なのかな。
まず、大事なポイントとして、そもそも、アニメ版と原作では「テーマ」が違ってきている、というのは、両方を見てきた人には、自明なんじゃないだろうか。とにかく、アニメ版は原作にあった、

  • 普遍的なテーマ
  • 社会的なテーマ

といったものが、徹底してオミットされている。そういったテーマをなくした代わりに、徹底して、吹奏楽部の部員の

  • 個人的な体験

を最後まで描く、といった形になっている。つまり、あらゆることが、久美子たち吹奏楽部の高校生たちの「等身大」の問題に<還元>されている。
実は、この「全てを<個人的な問題>に還元されている」という原作改変は、以下の方が前から主張されていた。つまり、この原作改変は今回のシーズン3に限られたことではなくて、シーズン1もシーズン2も映画版もリズと青い鳥も全てに通底した原作改変だったわけだ。

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結局、これをどう考えるのかが問われているんだと私は思っている。結局、なにがポイントなのか。おそらく、関西大会は黒江が、ソリに選ばれている。それは、滝先生が選んだ。しかし、今回は実力が同じなので、生徒たちが「民主主義」に、つまり

  • 多数決

で決めよう、となった。そして、どっちが吹いているかを隠そうという提案は黄前が滝先生に提案して行われることになった。二人の実力が同じというのは、以前から奏が言っていたことだ。同じだから、(部員と一緒にやってきて、部員からの信頼も厚い)久美子先輩が選ばれるべき、というのが奏の主張だった。しかし、こういった「多数決」という方法にしたのは、滝先生だ。つまり、滝は「二人の実力は同じ」というのを認めたから、再試験という部員たちによる多数決を決めた。つまり、ここにおいて、滝という先生の

  • 教育的配慮

がされた、ということになる。しかし、これはどこまで「合理的」なのかはよく分からない。以前から麗奈が主張していたように、関西大会のように、もしも滝先生が真由を選んだなら、それに不平不満を言うことは「先生の決定に逆らう」ということになり、それを麗奈は

  • 部長失格

と言っていた。だとするなら、この関西大会時のオーディションと全国大会時のオーディションの「違い」を、両方を整合させる説明はありうるのだろうか?
いずれにしろ、アニメ版はあと一話ある。その結論については、それを見た上で、みんなで考えよう。しかし、原作はすでに何年も前に提示されている。だったらここでいったん、原作はどうなっているのかをみんなで、認識を合わせておかないか?
まず、奏が久美子に「なぜ自分は、真由じゃなく、久美子がソロをやるべきと考えているのか」を説明する場面が以下だ。

「上手な奏者が集まると枠が少なくなることもある、ということです。チューバパートだって、一昨年は二人だったわけでしょう? それが四人ですよ、四人。美玲は優れた奏者ですが、さすがに後藤先輩と梨子先輩の分を一人ではカバーできない。だから滝先生は数を増やすことで解決しようとしているんです。今回さつきと釜屋さんがAメンバーになったのは上手さという単純な基準ではなく、全体のバランスを重んじた結果です」
当事者でありながら、客観的に状況を分析できている。奏の頭の回転の速さに、久美子は内心で舌を巻いた。
「奏ちゃんの言い分はわかった。今回のメンバー落ちは自分がさっちゃんたちに負けたからってわけじゃなくて、編成の問題のせいってことだね。あとは、真由ちゃんっていう優秀な奏者が入ってきたから、ユーフォが二人でも成立することになった」
「こんなことなら、京都府大会の時点でチューバを四人にしておけばよかったんです。京都府大会のときは滝先生の音楽的な好みが大きく反映されていましたけれど、関西大会に近づくにつれてどんどんそれがかき消されているような気がします。まあ、これは個人的な印象ですが」
「それが、コンクールに媚びてるってやつ?」
「しかも、当の本人に確固たる意思があるのか怪しいところが困りものです。本気でコンクール偏重でいくのなら、ここでソリを黒江先輩にするのってありえなくないですか?」
ここでその話題に切り込むのか、と久美子はベンチに添える手に力を込める。目は傾き始め、辺りの薄暗さは増してきた。赤い光が芝生に染み込み、若々しい緑を変色させている。
「そうかな? 真由ちゃんのほうが上手だったんだって私は受け止めたけど」
「久美子先輩と黒江先輩に大きな差があるならいざ知らず、二人の力量って好みの違い程度でしょう? 少なくとも、私はそう思います。だったら、部長で、しかもずっとこの部のために働いている久美子先輩をソロにしたほうがよくないですか? 部もそっちのほうがまとまりますし」
「でも、それが滝先生のやり方だと思うし。先生は間違ってないよ」
「本当ですか? いちおう確認ですが、滝先生は黒江先輩が三年生だから気を遣ってソロにしたのではないですよね? 三年生を一人ずつ演奏させて、想い出作りさせてあげようと考えているとか」
「それはないよ」
と、即座に切り捨てる。だが、否定している自分が、いちばん滝を信じきれない。これまでだったら思い浮かびすらしなかっただろう疑念の種が脳のあちこちで芽吹いている。

