鴨志田一『さくら荘のペットな彼女』

(まだ、3巻までしか読んでいないが、だいたいテレビアニメの方が、それくらいなので、まあ、いいかな、と。)
このラノベにおける、登場人物は、だいたい、二種類に分けられる。

  • 天才...ましろ、美咲、龍之介
  • 凡人...空太、七海、仁、リタ

主人公の高校生の空太は、縁あって、変人ぞろいと言われている、さくら荘に入ることになるが、そこで、圧倒的な「才能」をもった、同じ高校生たちと、共同生活をすることになり、コンプレックスを感じる抑鬱とした日々を送るようになる。
一つ屋根の下で、共同生活をするとき、多くの気付きに直面する。それは、天才とは、そもそも、

  • 誰よりも努力をしている

ということである。誰よりも、強い意志をもって、前に進んできたから、「天才」として「今」あるのであって、そもそも、天才と秀才は区別ができない。
そういった天才の姿を、間近で、見てしまうのが、こういった「共同生活」だと言えるだろう。
主人公の空太は、そういった彼らを見て、結局、なにも前に進もうとしていないのが、自分だけであることに、悩むことになる。
凡人である自分。
主人公の空太は、そもそも、自分が将来、どういう方向に向かうのか。いや。もしも、そんなことを決めたところで、自分に本当になれるのか。しかし、彼には、ずっと気になっていることがある。「ゲーム作ろうぜ」という、ゲーム会社が企画している、ゲームシナリオコンテストに、自分の考えたアイデアを、シナリオとして送ること、を。彼は、ゲームに詳しい龍之介にアドバイスをもらいながら、書き上げたシナリオを送る。最後に、客先でのプレゼンで、まったく、相手にされなかったことで、落ち込むことになるが、少なくとも、そこで、凡人の彼が一歩を踏み出した姿が描かれた、と言えるであろう。
七海は、将来声優になりたいと思っているが、親に反対されていることもあり、親の世話にならず、自分でバイトしたお金で、専門学校に通い、自分の夢を実現しようとしている。しかし、養成所の中間発表の前日に、彼女は重度の風邪をひいてしまう。
彼女の風邪の状態を見て、さくら荘の全員が、彼女を中間発表に行かせるのを止めさせようと話し合っていると、唯一、ましろだけが、それに反対する。なぜなら、もし、自分がそうなら、彼女なら行きたいと思うからだ。ましろは、毎日、七海が忙しい間をぬって、練習していたのを知っているからだ。
そこで、全員が考えを改める。翌日、まだ、ふらふらしている七海を、全員で車で養成所まで、送って行き、彼女は中間発表に、参加する。

そのとき、七海が背中から声をかけてきた。
「......ごめん」
「なんだよ、ごめんって」
「迷惑かけたでしょ......昨日は。上井草先輩に車まで出してもらったし、三鷹先輩にも先生止めてもらって......。神田君も......その、色々と心配してくれてたのに、私、全部ひとりでやれるなんて言い張って......結局、この有様だし......」
「美咲先輩や仁さんがどうかはわかんないけど、俺は青山にそんなこと言ってもらうために、何かをしたり、何かを言ったわけじゃないよ。昨日だってそうだ」
「......それ、許さないってこと?」
自信をなくした目で、七海は困ったようにしている。
「違う。許すとか許さないとか、そういうんじゃなくて最初からそんなこと気にしていないっていうか......」
「よくわからない」
「俺、思うんだよ。そりゃ、どんなこともひとりでぱっぱと片付けられたら、かっこいいい、そういうのが大人になるひとつの方法なのかもしれないけどさ。得意とか苦手とかあるし、ヒマだったり、忙しかったりは人それぞれ違うんだから、そういうのを認めて、さくら荘全体がいい感じに回るところを見つけて、うまいことやっていけばいいんじゃないかって」
「............」
空太を真っ直ぐに見つめたまま七海は何も言わない。
「一緒にいるんだから、大変なときは頼れよ。じゃないと、なんか、俺は寂しいよ」
「......うん」
「そういう方が、いいと思うんだ」
「神田君」
「なんだよ」
「言ってて恥ずかしくない? 私は聞いてて死ぬほど恥ずかしいよ?」
「そういう感想は胸にしまっておいてくれ!」
真っ赤になった顔を空太は背けた。意味もなく窓の外を見て、どうにか落ち着こうとする。そんな空太の背中に、七海の言葉は不意打ちとなった。
「ありがと」
驚いて振り向くと、しおらしく俯き加減の七海がいた。珍しく見惚れてしまう。
「だから、ありがとって言ったの。二度も言わせないでよ」
「お、おう」
「なによ」
「青山って、いつもこんな感じだったっけ?」
「もう......そういうこと言う神田君は嫌いです」
唇を突き出して、冗談混じりに七海が拗ねてみせる。ある意味素直というか、女の子らしさが全面に出てきて、空太はどきっとしてしまった。

