ところで今、3DSがどうなっているのかを、みなさんはごぞんじだろうか? そう。任天堂は3DSのサービスを終了している。
そう聞くと、3DSのゲームはもう遊べないんだなと思うかもしれない。しかし、初代ファミコンのソフトが今でも遊べるように、3DSのソフトも今でも遊べるw どういうこと、と思うかもしれない。
この辺りが、以前からSWITCH問題として語っている、「ダウンロード版派かパッケージ版派か?」問題が関係してくる。3DSのオンラインストアは確か廃止されていて、今は3DSのダウンロード版は買えないはずだ。そして、たとえ以前に購入をしていても、今は再ダウンロードができないはず。つまり、ダウンロード版のソフトを買ったけど、今までダウンロードをやっていなかった人は、もうダウンロードをして遊べないw
え? 3DSは、ただの文鎮になったの? と思う人もいるかもしれないが、そういうわけじゃない。すでにダウンロードをしておいたソフトは遊べるし、パッケージ版のソフトなら、今からでも、中古で買って遊べる。ただし、もともと「オンライン」とうたっていたソフトはその機能に応じて使えなくなっている機能がたくさんある、という話だ。
(あと、すれ違い通信のサービスも終わっているので、この機能も遊べない。)
こうやって説明されると、俄然、
- パッケージ版という「文化」の重要性
に気付かされないだろうか? あなたが高いお金を払って買って遊んでいたソフトが、ある日、突然、「もう遊べません」と言われたとき、あなたはどう思うか? それは、真の意味で、あなたの
の危機と言ってもいいくらいに重要なことなんじゃないか?
今、大量に現れたゲーム系ユーチューバーがなんと言っているかを聞いてほしい。彼らは「もうパッケージ版は古い」「パッケージ版をやめて、その分、ダウンロード版の単価を安くしてほしい」とか言っている。しかし、ここで冷静に考えてほしい。なぜ彼らがそんなことを言っているのか、を。
彼らゲーム系ユーチューバーは、ゲーム開発会社から「案件」をもらって、生計をたてている。新作のゲーム実況をやったりして。つまり、彼らはそもそも
- 私たちユーザーの代弁者じゃない
- メーカーの「プロパガンダ」をばらまいている連中
だということだw 奴らの言っていることに耳を傾けてはいけない。本当に私たちユーザー自身の「利益」とはなんなのかを、よく考えた方がいい。
ところで、この「中古ソフト」というカテゴリーは、なかなか興味深い歴史をたどってきたことが今では知られている。
多くの人たちは、こういった形で、そもそも日本の多くのメーカーが中古ソフトの販売や中古ソフトのショップを
- 敵対視
してきた歴史を知らない。改めて考えてほしい。この市場を守ってきたのは、私たち日本の市民でありユーザーだ。私たちユーザーが、自分たちの「権利」をメーカーから守ったのだ。
そしてもっと重要なことがある。それは、
- メーカーが、ある時期から、言うことを変えた
ということだ。90年代以降、メーカーはずっと中古ソフトの販売に「反対」してきた。むしろ、「禁止」されなければならない、というネガキャンを繰り返してきた。しかし、その主張を彼らは、ある時期から変えたわけであるw
その理由は、現在の状況を見れば一目瞭然だろう。今、メーカーは別に売りたくなければ、パッケージ版を売らない「自由」があるわけである。そう。パッケージ版を販売しないで、ダウンロード版だけを売ればいいからだw それだけじゃない。スマホゲームで、さんざん問題になっているように、メーカーは今、好きなタイミングで、オンラインゲームのサービス終了を行っている。そして、それによるユーザーの
- 怒り
が、頂点にたっしている。このメーカーによって何年にもわたって続けられてきた「不義理」によって、今、スマホゲームは誰もやらなくなったし、課金をしなくなった。この状況をまねいたのは、
- メーカー自身
である。メーカーがユーザーを馬鹿にして、やりたいほうだいやってきた報いを受けているだけなのだ。
メーカーにとって、自分が今開発しているソフト「が」売れるかどうかが生計をたてる上で死活問題だと考えている。しかし、ユーザーにとっては、別に、わざわざ新発売のゲームをやらなければならない理由はない。もしそんな理由が発生するとすれば、メーカーが強制的に「過去のゲームを遊べなく」した場合しかないw
恐しいね。
メーカーは中古ソフト対策として、新発売から時間が経過すると、ダウンロード版をものすごい「安売り」するようになった。これにつられて、今、当たり前のようにダウンロード版が「お得」のデマゴーグをばらまいているゲーム系ユーチューバーが、大声でダウンロード版の普及を自分の視聴者に対してマインドコントロールをやっている。しかし、こういったダウンロード版への誘導は、そもそも
- ダウンロードコンテンツの普及
- ダウンロード方式によるバグの回収
が一般的になってきた近年においては、ユーザーにとってそれ自体が当然の時代の流れのように考えている側面もある。
しかし考えてみてほしい。バグの修正はそこまで重要だろうか? しょせんゲームとは、その瞬間のスナップショットだ。あまりにもひどいバグ(絶対にクリアまで行けないみたいな奴ww)は、自動車などでよく起きている「リコール」に相当する問題だろうが(当然、パッケージ版だろうと製品を回収して、正しく動くものに交換する義務がある)、たかだかゲームである。そういったバグがあることもまた「楽しむ」ものがゲームだったわけだろう。
ところが、アサクリシリーズのUBIソフトみたいな会社になると、製品の最初のバージョンが、大量のバグで埋め尽くされていることが当たり前なんだそうだ。そして、高価なDLCを買わせるし、後から修正パッチをダウンロードさせることが当たり前になっている。
日本人は人がいいから、他人から怒られると自分が悪いと思っちゃう。でも本当にそうなのか? そもそもメーカーの主張する「正義」は、結局は自分たちのお金儲けの「手法」がうまくいかないことをいらだっているだけで、全然、正義と関係ない場合が多い、ということをユーザーは真に理解する必要がある...。