桃香さんは「影のある女」

うーん。アニメ「ガールズバンドクライ」は、やはり、桃香と仁菜をどう理解するのかが大事だと思うんだけど、こういった側面について、あまりまとまったことを書いている人を見かけないんだよね。
やはり、第1話って、決定的なんだと思う。当り前と思うかもしれないけど、それは桃香を考えた場合に特にそう思うわけ。仁菜が上京してきた、桃香がストリートライブをやっている情報を見つけて、その場所に向かって、実際に見て、話しかけて、からまれた男女の二人組から、二人で逃げる場面。ここで、桃香が両手中指を立てる。そして、桃香が明日田舎に帰るという話を仁菜が聞いて、彼女のギターを受けとるんだけど、そこには「中指立ててけ」って書いてある。
このエビソードから分かるように、桃香が一方で大事に思っている「中指立ててけ」の精神を仁菜に託しながら、自分は今日、田舎に帰る。つまり、自分は

  • 東京に負けた

っていう、

  • 諦念(ていねん)

の境地にある。自分は今日、田舎に帰る。東京に負けて、敗者として立ち去る。しかし、他方において、その去っていく自分が、仁菜には「中指立ててけ」と励ます。
この極端な矛盾が、よりいっそう、桃香の「敗北」の重症さを示しているように思われる。自分が絶対譲れなかったもの、それゆえに、東京に負けて、今日。田舎に帰ろうとしているその時に、今。自分と同じように、東京にやってきた仁菜に「中指立ててけ」と励ます。
まあ、私も田舎出身者だから、田舎出身者は誰もが同じことを考えるんだよね。つまり、いつか「田舎に帰る」って。東京で夢を追い求めて、その夢に破れて、いつか、自分は田舎に帰るんだって。まあ、これを考えたことがない田舎出身者はいないよね。
そうやって考えて、見返してみると、桃香さんはずっと「影のある女」なんだ。なにかに敗れて、なにかをあきらめて、一度として彼女が前向きなことを言っている場面はない。第3話、第5話、第7話で仁菜とライブをするんだけど、それを決意する場面では「負担にならない」「以前お世話になった人に誘われた」といったように、なにかのついでに行う、なにか大事なことをごまかすかのように、気をまぎらわせるために行なうかのように、二の次の作業のように行っている。
もともと彼女はそうじゃなかったのだ。17歳で、地元の仲間とやっていたバンドが地元で人気がでて、覚悟を決めて、バンドの仲間と高校を中退して、東京に出てくる。そして、プロを目指して東京のライブハウスでがんばっていたら、メジャーデビューの誘いを受ける。しかし、桃香は結果として、脱退の道を選ぶ。この経緯について桃香自身が語ったのが、第5話の居酒屋の場面だ。そこで桃香は、旧ダイダスの目的は、「おばあちゃんになっても一緒にバンドをやっていく」ことだったって、よく話していた、と語る。だから、バンドのメンバーはメジャーデビューするってなって、桃香が脱退を主張したときに

  • ひきとめて

くれたんだ、と語っている。つまり、「今我慢をすれば、きっと後で、自分たちのやりたいことがやれるようになるから」と。しかし、桃香はそれを受けいれられなかった。そのことに対して、桃香は他のメンバーに「自分が悪かった」という罪責感がある。つまり、自分が以前からそういったことに対して、明確な態度をとっていなかったからじゃないか、と考えた。だから、桃香はずっと自分を責めている。自分が悪かったんだ、と。彼女は決して、他人のせいにしない。居酒屋の帰り道で、仁菜の耳元で小さな声で「ごめんね」と言ったのも、旧ダイダスメンバーにあやまっているんだよね。
彼女は自分が悪かったと思っている。だから、「田舎に帰る」と決断した。いきがかり上、仁菜に止められて、少しの間、東京にい続けているけど、彼女はこの「田舎に帰る」決断を一度として翻していない。
桃香の語る言葉は、どうしようもなく、アイロニカルだし、ニヒリズムだ。彼女は皮肉なしに、今の自分の境遇を見ていられない。彼女は

