姑息な正直さという小役人根性

日曜のNHKスペシャルは、大変に啓蒙的な印象を受けた。
私たち素人にとって、STAP細胞やiPS細胞がどういうものであるのかといったことについては、専門家の話を聞くことで、それなりの印象を受け、なんらかの感想をもつことができる。しかし、今回の「事件」となると、結局、何が問題なのかが、さっぱり、要領をえない。
結局、専門家同士は、他者批判になるので、なるべく、直接相手を名指しするようなことは避けたがる。よって、素人には何が問題なのかが要領を得なくなる。
おそらく、NHKとしては、国民のこれだけの期待に、なんらかの答えを提示しなければならないという考えがあったのではないか。
番組の内容については次の一点に集約されていたのではないかと思っている。

論文には「STAP細胞から作ったキメラマウスのTCR再構成を調べた」とはあるが「再構成があった」とは書かれていない。
1月の会見で「TCR再構成があった」のような発言をした笹井氏に問合せたところ「少なくとも Nature の査読者は不十分だとは思わなかったということは言える。TCR再構成は他の多くのデータの一つで、それだけで初期化を立証するという論旨ではない」などと論点ずらし
STAP細胞の懐疑点 PART577

なぜこの部分が興味深いのか。それは、笹井さんと小保方さんの二人が自分たちなりに、これが、なんらかの「負い目」に感じていたことを明確に示しているからだ。
TCR再構成が非常に重要なことを彼らは知っている。これこそが「証明」の一丁目一番地である。ところが彼らはここで、「調べた」とだけ書く。ということは、どういうことであろうか。彼らは、ごまかした。しかし、この重要なエビデンスにおいて「嘘」を言うほどの覚悟も根性もなかった。そういう意味では、彼らはどこか小役人に似ている。大嘘をつく根性はない。しかしそれは逆に言えば、小さな嘘は、たいしたことではない、と考えるということであろう。
しかし、そうではないわけである。
むしろ、平気で論文に「調べた」とだけ書いて、平気な顔をしていられる彼らの「小役人」的な観念的思考法の方に、素人はものすごい感性の拒否反応をもつわけであろう。
なんで、こんな態度でいられるのだろうか。つまり、この態度によって、実際に彼らが意図的に図表を悪意で変更していたかどうかなど、「おして知るべし」になるわけであろう。こんな重要なポイントを、しらばっくれて平気な連中が、いくら「でも、嘘は言ってないだろ」とドヤ顔で言われても、こんな重要なポイントを「嘘は言っていない」という、言葉遊びで、なんとでもなると思っている、世間の厳しい目を嘲笑う態度が、決定的に、大衆をドン引きさせている。
番組は、彼らのそういった行動様式の背後に「特許」の問題があったのではないかと推測する。つまり、彼らにとってこの問題は、最初から、反省とは関係のない行為と考えられた。つまり、どこまで嘘と「はったり」が許容範囲なのかの「ゲーム」の色彩を帯びたものと解釈されていた。ところが、あまりにもの世紀の大発見を吹聴したがゆえに、

  • 大衆

の大衆なりの視点からの「正義」の追求の運動から逃げられなくなっていった、ということなのであろう...。