圭室文雄『葬式と檀家』

江戸時代を、まるで、パラダイスのように描くことも、同じように、欺瞞であろう。
それは、そもそも、その江戸時代のパワーポリティクスが、どのようになっていたのか、その視線なしにはありえない。
「僧侶憎けりゃ袈裟まで」
なんていう言葉があるが、ほとんどの人は、なんのことを言ってるんだろう、という感じではないだろうか。
本気で、僧侶が「憎かった」のです。
もともと、檀家制度の起源が、キリシタン弾圧にあったことは、重要である。キリシタンを幕府は、なんとか、日本から、なくそうとした。しかし、そんなことは、どうやれば可能であろうか。

九兵衛外四名連署吉利支丹ころび起請文
一、吉利支丹宗旨ニ成、此前方ねかい申事、今に後悔にて御座候間、後々末代、きりしたんに立帰る事すまじく候、同妻子けんそく他人へも、そのすすめすまじく候、自然何方より伴天連参、こんひさんのすすめなすと云共、此書物判をいたし申す上ハ、其儀かつてもって、妄念にも取あつかう事に、同心いたすまじく候、もとのきりしたんに立帰るにおいては、じゅゆらめんとの起請文以て、是をてっする者也、
一、上ニハ天ム・てうす・さんたまりやをはじめたてまつり、もろもろのあんじょの御罰を蒙り、死てはいんへるのと云獄所において、諸天狗の手ニ渡り、永々五衰三熱のくるしみを請、重てまた、現世にてハ、追付くさるなり、人に白癩・黒癩とよはるへき者也、仍おそろしきしゆらめんと、件の如し、
寛永拾弐年十月晦日
九兵衛(花押)
同はは(略花押)
同いもと(略花押)
こなつ(略花押)
くろ(略花押)
御奉行様
(『南禅寺文書』下巻、四二六)

最初は、こういったキリシタンを転向した人を、檀家にするんですね。それは、ある仏教宗派が、その人が、キリシタン、でない、ことを保証する、という形によることになる。
この手続きは、その後、もともとキリシタンでない人にまで、広げられる。その人がキリシタンでないことの保証を、檀家によって、行うということですね。
キリシタンでない、ということ、日本から、キリスト教を抹殺することが、日本国民全員を、仏教宗派のどれかに所属させることだったことは、その後の、権力関係を大きく決定する。
なぜ、この事態が、重要であるのか。それは、「戸籍」が、完全にこれによって、管理されることになったということではないか。
仏教宗派は、檀家に、多額の寄進を要求するようになる。なぜ、言われるがままに、金を払うか。もしそうしなかったら、檀家の証文を破棄される。つまり、そこで、身分保証がなくなる。村八分。差別社会において、それは大きかった。
江戸時代は、徹底した、地方分権社会。それは、幕府の仕事がこうやって、仏教宗派が、代行していたことからもいえる。というより、実質的な、権力は、この制度によって、仏教宗派の方にこそ局在していた、と言えなくもない。
ものすごい、強大な権力を、この仏教集団はもつことになった。まったくもって、すごいパワーなんじゃないでしょうか。実質、宗派間の共存さえ、可能なくらいの、個人の囲い込みが、このように行われたということなのでしょう。
しかし、この話は、これで終わらない。この話は、「今」につながる。

ところで近世的檀家制度は明治元年神仏分離令によって、当時存在した寺のほぼ三分の二が廃寺に追いこまれ、大きな試練をうけることになった。しかしこの場合であっても、菩提檀家をもつ寺院の存続はみとめられた。むしろ寺は近世以降の特権を利用しつつ土地集積により経営は拡大の方向をたどっていった。
太平洋戦争後の農地解放令は、寺にとっては第二次神仏分離的な試練であった。この時地主経営に依存していた多くの寺は、経営がかなり苦しくなっていった。しかし多くの寺はこの頃から地主経営から檀家を対象とする葬式・仏事、墓地の売却等に急旋回していくことになった。

葬式は、著しく、檀家から、金をまきあげる、一つの、稼ぎ頭であったわけだが、今の葬式は、葬儀会社の仕事となり、坊主は、その一部を占めているにすぎない。
仏教とは、このように、長い間、庶民の憎しみの対象であった。それなのに、なぜ、このような「因習」が現在まで続いているのか。それは、おもしろいことですね。
そこには、やはり、根強く、イエ制度の考えがあるのだろうか。
ある種、このように、明治以降の、既存仏教集団が、微妙にその性格を違えてきたことも影響しているのだろう。
現在でも、地方に行けば、葬式、墓参り、などにおいて、お寺は、中心的な位置にあり、コミュニケーションの一つの中核的な場所になっている。住職は、その地域の尊敬される、プレーヤーだ。しかし、そこには、かつてのような、国家権力の一翼を担う性格はなくなっているようだ。その存在意味は、ますます曖昧になる一方だが、じゃあ、これからも、この共犯関係は続くのだろうか。よく分からない。

葬式と檀家 (歴史文化ライブラリー)

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