七海が、さくら荘に来たのは、以前住んでいた場所の家賃を滞納していた、ということもあった。バイトに忙しく、なんとか、自分一人の力で、自分の夢を叶えようとしていた彼女にとって、空太の考えは、一方で反発を覚えながらも、ありがたいと思わせるものであった。
せっかく、今のこの時、さくら荘という、一つ、屋根の下に集まった彼らであるなら、だれかが困っているなら、みんなが、その人を助けることで、

  • みんなの夢が叶えばいい

わけである。そういう意味で、ましろの、ある意味、

  • 天然さ

が、たんに「ボケ」である、というだけでなく、本気で、彼女が絵や漫画に取り組んでいる、という、その、

  • マジ

さが、一人一人に、大きな影響を与えていくようになっている、と言えるのではないだろうか。そして、そうやって目標に向かって努力している人を、こういった、さくら荘で同じ時を過している同士だったら、自然と、

  • 応援したくなる

ということなのであろう。
七海は、最終的には、そういう気持ちを、ありがたいと思って、自分の、だれの世話にもなりたくない、という孤独に一人で向き合い、すべてを自分で解決してきた態度を、くずし、受け入れるようになる。
他方、ましろをロンドンに連れて帰ろうと日本に来たリタは、幼い頃から、ましろと一緒に絵の勉強をしてきた同士でありながら、ましろの圧倒的な絵の才能には絶対に勝てないと判断して、筆を折った少女であった。
彼女は、ましろを攻撃する。もしも、ましろがいなかったら、自分は絵をあきらめていなかった。もしも、ましろがいなかったら、自分と同じく、ましろの才能にぶつかり、劣等感に陥り、絵をあきらめる学友はいなかっただろう。ましろさえいなければ、リタは、まだ、自分の才能を信じて、絵を続けられていたはずだ。ということは、彼女の絵を続けたいと思う気持ちを、あきらめさせた、

ということになるだろう。
それに対して、ましろがリタに言うことは、少し観点が違っていた。

「どう思っていたんですか、ましろは?」
「......わたし、知らなかった」
「何をですか?」
「リタが何を思っているのかなんて」
「今はどうです?」
「わからない」
正直にましろは首を横に振った。
「そうだと思いました。それでこそましろです」
リタの目は寂しそうだ。
「全然、気づかなかった」
「そういうところが一番嫌いです」
唇をきつく結んだまま、ましろが顔を上げた。その瞳に空太は決意を見た気がした。
「だって、リタの隣で絵を描いているのは、すごく楽しかったから」
ましろの思いも寄らない言葉に、リタが目を見開く。
「他に何も考えてなかった」
「......ましろ
「リタといるときだけは、ひとりじゃないって思えたから」
ぐっとリタが体に力を入れている。何かを堪えるように......。
「リタだけいればいいと思ってたから......」
「そんな......」
「でも、わたしだけが楽しかったのね」
「それは違います......」
リタの声は掠れて殆ど聞き取れない。
「気づかなくてごめん」
「違うんですよ......」
感情に背中を押されたリタがましろの胸に飛び込んだ。すがりつくように、胸に顔を埋めて泣きじゃくる。その頬には、枯れたはずの涙が確かに伝っていた。
「違うんですよ!」
「リタ?」
ましろだけじゃないです! 楽しかったです! 今日まで絵を描いてきたのは、ましろと絵を描くのがほんとに楽しかったからです!!」
「......ほんと?」
「ほんとです! ずっと一緒に絵を描いていたかったんです! でも、ましろは全然楽しそうに見えなくて、私なんて視界に入っていないんじゃないかって思えて......ずっとそう思っていたんです。こわくて......そうしたら、こわくて......。友達だと思っているのは私だけなんじゃないかって思うともう止まらなくて......」
雨に濡れたリタの体をましろがぎゅっと抱きしめる。
「リタ......ありがどう」
ましろ......ましろ......」
「今までありがとう」
「ごめんなさい、ましろ。私......私......」
「だからお願いリタ、絵を......」
「絵を続けたいです......ずっと絵を描きたいんです。ましろと一緒に今日までやてきたことを全部ぶつけて絵を描きたい......ましろとの時間は、私にとって一番大切なものだから......私の絵はましろと作ってきたものだから......絵をやめるなんてしたくないに決まってるじゃないですか!」
「うん、わかってる」
ましろ......ごめんなさい......」
「リタはリタの絵を描いて」
それからリタは声を殺すことなく、溜まっていたものを全部吐き出すように泣き続けた。
ちゃんと繋がっていたんだと空太は思った。言葉では伝えられなくても、ただ側にいて絵を描いているだけで、ふたりは誰よりも強い絆で繋がっていたんだと。それは、きっと、お互いが本気で絵に打ち込んでいたからこそ芽生えたもので、だからこそ誰にも穢せないもので、空太が入り込めなくて、ものすごく羨ましい関係だと素直に思った。

