藻谷浩介『デフレの正体』

今週の、videonews.com の番組の内容が、このゲストの本の紹介であった。その内容は、非常に分かりやすい、現代日本分析になっている。
ようするに、今、この日本に、何が起きているか。それは、単純なんですね。
年寄りが、ものすごい勢いで増えている。今が、ちょうど、団塊世代ベビーブーマーが、雪崩をうって、60歳という、定年のボーダーラインを越えて行っている。
これがどういうことなのか。それを「正確に」理解することが、どれだけ重要なのか、ということですね。
終戦後の日本の労働環境において、圧倒的な比率で存在した、労働形態こそ、サラリーマンであった。彼らの、存在形態がどのようなものか。まさに、名前が示す通りに、
給料マン
であって、毎月、「必ず」ある程度のお金が振り込まれる。会社の好不調に関係なく。つまり、(収入の分配、ではなく)労働の対価だから。つまり、
官僚
だということですね。
(民間企業が、たんに、私企業という理由で、そこは、官僚のいない世界だと考えるとしたら、ナイーヴでしょう。民間企業という、ある意味での、行政組織なのであって、リバタリアン的に言うなら、それぞれの、行政機関が、行政サービス競争を行う。当然、どこの企業にとっても、行政機関を実質的に動かしているのは、官僚組織だということです。)
彼らは、毎月、お金が入ってくる。このことから、二つの傾向性を指摘できる。

  • 毎月毎月、どんどん、「貯まる」。
  • 「貯まる」し、これからも、そう期待できるから、少しくらい消費しても、大丈夫。

実際、彼ら若者には必要なものがたくさんある。そもそも、必要なものとは、仕事をする「ための」投資であるし、再生産。つまり、次世代を誕生してもらわないと困るわけですから(日本人がいなくなる)。
ところが、です。
この、サラリーマンを降りた「定年」以降を考えてみましょう。そこには、どういった特徴があるのか。彼らは、今までのような、サラリーによる、定期的な収入がなくなるが、しかし、話はそう単純ではないわけです。

  • 毎月の蓄積が、「人それぞれ」達成されてきたわけですから、人によっては、ちょっと若者には想像もつかないような、「貯金」が達成されている「人もいる」。
  • 彼らは、おしなべて、「欲しいモノ」がない。なにも買わない。どんなに貯金の多い人でも、なにも欲しくないんだから買わない。散財してくれと思うだろうが、今後の収入のあてが不安定なこともあり、今の生活水準の「未来永劫への維持」まで考えてしまい、どうしても蓄財傾向から抜けられない。

毎月毎月、お金を少しだけでも貯めていたと考えてみると、その蓄積は、若者には想像もつかない膨大な額になっていることが分かるでしょう。しかも、彼らは、
すでに
土地も家もある。みんな揃えまくった後の人たちなんですね。つまり、もう、
買うもののない
人たち。ところがお金だけは、若者と比べものにならないくらいある(このあたりが、終戦直後とまったく変わってしまっている、ということなんですね)。じゃあ、彼ら、何をするか。
ファイナンス
です。投資をするわけですね。今の最新の金融制度を支える、個人投資家とは、年寄りのことを言っていた、ということになるわけです。
(ご存知のように、ファイナンスは全て、「スタートにどれだけ大金で始められるか」が全てのシステムになっている。明らかに、高額ディーラーは有利なポジションからベットを始められる。)
ホリエモンライブドアで登場した頃、さかんに、企業は株主のモノである、ということが強調された。株式会社は株主のモノだ。じゃあ、その株主とは誰か。なんのことはない、お年寄りということですね。彼らは、自らのお金を増やすことしか、関心がありません。2000年くらいから、各企業は、従業員の給料を、「グローバル基準」とかの、最低賃金に硬直化して、その分を、
株主=お年寄り
にあげるようになったわけです。皮肉なことですが、最新の金融制度を徹底させればさせるほど、お金が全部、お年寄りのポケットに入るシステムになっていた。
しかし、起きていることは、非常に単純な、資本主義を
徹底
させたゆえの帰結でしかない、ということなんでしょうね。
日本の「一部の」輸出企業は、もうずっと、黒字である。ウハウハに、ずっと儲かっている。アメリカ向けは、リーマン・ショック以降に減ったかもしれないけど、その分、韓国・中国・台湾、に対しては黒字。しかし、その儲かっているお金が、少しも、国内「景気」に反映されない。つまり、マネタリストの大好きな、
トリクルダウン(おこぼれ)
が起きない。なぜか。みーんな、(一部お金持ち)お年寄りという、
まったく消費に無関心な
人たちにチューチュー吸われて、さらに、彼らのお金は、行くところなんてないんだから、さらに、ひたすら、金融に吸い込まれて、彼らのお金だけは、底無しに増え続ける...。
つまり、お金の偏在が、ある意味、「完成」してきつつある。

