サイクス=ピコ協定の「見直し」は可能なのか?

ISによるパリのテロが起きた11月3日が、第一次世界大戦の「サイクス=ピコ協定」にでさかのぼる「復讐」の意図があったことは、ほとんどマスコミなどで言及されたことはないのではないか。

さて、冒頭で触れたパリでの同時多発テロ。これは地政学的に見れば、1916年のサイクス=ピコ協定(オスマン帝国領アジアをイギリス、フランス、ロシアとで分割、パレスチナは国際管理下に置くというもの)でわかるように、ヨーロッパ諸国がアラブ世界を民族無視で勝手に分割したこと、さらにその後、しっかりコントロールしきれなかったことが、さまざまな形をとって現在にまで及んでいることがわかる。
たとえば、アメリカがイラク民主化のためにフセイン政権を倒したが、その残党が「イスラム国」を作った。このたびのパリのテロもまた、それらがもたらした大きな悲劇の一つであると見るべきだろう。
ひとくちにイスラム教徒といっても、内側は非常に複雑である。彼らの帰属意識は、国よりも部族に対してのほうが強い。さらに、イスラム教にはスンニ派シーア派という二大宗派があり、多数派のスンニ派と少数派のシーア派が対立を続けているという、長い歴史がある。この宗派とは別に、トルコ主義、アラブ民族主義ペルシャ主義といった、少しずつ異なる民族意識もある。
宗派や民族意識が異なっても、最大概念であるイスラム共同体「ウンマ」への帰属意識は共有している。しかし、イラン・イラク戦争のように、同じイスラム教国同士で起こった戦争には、スンニ派シーア派の歴史的対立が絡んでいる場合もある。
こうした背景をいっさい斟酌しようともせず、戦勝国が勝手に勢力図を決め、分け合ってしまったのが、第一次世界大戦の一つの結果だった。アラブ世界の人々は、宗教心や帰属意識もろとも、列強の手前勝手な領土欲に振り回されたのである。
現在では中東は、かつてのバルカン半島をしのぐといってもいいほどリスクの高い「火薬庫」となってしまった。目下、最大の懸案は、やはりイスラム過激派組織「イスラム国」の台頭である。「イスラム国」は、サイクス=ピコ協定の終焉を目指している。
ちなみに昨年、パリでテロが起こった11月13日は、1918年、英仏軍がオスマン帝国イスタンブールを制圧した日である。つまり聖戦を掲げるイスラム国にとっては、キリスト教徒にイスラム教徒が侵略された恥辱の日であり、復讐を狙った日と見ることもできる。
http://news.goo.ne.jp/article/toyokeizai/business/toyokeizai-100380.html

こうやって、テロが実行された日付を確認すれば、彼らの「意図」は明確だ、ということになるであろう。
なぜ、彼らは、わざわざ第一次世界大戦にまで戻って考えなければならない、と言っているのか?
この問いは、逆に言うならば、私たちは、もう一度、「サイクス=ピコ協定」に戻って「正義」を考えられるのか、が問われている、と言えるのではないか。
私たちにそれは可能なのか。もしも可能でないとするなら、なにがそれを妨げている、と言えるのか?