ましろが言いたいのは、リタと一緒に絵を描くことは「楽しかった」ということである。
リタは、ましろの絵が非常に評価され、絵の教師でもある、父親にリタは絵をやめてもいい、と評価されたことが、彼女が絵をやめるきっかけであった。つまり、「他者からの評価」が彼女のモチベーションのバロメータであった、ということである。
他方、ましろは最初から、他人の評価に興味がない。彼女は、自分が絵を描くことが楽しいのであれば、たんにそれを続ける、ということなのであろう。そう考えれば、リタが子どもの頃から、ましろと一緒に絵の勉強をしてきたことは、少なくとも、それが楽しくなかったら、続かなかったであろう。
ましろとは何者か?
上記のカテゴリーにおける「天才」とは、そもそも、どこにも存在しない人たち、と言えるのかもしれない。あまりにも、超越的に、この現代という

  • 評価社会

において、人々の評価を勝ち取っている彼らは、どこか非現実的である。しかし、他方において、彼らは、どこか「ありふれている」印象を受けなくもない。
それは、彼らが、結局のところ、自分で「楽しんでいる」からである。その「楽しい」というモチベーションの結果として、膨大な秀才的な努力を結果し、その過程で、「たまたま」他者の評価「も」受けたというにすぎない。
七海やリタ、もちろん、主人公の空太も、今のところ、言うほどの社会的評価を受けるような成果を残せてはいない。それは、現代という評価社会において、ほとんど、マジョリティにとっての「結果」である。
なぜなら、評価とは「選別」のことでもあるから。
そういう意味では、評価されないことは、世のことわり、必定だと言えるだろう。
じゃあ、彼らには、なんの意味もないのか。不要な存在なのか。
ましろが言いたいのは、「楽しい」のかどうか、である。リタと一緒に英才教育を受けていたとき、ましろが楽しかったのか、さくら荘に来て、共同生活をしていることが楽しいのか。
主人公の空太が、なにげに、指唆しようとしていることは、そういうことなのであろう。七海に、同じさくら荘に住んでいるなら困っているときは頼ってほしいと言うのも、ましろがリタに一緒に絵を描いていて楽しかった、と言うのも、この同じ時間を一緒に過す仲間たちが、日々を楽しく過しているのか、であり、あるのは、それだけなんだ、ということと。
同じ屋根の下に過ごしていれば、相手が苦しんでいたり、悩んでいれば、なにか力になりたいと思うことは「自然」なことではないだろうか。「楽しい」と思う感情も同じことである。凡人である主人公の空太が言いたいことも、そういうことであろう。もっと、まっとうな、自然に、内側から、わきあがってくる感情に素直に生きること。つまりは、それが「青春」ということなのであろう...。

さくら荘のペットな彼女 (電撃文庫)

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