  • 一部、貿易によって、「海外の発展する国々」から黒字をチューチュー吸い続けている「貿易黒字企業」。
  • その貿易黒字企業から、株主「権力」によって、チューチュー吸って、肥え太っていく、(一部お金持ち)お年寄り(まさに、レーニンの言う、「金利生活者国家」)。

うーん。実に分かりやすいですねー。じゃあ、どうすればいーんでしょーねー。
私なんかの、左翼がかったマルクスかぶれには、さっさと、累進課税で、所得の再分配=平等政策、をやりまくれ、って言うんですけど、言わゆる、マネタリストの方々には、「お金儲け」否定、はできない。彼らが、誰の手先かと考えれば、
ブルジョア資本家
のお金を減らすインセンティブが働くわけがない。でも、消費してくれない人たち(、お金が貯まっても景気が良くならない人たち)にばっかり、お金が貯まっても、そーなんですかね(それでも、経済学者なんですかね)。
早い話が、日本において、「権力」を持っているのが誰なのかと考えてみれば分かりますよね。当然、お金を持っている人たち、お金を稼いでいる人たち。彼らが、損になるような政策を
国家
が、どこからその正当性を調達して実行できるのか。だって「権力」は、お金のある所に集中しているわけですよ。彼らが嫌がる政策ですから、本当の血で血を洗うような「革命」をやる覚悟がないと無理なのかもしれませんね。
オバマは、確かに、明らかに方向転換を進めている。今までの共和党中心に行っていた、ブルジョア資本家、プチブルジョア資本家、つまり、金持ち優遇政策、の転換。医療制度改革などですね。ところが、当然ですけど、マスコミを含めた、強烈な抵抗にあっている。
さて。この問題のキーポイントは何でしょうか。著者はそれを「人口の波」と呼んでいます。終戦直後から、今そして、何十年か後までの、日本の人口分布が、丁度、
ビックウェーヴ
が過ぎていく過程になっている、ということなんですね。であるなら、私たちの分析は、常にその、ウェーブのどの辺りに今あるのかを、意識した、政策を提言しなければ、大きく梶を間違うことになる、ということです。何年か前がそうだから、これからずっとそうだろう。というような、通常の、未来予測スキームが成立しない。常にそのスキームは「人口の波」によって、補正されなければならない。
上記のことを考えると、なぜ、金融のスペシャリストの方々が、あれほどまでに、
介護産業
を重要視されているのか、がよく分かりますね。だって、ほとんど唯一、(一部お金持ち)お年寄り、の貯めこんでる、お金からむしり取れる、手段、なんですから。彼らお金をまったく使わない方々が、どうしても避けられない出費こそ、介護だということですね(彼らの汚ない、うんち、を我慢して洗うことこそ、最も高貴で、最も儲かる仕事、ということですかね)。ハイテク産業とか言ってるけど、お金を持っている、彼らに、最先端の開発とか、はあ? 何それ? ってなものでしょう。完全に、企業が行っている、ニューテクノロジーおたく、は、
マスタベーション
になっちゃってるんですね。だって、そんな新商品で、技術を競ったって、お金を持っている、お年寄り、分かんないんですもんねー。
(だいたい、このコンピュータ業界。今だに、困ったら、自分でネットで調べて、パッチをダウンロードして、自己解決させる、若者技術おたく、に売ることを前提にした、手抜き商売が多すぎなんでしょうね。問題が起きるとなんでも、カスタマーに自己解決させる。そんな、
アプリケーション
ばっかりじゃないですか。iPad って私は今だに触ったこともないですけど、あきらかにキーボードがないってだけで、お年寄りが触れられる可能性を感じますよね。)
まあ、これが、資本主義だということなんですね。
じゃあ、なにをすべきなのか。著者は、端的に整理します。

  • 生産年齢人口が減るペースを少しでも弱めよう
  • 生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やそう
  • (生産年齢人口+高齢者による)個人消費の総額を維持し増やそう

まあ、そーなりますよね。そして、これを著者が具体的に検討した提言が以下となる。

第一は高齢富裕層から若い世代への所得移転の促進、第二が女性就労の促進と女性経営者の増加、第三に訪日外国人観光客・短期定住客の増加です。

結局、そー簡単に日本の「外貨獲得能力」は衰えないわけです。だって、「ブランド」がもしあるなら、日本商品へのインセンティブや、信頼があるなら、日本がイタリアやフランスの服やバックを買うように、買いますでしょう。だれだって、いいものは欲しいですからね。
じゃあ、何が問題か。

モノづくり技術は誰が考えても、資源のない日本が外貨を獲得して生き残っていくための必要条件ですが、今の日本の問題は外貨を獲得することではなくて、獲得した外貨を国内で回すことなのです。

この問題こそ、日本の問題だ、と。ということで、検討してみたいのですが、第二は、次のブログで少し考えたいと思ってますので、ここでは、第一、第三、を考えてみたい。
第三に関連して、多くの人が言うのは、人口減少なら、その分の若者を世界から調達したらどうだ、となるのだが、まず、考えてみよう。企業にとって、労働力が足りない。だったら、外国人だ、というのは、「企業にとって」は、合理的であり、企業は儲かります。しかし、そういうことだけでは済まないわけですね。