  • ずっと

今も「逃げ続けている」。彼女が逃げることをやめたことは一度もない。
これに対して仁菜は、桃香の対極にある存在だ。彼女は熊本の田舎から上京してきた。それは、地元でのイジメであり、それに対する親の態度への反発もあり、いずれにしろ、彼女は田舎で

  • 負けて

都会に逃げてきた。しかし、そうやって逃げることになったとしても、彼女の心の中には、あるメッセージがあった。それが、旧ダイダスだ。旧ダイダスの桃香だった。
第5話の居酒屋の場面で、仁菜が過去を想起する場面は重要であって、高校の放送室に一人で入って内側からロックアウトして、大音量で桃香の曲を全校に流しながら、彼女はその放送室の中で一人、踊り狂っている。

仁菜:じゃあ、なんで[ダイアモンドダストを]辞めたんですか。その変化に納得できなかったから辞めたんですよね。あんなのダイアモンドダストじゃない。そう思ったから辞めたんですよね。自分が間違ってないと思ったから辞めたんですよね。今、あの子たちがやってるようなことが嫌いだから辞めたんですよね。なんで黙ってるんですか。私が聞いたあの歌はなんだったんですか。あれがダイダスのやりたかったことでしょ? 今のダイダスは違うって言ってくださいよ。あんなのダイアモンドダストじゃない。あんなのは...。

そして、ライブ当日。ステージの上で、小声で仁菜は桃香に言う。

仁菜:私、桃香さんの歌に胸をえぐられたんです。爪痕残されたんです。死んでも負けんなって。

そうなんだよね。今の桃香がどんなに過去の自分を否定しても、その過去の桃香

  • 爪痕を残された

仁菜はこうやって、熊本の田舎から東京に出てきて、「中指を立て」ている。仁菜は確かに熊本で負けた。いじめに負け、親の裏切りに傷ついて、逃げるように東京にやってきた。ただ、彼女はなんとなく、敗北感に打ちのめされただけの状態で、逃げてきたんじゃない。彼女をつき動かしたのは、桃香の歌だった。仁菜は桃香が「死んでも負けんな」と言っていたから、高校の最後の日に、放送室をロックアウトして桃香の歌を大音量で全校に流した。大音量で「中指を立て」てやった。彼女は一矢報いて、東京にやってきた。
第4話。桃香が仁菜に自分の旧ダイダス時代を説明する場面。

桃香:ほらよ(仁菜に高校時代のダイダスメンバーとの集合写真を投げて渡す)。もともとは高校の軽音楽部。でも、最初からみんなうまくて、情熱があった。やりたいことも一緒で、これは運命だと感じた。こんな奇跡ないって、鳥肌がたったよ。予感は的中。一年の秋の学園祭では、体育館に入りきらないくらいのお客さんがつめかけた。トリでさー。最高だった。プロ目指そう。退路断つぞって学校辞めて、こっち来てインディーズでCD、ライブ。メジャー目前。で、あたしが脱退。
仁菜:桃香さん(写真を見つめて)。
桃香:ん?
仁菜:こんな顔で笑うんですね。

仁菜は桃香の「亡霊」を追っている。仁菜が高校のときに、自分を勇気づけた桃香は今はもういない。それは、今。手の中にある、満面の笑顔の写真の中にしかない。桃香は、仁菜を通して、過去の自分に

  • 復讐

をされている。桃香が仁菜に今、責められているのは、「自業自得」だ。自分が昔、生み出したものに復讐をされているのだから、自分のせいなのだ。
しかし、逆に言うと、なにも変わっていないとも言える。今も昔も、桃香は仁菜に「中指を立て」ろと言っている。満面の笑みで、旧ダイダスのメンバーと笑っている桃香の写真を見る仁菜の表情は、どこまでも優しい...。