奏が言っていることは、前半は例のチューバが四人に増えた問題である。チューバが四人に増えることで、チューバが去年の優秀な先輩が卒業した非力を音量でカバーする必要を感じたわけだが、その余波を受けて、今度はユーフォが去年の3人から二人に減らされた。その余波を受けて、奏は今年から加入した真由にはじき出される形で、レギュラーから控えになった。
奏がこだわっているのは、これが

からだ。そうじゃなく、これは、たんなる

  • 成績至上主義

じゃないか、と言っているわけである。しかも、奏はより鋭いところを指摘している。この滝先生の「成績至上主義」が、ずっと前の最初からそうなら、まだ一貫性があったと言えなくもない。しかし、そうじゃない。もしもそうなら、最初からチューバを四人にしていただろう。しかし、そうなっていない。つまり、滝先生の判断が揺れている、ことがより深刻な問題だ、と言っているわけだ。
そして、もっと深刻な問題が真由と久美子のソロ問題で露出している。本当に、滝先生は「実力主義」なのか? 久美子は、この奏の意見に対して、むしろ

  • それは自分自身が以前から思っていた不信感

だと言っているわけである。なぜ、久美子が麗奈に「自分は滝先生に不信感をもったことがある」と言って、麗奈から「部長失格」と言われたのかの<理由>がここにあるわけである。
さて。では、原作では、久美子が滝先生に、この「チューバ問題」の質問をしたとき、滝の答えがどういうものだったのかをふりかえってみる。

「滝先生は、本当はコンクールに特化した音楽は好みじゃないんじゃないですか」
「それを好き嫌いで判断するのはナンセンスですよ。特化させることが悪だとは思いませんし、そもそも特化した音楽なるものが本当に存在するのかも怪しい。どの学校も、自分たちがいいと信じるものを作り上げている、そうじゃないですか?」
「それは...」
「確かに、私は一般的な吹奏楽部顧問よりも結果を出すのが得意かもしれません。それをコンクールに迎合している、と言われたらそれまでですが、私にはそうした方向に音楽の照準を合わせる能力がありますし、皆さんが求めている基準を満たすだけの力がある。皆さんの音楽が上達していくのを聞くのは好きですし、それに結果がついてくればもっと喜ばしい。違いますか」
一つひとつの言葉を、滝は丁寧に積み上げた。そこには彼なりの矜持があり、信念があった。
「すみません。失礼なことを言いました」
うつむいた久美子に、滝は静かに息を吐いた。彼の机の端に置かれた写真立て、そこに写る四人の学生がこちらに向かって笑いかけている。滝の妻はかつて、吹奏楽部の顧問だった。
全国大会金賞という目標は亡くなった彼女の夢であり、そして滝の悲願でもある。
「失礼だとは感じていませんよ。むしろいい兆候だと思います。学生のうちはどうしても他者の評価に固執しがちですが、黄前さんは音楽の本質に向き合おうとしている。私が求める音楽がどういうものかを探ろうと試み、いい音楽とは何かを自分の頭で考えている。それは本当に素晴らしいことだと思います」
頬に熱が走る。燃えるように顔が熱いのは褒められたからではなく、この場にいることに対して猛烈に恥ずかしさを覚えたからだった。音楽の本質だなんてとんでもない買いかぶりだ。久美子はただ、自分の未熟さの原因を滝に押しつけようとした。自分のソリに対して何かを言われると怖いから、奏たちを言い訳にした。
「私は、滝先生が言ってくれるような立派な人間じゃないです」
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編 (宝島社文庫)

ここで、滝は黄前が「音楽の本質に向き合おうとしている」と解釈することで、黄前の音楽に向き合おうとする姿勢を褒める。その行為が、たとえ、滝への批判となって行われたことであったとしても、むしろ、自分に批判することすらためらうことなく、「音楽の本質」を知ろうとしてくれたことに、感心し、黄前を

  • 再評価

している。しかし、黄前はそれが「誤解」であることが恥かしくて、仕方がない。いたたまれなくなって、今すぐ、滝の前から逃げたい。自分という、考えのいたらない、愚かな存在が、滝先生のような人の前にいることすら、どこか、おこがましいことに感じてしまう。
黄前がなぜ、滝の一連の判断に「不信感」をもったのか? それはすでに、奏が上記で言ってくれている。つまり、滝の一連の言行の

