高橋ヒロシ『QP』

今日の、J1サッカーの柏対浦和の試合を見ていて、確かに浦和は3日前の試合で疲労がたまっていたことは確かなのだろうが、それはおいといても、なぜ柏がここのところ連勝をしていて、J1首位を走っているのかの理由を理解させてくれた。
浦和のチャンスがなかったかといえば、そんなことはない。しかし、一つだけはっきりしていることは、浦和の畳みかける攻撃を逆に柏にされていたことであって、特に前半のボールポゼッションを浦和に対して上回っていてなおかつ、互角に戦う柏のサッカーは魅力を感じた。
最終ラインを高くして、コンパクトにする攻撃スタイルは別に、柏だけの特徴ではないのだろうが、とにかく印象的だったのが、中川寛斗という選手の走行距離だろう。ハリルホジッチの日本代表における原口元気が前に後ろにと、何度も何度も前線に上がり守備に戻りを繰り返していたのが思い出されるが、一年前のプレミアでレスターが優勝したのも、おそらくは岡崎が似たような役割を行ったから、ということなのであろう。
サッカーは分かりやすい競技で、ようするに「フリー」でプレーをさせなければ、どんなに「うまい」選手でも、そう簡単にゴールはできない。しかし、どうやって「フリー」の選手をなくせばいいのかと考えると、守備の人数は変えられないのだから、つまりは、攻撃陣は守備に戻って守備の枚数を一枚多くするしかない。つまり、最も「走行距離」が求められるのが、実は、攻撃陣だ、ということになるだろう。
掲題の漫画と関係して、この試合でもう一人印象的な選手をあげるなら、柏のクリスティアーノであろう。彼はどこか、掲題の漫画の主人公のキューピーこと、石田小鳥(いしだことり)に似ている。それは、ようするに、この選手の子どもの頃からの、ワイルドな、いや。もっと言えば、

  • アルカイック(原始的)

な全体的な地力に関係した体力のようなものを感じるからであろう。普通の選手がどう考えても、こんなところからシュートを打ってこないだろうと思われるような、はるか彼方の遠い場所から、急に、強烈なシュートを打ってきたり、どう考えても、角度のないところから、強引にシュートを打ってくるようなスタイルは、おそらく、彼が小さい頃から、そうやって振る舞ってきた、普通の「作法」なのであろう。しかし、それが思わぬ形で得点になることが少なくないわけで、そういった「桁外れ」な行動スタイルが、どこかキューピーを感じさせなくもない。
掲題の高橋ヒロシの漫画は、どうしても、前作の「クローズ」と比較をしないわけにはいかない。どちらも、ほとんど女性が描かれない。クローズはいわば、週刊少年ジャンプが昔から描いてきたような、典型的な少年漫画の「王道」を描いている、という印象がある。主人公の坊屋春道は、

の少年である。それは性格が謎ということではなく、「出自」が謎、といった形の描かれ方がされていて、結局よく分からないまま作品は終了していく。
他方、キューピーの石田小鳥(いしだことり)はアルカイックな彼の「地力」のようなものを出生から丁寧に描くことで、読者に非常に痛快な「喜び」を与え、彼への共感を感じさせることに成功している。しかし、他方において、この作品をどうしても後味悪くさせているのが、我妻涼(あずまりょう)となるだろう。キューピーの子どもの頃からの友人の彼は、次第に袂を分かれて、ヤクザの世界に入っていくことになる。
しかし、そこでなにが二人が進む世界を分かれさせていったのか、ということになると、キューピーの先輩にあたる、上田秀虎(うえだひでとら)の存在がある。

上田秀虎:小鳥...まだ強くなりてーか? 負けたっていいじゃねーかよ! オレは おまえは 敵ばっかり増える強い奴より 仲間が増える でっかい奴の方が似合ってると思うけどな... そう! デッカイ奴! ちいせー事に動じねー つらい事や悲しい事を笑い飛ばすよーな でかい男さ! オレは そんなカッコいい男になりてーなんて思ってんだけどな...

確かに、キューピーのもちまえの運動能力の高さは、原始社会における、アルカイックな部族社会のボスとなっていくような、荒々しさを感じさせるわけだが、近代における「暴力」は、悲惨な「武器」による、殲滅戦の様相を示すわけで、ほとんど、確率的に原始的な力に関係なく、一定の割合で、死者が発生するような「無機質」な暴力に変わっていくわけで、そういったものにもはや、太古の世界の

  • ロマン

はないわけである。上記で秀虎が言っていることはそういうことで、暴力ではないが、そういった暴力と「平行」して存在するような、人間同士の信頼のようなもののかけがえなさを示唆しようとしているわけであろう。
作品はそういった意味で、クローズと比べたときはより、世界観を含めて洗練されている印象を受けるが、他方で、我妻涼の問題を一つとっても、あまり「整理」されて、世界が描かれている印象は薄い。まだ、我妻涼を「ヒロイック」な存在としてどこか描かずにはいられなかった、作者のまだ、「クローズ」的な世界を、週刊少年ジャンプ的な「ヒロイック」な存在として残して描かずにいられない。しかし、そもそもキューピーと我妻涼の関係はどのようにあるべきなのだろうか。作品で示唆されたように、我妻涼が秀虎と関係するような世界を考えることが、なんらかの意味が示唆されていると考えるべきなのだろうか...。

QP完全版 1 (プレイコミックエクストラ)

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