マスコミの「情報戦」

マスコミは「報道」と言う。つまり、世界の情報を客観的に国民に伝えるのだ、と。
本当かいな。
というのは、あらゆる言論活動は、実質は、なんらかの

  • 扇動、誘導

だと思うからだ。実際に、あなたが日々、会話している行為を考えてみてほしい。なんとかして、周りの人を自分の意図の通りに動かそうとしているのではないか。
それは、大手マスコミにおいても同じで、なんらかの主張のない言論というのはありえないのではないか。
新聞やテレビによって、視聴者はマインド・コントロールをされている。そしてそれは、戦前の、まさに、新聞が登場し始めた時代において、そうだったわけであろう。

東京で発行されている『都新聞』『二六新報』『萬朝報』などは、さかんに講和反対のキャンペーンを張り、『東京朝日新聞』のばあい、「講和事件に関する投書」として読者からの投稿を掲げ、講和条約が「屈辱的」であるとの意見を多く紹介した。日比谷での出来事いついては、集会の様子を伝え、騒擾のさなかの警官たちの抜剣をはじめとする横暴な振舞いを批判的に報道する。そのため、『萬朝報』は三日間、『東京朝日新聞』は一五日間、発行停止の処分を受けている。
九月五日以降は、投書の大半は焼討ち事件への言及となる。『東京朝日新聞』への投書は、「当局者は速かに其責任を明かにし、以て罪を上下に謝せざるべからず」とし、さもなくば「市街戦の修羅場」あ今後も勃発すると述べている(憂国生。九月七日)。

大正デモクラシー―シリーズ日本近現代史〈4〉 (岩波新書)

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さきの『東京朝日新聞』「講和事件に関する投書」には、講和条約とそれを締結する内閣への「国民の怒り」を騒擾に見出し、国民の熱血的愛国心に富めることを感謝す」と結んでいる(九月七日。著者は「忠霊の墳墓」)。
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確かに、大正時代の日比谷焼き討ち事件は、戦前のポピュリズムの最初の事件とされるわけだが、こうやって見ると、ようするに

  • 新聞

oが、徹底的に国民を煽っているんだよね。それって、なんというか、今の産経新聞なんかと似ているわけであろう。
当時はまだ、新聞くらいしか情報ってないわけで、ものすごい影響力があったのだと思う。実際、国民のほとんどは選挙権すらないわけで、そこで、新聞が

  • 国家がおかしくなっている

と煽れば、国民は御国の一大事だと思って、暴動だってやるわけであろう。実際に彼らには、デモをやったりして、国家に訴えることしか、自分たちの主張を聞いてもらう方法がない。その延長で、新聞があれだけ「国家の危機だ」と煽っているのだから、ある意味での「内戦」のようになっていくのは必然だったのではないか、とも思うわけである。
そして、「国民の皆様の熱い愛国心に感謝します」でしょ、自分がさんざん煽っておいて。
こういうのを、

  • 扇動、誘導

って、言うんんじゃないのかな...。