なぜ、米国は、サウジアラビアにこだわったのか?いうまでもなく当時、サウジが原油埋蔵量も生産量も世界一だったからである。新世紀に入っても、米国は相変わらず資源の宝庫・中東を最重視していた。
ブッシュ(息子)が2001年1月大統領に就任した時、「米国内の石油は、16年に枯渇する」といわれていた。このことが、ブッシュの「攻撃的外交」の大きな原因だった。
たとえば03年に始まったイラク戦争。当時、開戦理由は「イラク大量破壊兵器保有している」「アルカイダを支援している」というものだった。しかし、どちらの理由も「ウソ」だった。では、真の原因は何だったのか?FRBグリーンスパン元議長は、自著の中で驚きの告白をしている。
<「イラク開戦の動機は石油」=前FRB議長、回顧録で暴露[ワシントン17日時事]18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン米連邦準備制度理事会FRB)議長(81)が17日刊行の回顧録で、二〇〇三年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。>(2007年9月17日時事通信
さらにフセインが00年11月、原油の決済通貨をドルからユーロに変えたことも、イラク戦争の大きな理由と考えられる(フセイン政権打倒後、米国はイラク原油の決済通貨をユーロからドルに戻した)。
ところが、オバマが大統領に就任した09年頃から、大きな変化が起こりはじめた。「シェール革命」である。シェール革命は、米国と世界を大きく変えた。米国は09年、長年世界一だったロシアを抜き、天然ガス生産で「世界一」になったのだ。
この事実は、米国の中東に対する態度を一変させた。つまり、米国にとっての「中東の重要度」が「下がった」のだ。実際、11年11月17日にオバマは、オーストラリア議会で「戦略の重点を、中東からアジアにシフトする」と宣言した。
米国の戦略転換の大きな理由は、2つ考えられる。
1つは、中国が台頭してきたこと。08年にはじまった「100年に一度の大不況」で、米国経済は沈んでいた。その一方で、中国は08年9.64%、09年9.2%、10年10.6%、11年9.5%の成長を果たし、「一人勝ち」状態になっていた。10年にはGDPで日本を抜いて世界2位に浮上。経済力でも軍事費でも世界2位の大国となり、米国の覇権を脅かす巨大な存在になってきたのだ。もう1つの理由は、「シェール革命」で中東の重要度が下がったことである。米国の「大戦略」が大きく変わった瞬間だ。
しかし、米国の「アジアシフト」は、すんなり実現しているわけではない。オーストラリア議会演説を行った11年、シリアではすでに内戦がはじまっていた。米国は、サウジアラビアやトルコを中心とする「スンニ派諸国」と共に、「反アサド派」を支援した。
一方、シーア派の一派・アラウィー派に属するアサド大統領は、シーア派の大国イランと、シリアに海軍基地を持つロシアからの支援を受けた。結果、シリア内戦は長引き、独裁者アサド政権は、なかなか倒れない。
13年8月、業を煮やしたオバマは、アサド軍が「化学兵器を使用した」ことを口実に、「シリア(=アサド政権)を攻撃する」と宣言する。しかし、攻撃への支持が広がらないと分かると、翌月には戦争を「ドタキャン」して世界を仰天させた。表向きの理由は、「アサドが化学兵器破棄に同意したから」となっているが、そもそもそれ以前に、前述したような理由から、米国は「中東への熱意」を喪失していたのだ。
そして、米国はイランとの本格的和解に乗り出した。15年7月、米国など6大国がイランと核開発問題で「歴史的合意」に至ったことは、記憶に新しい。
中東大戦争は起こりうるのか?米国の“変心”で表面化したサウジ・イラン対立 | ロシアから見た「正義」 “反逆者”プーチンの挑戦 | ダイヤモンド・オンライン

さて、米国が中東に対してやる気を失った後、シリアでは「反アサド派」に属していた「イスラム国」(IS)が、急速に勢力を伸ばしていく。ISは、首切り処刑の動画を世界に配信するなど、あまりにも残酷なテロ組織だ。やむを得ず、米国は14年8月から「IS空爆」に踏み切った。
しかし、ISは、反欧米のアサドと戦ってくれる「捨てがたい存在」でもある。それで、米国を中心とする「有志連合」の空爆は「ダラダラ」していた。なんといっても、ISの資金源である「石油インフラ」への空爆を一切行っていなかったのだから。
15年9月、今度は、ロシアがIS(とその他反アサド派)への空爆を開始した。アサドを守りたいロシアの空爆は本気。ロシアは遠慮なく石油インフラへの空爆を行い、ISは短期間で弱体化した。
米国は当初、「ロシアはISではなく、反アサド派を空爆している」と非難していた。しかし、あまりやる気がないので、結局妥協。15年12月18日、国連安保理は、全会一致で「シリア和平案」を承認した。合意内容は、「アサド派」と「反アサド派」からなる「新政府」を樹立すること。新政府は新憲法を制定し、選挙を行う。これで、アサドが選挙を通して合法的に政権にとどまる可能性も出てきた。
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このように明らかにアメリカは中東への興味を失い始めている。自国内に、シェール革命による、エネルギーの自給自足の可能性が見え始め、ブッシュ大統領の頃のような「石油があと16年で枯渇する」といったエリート・パニックもなくなり、アメリカ軍が中東にコミットをすればするほど、アメリカ国内の厭世感が高まり、政権が不人気となる。
驚くべきは、アメリカはISの石油インフラへの空爆を一切やっていなかった。いかに、アメリカが「中東に関わる」ことへのモチベーションを失っているかが分かるであろう。
もちろん、あれだけ残酷な首切り映像を全世界にばらまいたISが中心になって、といったことはありえないとしても、なんらかの「サイクス=ピコ協定」に立ち戻って、中東の秩序を再度考えようといった議論が、逆説的ではあるが、今この

のタイミングをついて、世界的に行われる、という可能性はないのであろうか? アメリカのこの「厭世」的な、中東へのコミットメントへの「やる気のなさ」は、逆に言えば、今こそアメリカが

に行動しうる可能性を示してはいないだろうか。アメリカが中東のテロリズムなどの「暴力」に、いい加減、嫌気がさして、なんらかの「手打ち」に誘惑されるとき、それが、もう一度、「サイクス=ピコ協定」にたちかえった、非暴力が定常的に継続するような世界秩序の模索が行われる、という可能性はないのであろうか...。