  • 不一致

が原因だった。黄前がほしかったのは、その「理由」だった。これをどう考えたらいいのかが、黄前がどうしても理解できなかった。だから、ずっと彼女は「悩んで」いた。
この問題が解決したのはいつか? それが、あすか先輩を訪問したときだった。

「自分で説明するのは難しいんですけど、その転校生の子、あんまりコンクールに執着心がなくて。すぐに辞退しようかって私に言ってくるんです。それだけでも扱いが大変なのに、なんか、今年の滝先生は優柔不断みたいなところがあって。それを不安に思う部員が裏でコソコソしゃべってたら麗奈が怒っちゃって、部内の空気もピリピリしてて」
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編 (宝島社文庫)

「結局さぁ、久美子ちゃんはどうしたいの?」
サクサクとクッキーを咀嚼しながら、あすかが尋ねる。カップのなかをのぞき込むと、弱気に眉を垂らす自身の顔が映っていた。
「私は......私は、綺麗ごとかもしれないけど、卒業するときにみんなが北宇治でよかったなって思えるような部活であってほしいんです。誰かが悪者になるとか、そういうのは嫌で、なんのためにコンクールをやるのかなって考えたら、結果だけに固執するのも少し変に思えてきたというか、いや、もちろん金賞は取りたいって気持ちはあるんですけど、みんなが納得した状態で本気で挑みたいって、そう思うんです」
麗奈と思考のずれが出たのも、きっとそのせいだ。部活というもののあり方について、久美子の価値観が変わってきている。
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編 (宝島社文庫)

「さっき久美子ちゃん言うたやん。今年の滝サンは優柔不断やって」
「あ、はい。言いました」
「でもさ、それってぶっちゃけ当り前の話ではあんのよ。だって、滝サンは神様じゃなくて人間なんやもん。そりゃあ悩むし、迷うことだってある。北宇治にいたとき、人間関係の管理に関しては正直未熟やなって感じることも結構あった。まだ若い先生やし、しゃあないかって」
「先輩、そんなこと思ってたんですか」
「だからその分、うちが欠けていた分を補完してた。でも、滝サンはそれでええねん。この世界には完璧な顧問なんておらんし、完璧な人間もおらんのよ」
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編 (宝島社文庫)

「じゃあなんで滝サンがみんなを全国まで導けたかって言ったら、それはあの人が努力してるからでしょ。部員たちの運命を握ってるから、だから滝サンは毎日一生懸命、部活のために努力してくれてるんちゃうの」
そのとおりだ、と久美子は思った。そんな当り前のことが、どうしてわからなくなっていたのだろう。自身の喉が熱を帯び、震えた。
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編 (宝島社文庫)

滝問題は

  • 教育学問題

でもある。どうすべきなのか? 教育とはどうあるべきなのか? その答えがないように、それに完璧な答えもない。みんな、現場で、実践で、四苦八苦している。しかし、その中で、久美子がいた3年間、北宇治の吹奏楽部がこれだけの成績を残せた、つまり、滝にみんながついてきたのは、ひとえに、滝の努力をみんなが知っていたからだ。黄前はここで始めて、教育学の

  • 本質

を知ることになる。この、いまだに全ての問題が解決されていない学問について、それがどういうものなのかを、自らの実践において、理解する。
そう考えると、上記の久美子が滝に質問した場面は、なかなか興味深いわけである。確かに、久美子が滝に質問した「動機」は不純なものが少なからずあったのかもしれない。しかし、それによって、久美子はこの

  • 教育学

という学問の、最も重要なポイントに「近づいて」いた。もしかしたら、滝自身も久美子の「不純」ななにかを感じていたかもしれないが、教育とはそもそもこういった、なんらかの

  • 偶然

を繰り返す中で、問題の本質に近づいて、それについて深く考えるところから始まるのだ...。

なぜJリーグのサッカーの試合を見ると日本人を「不快」にさせるのか?

