なぜ伊東選手問題を松本人志問題と同様に考えないのか?

サッカー日本代表の伊東選手が、アジア杯の決勝トーナメントの最中にチームを離脱することが話題になっている。
それは、報道が二転三転したことも関係している。最初に離脱が発表されてから、選手の総意として一緒にやりたい旨が発表され1日、帯同を伸ばした後で、改めて協会側が協議を行い、離脱の決断をした、という内容になっている。
これに対して、ネット上ではさまざまな意見がとびかっている。特にサッカーファンは、伊東選手というチームの中核の選手が、こうやって大会途中で脱落するということ事態がリスクであるとして、納得がいかない、ということのようだ。
起きたことは、週刊新潮が伊東選手のスキャンダルを報道した、という事実。その中で、被害を訴えている女性二人は刑事告訴を行っている。報道ベースであるうが、この刑事告訴からほとんど日を開けずに、伊東選手側の弁護士が告訴取り下げの告訴を行った、という状況だ。
しかし、記事の内容を読んでみると、この「構造」は非常に松本人志問題と酷似していることが分かってくる。

  • JFAが伊東選手の離脱を決定した理由として、「当然」スポンサーへの配慮がある、ということを言っている。
  • そもそも伊東選手が裁判で争うと言っているのは、性行為の「強制」性だ。つまり、ホテルに行ったことは認めている(言うまでもなく、伊東選手は結婚していて妻がいる)。
  • 被害女性が刑事告訴で訴える前に、伊東側は女性と示談の交渉をしている。そこで伊東側が提示した条件は、金銭。ただし、条件として、口外禁止を要求したため、これに女性側が納得できなかったために、告訴となっている。

あと、記事を読んでいくと、この事件の経緯に、いろいろと他の人の名前も登場する。最初の飲食店の飲み会では、他の日本代表の名前も出てくる。そして、主犯として、もう一人、伊東選手の専属トレーナーと思われる人物が登場する。
そう考えると気になってくるのは、日本代表の「組織的」な関与だろう。この部分は、松本と吉本の関係に似てくる。
現状、一定の範囲で伊東側は状況を認めている。その上で、刑事告訴の争点において、勝つか負けるかと関係なく

  • (すでに認めた範囲で、こういった行為をした選手を)スポンサーが嫌がるか

どうかは、全然別の問題なわけだ。
なぜ、JFAが伊東の離脱を決めたのかは、裁判の勝算や「疑わしきは罰せず」とは関係ない。これは松本の場合も同様だが、すでに松本や伊東側が「認めて」いる内容自体で、スポンサーとしては「使いづらい」という印象をもたれていることを認識しなければならない。
あと気になるのが、伊東側のあまりにも「手際がいい」印象を受ける記事内容を考えると、伊東選手の「常習」性が、どうしても疑わざるをえない(実際、飲み会での会話で伊東の言葉として、性暴力に以前に関与したことを匂わせる発言が紹介されてもいる)。そしてそれがなぜ、今の段階で伊東選手がパブリックに謝罪会見を行えないのかの理由になっている可能性があることは、松本の場合を思い出してもらえば分かりやすいだろう。第一段で松本が謝罪できなかったのは、その後、次々と文春報道が続き、謝っても謝っても終わりがない可能性があったからだろう。つまり、これと似た状況に伊東がならなかったのかが疑われるわけだ。
逆になぜ、JFAが伊東の離脱を決断したかの理由のもう一つとして、

  • 伊東が離脱したとしても、この大会を戦えない、とまでは考えていない

という事情はあるわけだろう。伊東は確かに、日本代表の重要な戦力だが、他のチームもさまざまな理由で主力が離脱している。そこは、「ワン・オブ・ゼム」であるという認識がある。
そもそもJリーグができた当初から、サッカー選手の不祥事はずっと噂として語られてきた。そして、それらは、多くの場合、

  • 金銭

によって「解決=隠蔽」されてきていたことは、周知の事実だ。もちろん、こういった不祥事が最近まで、おおっぴらに行われているとまでは考えていない。なぜなら、もしもそんなに多いなら、そもそも、チームが成立しなくなる。一度に大量の選手が抜けたら、試合が成立しなくなる。
結局、大きな流れとして、今の日本の性犯罪の厳罰化の流れもあるが、もう一つとして、世界的に、特に大企業を中心とした「コンプライアンス」の社内整備がある。つまり、伊東が行った行為は、松本の場合と同様に

  • (会社間の)パワハラ的要素
  • (松本問題で話題となった)「上納」システム的要素

が匂うわけである。そして、そもそもこういったものこそ、企業のコンプライアンスが日常的に注意しなければならないものとして、世界的なコンセンサスが確立してきている。
伊東が非常に印象が悪いのは、松本の場合と同様に、この部分に対する「配慮」がまったく感じられないことだろう(しかも、行為におよんだとされる日は、日本代表の国際試合の期間だw)。つまり、ここでどうしても、

  • スポンサーをしている企業側の「社内ルール」にてらしあわされて見られてしまう

ことに、まったく、脇の甘さが見られる。自分がスポンサーをしてもらう相手が「どういう相手なのか」を考えないで、スポンサーをしてもらえると思っているところに、根本的な勘違いがみられるわけだ...。