外国人労働者は人権を有する人間であって機械ではありません。人間を迎え入れる以上、人間としての生活を送ってもらえるようにするためのコストはかかるのでありまして、そういうコストをかけずに外国人だからといってこき使うような地域は必ずモラル面から崩壊していきます。しかも彼らは相対的に低所得である以上、自治体などの負担はそれだけ重くなります。そういう自覚なく、安価な労働力獲得だけを求める企業は、社会へのフリーライダーとして批判されるべきでしょう。

たんに、一部の安い労働力欲しさに、外国人に頼る企業によって、逆に、日本の福祉政策に負担のシワ寄せがおよぶ可能性がある(もちろん、今のような、まったく外国人労働者が入ってこないというのも、どうかと思いますけどね)。ですから、むしろその儲からない企業体質こそ見直せ、ということなのだろう。ところが、富裕層の外国人が日本に定住してくれる場合や、観光客は別ということです。
(ですから、労働人口の不足問題は、むしろ、女性労働力の徹底活用の方向での解決の方こそ、現実的だということだと。)
そして、第一ですが、ここの部分こそ、いろいろ異論があると思われるかもしれませんね。企業が若者にもっと、給料を払え、と。これはいいですよね(もっと強制的に、国の音頭で、お年寄りに渡る株式配当が、若者労働者の給料の方に、向かうような政策をとってもいいんじゃないですかね)。しかし、著者はさらに、お年寄りの、彼らの子供への、生前贈与を、無税に近くすればいいんじゃないか、と提言します。しかし、もちろんそれでは、たんなる「金持ちのイエ」の優遇になりますよね。

ですが、私がここでお話ししているのは日本経済の活性化策、具体的には個人消費の増加策であって、直接の格差是正策ではありません。むしろ高齢富裕層が死滅している貯金のいささかでも若い相続人の手に渡って消費に回れば、その分企業の売上が増え、まじめに働いている若者にも給料という形で分配されます。たまたま親が豊かな若者とそうでない若者の「格差」は是正されませんが、親からの財産相続が期待できない若者でも、自分の給料が上がれば絶対的な生活水準は上がります。
ある高名な経済学者(私とは異なるご意見を多々おっしゃっている方ですが)が、ある雑誌で「問題は格差ではなく貧困だ、格差解消ではなく貧困解消が大事なのだ」と書いていました。まったくおっしゃる通りだと思います。

ここで、相続というのを、どのように考えるのか、となるのでしょう。親が稼いだお金は「子供のもの」なのでしょうか。そうだ、という考えが「イエ制度」になります。相続税は、その考えを、ある程度弱める方向で機能しています。やはり、所得の再分配を、相続というタイミングで実現しよう、と。それを、生前贈与によって、弱めるということは、より「イエ制度」を強化する、という動きとも考えられる。
素朴に思うのは、我々がやるべきこととは、彼らが、さまざまな企業やNGOに寄付するとき、税金を免除する措置ではないのだろうか(以前こんなことを書いた記憶があるな)。
しかし、こうも考えてみましょう。もし、お年寄りが、子供たちにお金をあげたいと思っているのなら、たとえ、今、贈与税があるといっても、やりたければ、やるでしょう。お年寄りがなぜ、限りなく、お金を貯め続けるのか。それは、将来の不安なのでしょう。そう考えると、はたして、景気刺激策として、それほどの効果があるのだろうか。
そうやって考えてみると、前のブログで書いた、
民主化
のプロセスの徹底が、結局は答えのようにも私には思えるのだが...。上記においても、問題は格差ではなく、貧困、ではないか、という命題でしたが、問題が格差ではない、というのは、別に、だれだって同意できるのではないか(相当の、コミュニストや宗教共同体でもなければ)。むしろ、後者の「貧困」の方ではないのか。いわゆる、セーフティーネットというやつですけど、じゃ聞くけど、飢えなけりゃいいのか。それで、人間らしい、文化的生活、か。
何が実現されているべきセカイなのか。それが、前回検討した、
民主化
のようにも思える。
私たちが、この国に生を受けて、やりたいことは何なのか。最低限の、食事にありつけ、それなりに快適な住環境があって、学びたいときに学べる、そういった、大学までの教育を「自由」に受けられて、能力に応じて、
社会への恩返し
として、働き、あとは、それなりに、余生を生きられる介護や医療に恵まれる。
もしこの、「最低限の」民主化が完成しているなら、それなりに悩みもなく、お年寄りも(ガキの教育費なんていう、意味不明なところに、お金を散財することなく)、稼いだお金を、社会のために役立てるような、使い方を考えられるようになるのではないか。そんなことを考えたのではあるが、どうも、貧困と民主化の間には、ずいぶんと人による捉え方の違いがあるようだ...。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

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