はっきり言って、私はJリーグという「プロスポーツ」を自宅で観戦していると、いつも

  • 嫌な気持ち

になる。その理由をお前が応援している新潟が「弱い」から(人件費がJ1最低で、安い選手しかいないから)とか言われて馬鹿にされるんだろうが、そんなの知ったことか。勝手に言ってろ。
そもそもJリーグには、ほとんど解決不可能と言ってもいいくらいの「問題」が、ありすぎるくらいにある。たとえば、

  1. サッカー専用スタジアムが、そもそも、「国のお金」が大量の注がれている(しかも、その建設の費用のかなりが、toto BIGという、「ただの宝くじ」でしかないのに、なにかサッカーに特別なものであるかのような体裁にされて行われている「ギャンブル」の収入の内訳の「ほとんど」を注ぎ込むことで、まかなわれている)。
  2. サッカー専用スタジアムが「人工芝を推奨」と記載されているがために、人工芝としているがために、その空間をサッカー以外に使えない。陸上トラックと併用の場合はまだましだが、そうじゃないと、コンサートの資材も置けないから、本当の意味で、その他の用途で使えない。しかも、リーグ戦は週に一回。ホームアンドアウェーだから、ほとんど、月に1、2回しか使わない。つまり、その「空間」がずっと、誰にも使われない。つまり、実質、サッカー以外に使えないのだから、なぜ「国のお金=税金」が大量に注ぎ込まれているのかの理由が分からないw 作りたければ、民間のお金だけで勝手にやればいいのに、Jリーグは今だに、国に「寄生」している。
  3. なぜ、DAZNの独占契約なのかが意味が分からないw これによって、そもそも民放テレビがJリーグのニュースを放送しづらくなってしまった。さまざまな映像も版権の関係で使いづらい。

私は、土曜日の新潟で行われた新潟と川崎の試合に多くの観客が訪れたことは、すごくよかったと思う。なぜなら、川崎はある意味で、新潟と同じように

  • 日本のサッカースタイルの「伝統」を守ってきた

チーム同士とも言える「仲間」だからだ。そこは、町田や神戸などとは違う。ああいった、

  • 身長が高い外国人(韓国人、白人、黒人)
  • パスサッカーを否定

といったような、完全に

  • <韓国スタイル>のサッカー

に「全振り」して、日本がずっとやってきたサッカーを拒否して、「否定」して、(特に町田の黒田は、それを「チャカチャカ」だと)嘲笑すらして<までして>、自分が勝つことにだけを「快楽」とする人間たちの集団とは違う、なんらかの「信念」「ポリシー」を貫いてきたチーム同士だと思っているからだ。
だから、正直、結果はどうでもよかった。お互いが、フェアプレーでナイスゲームをしてくれれば、私は満足だし、応援している人も、ほとんどがそうだろうと思っていた。
しかし、試合を見たらどうだろうか。川崎はずっと、

  • プッシング

の連続だった。しかも、「レイト」が多いw あのさ。あれ、危ないよ。怪我したら、どうしてくれるんだ。そんな小手先のことをしないと、川崎はJで勝てないチームになっちまったの。そこまで、「落ちぶれて」しまったのかorz
なぜ、見ている人がサッカーを見ると「不快」になるかって、そりゃ、当り前だよ。ピッチ上の選手がずっと「ファール」をしているからw つまり、ずっと

  • 反則

をしている。じゃあなぜ、反則をし続けられるかっていうと、「審判が見てない」から、に過ぎないw あのな。たとえ審判が見ていなくても、全国の視聴者が見てんだよ。それを見て、

  • お前は<ダーティ>

だって、軽蔑してんの。サッカーはとにかく、選手同士の距離が近い。だから、コンタクトプレーがどうしても多くなる。しかし、だからといって、サッカーのルールのどこに

  • 相手のユニフォームを掴んで、振り回してもOK

なんて書いてあるの? こういった態度は、そもそも日本人の「モラル」に反している。村社会で相互監視の中で生きてきた日本人の、社会規範と相性がよくないわけ。
つまり、さ。安心してサッカーの試合って、見てられないんだよね。野球だったら、球場でビール飲んで、友だちと笑いんがら、まったりと過すことができるよ。だって、そもそもそういった「反則」がほとんど起きないから。
(たまに、ビーンボールとかによって、乱闘とかが昔はあったけど、最近では、意図的だろうがなんだろうが、打者の頭に当たったら、一発退場というルールになってるよね。)
私は本気で思うんだけど、Jリーグは本気で「マネタイズ」を考えた方がいい。まず、公的なお金に依存している限り、この

  • ズルをすることを「当り前」

だと考える「犯罪者根性」が、いつまでもなくならない。公的なお金に寄生しているから、選手のプレーも「反則」を<正義>だとかのたまう、黒田のような品性の終わっている大人が続出してくるんだよ。まず、ちゃんと各チームのお金を公平にして、選手の選抜も下位チームに優先権を与えた「(各チームのレベルが公平になっていくような)公平」なドラフトを行って、そもそも、J1とJ2とJ3の入れ替えのようなこともやめて、正々堂々と「フェアプレー」を誇りをもって、胸を張って自慢できるリーグを目指したらどうなんだろうね...。