日本という国

果して、日本という国家がほとんど世界の最先端からおいていかれそうになっている今の状況を見るにつけて、一体いつ、なぜ間違ってしまったのだろう、ということは考えるわけである。
なぜ、こんなふうになってしまったのだろう。
もちろん、そこには日本語というローカル言語の問題があることは確かであろう。その意味は、世界中の情報に対して、日本人は日本ローカルの情報で閉じてしまうので、最先端の議論に対応できていない、ということなのだと思う。もっと言えば、日本の国内向けに行われる

  • 言論操作

に簡単にだまされてしまう。嘘を信じてしまうのだ。
ここで私が言いたいことは、いわゆる、グーグルの問題であり、フェアユースの問題であり、著作権の問題なのだが。

一方で、日本の著作権法にはフェアユースがなかったので、日本の検索エンジン業者は、対象となるウェブページの権利者に対して、いちいち許諾を求めなければいけませんでした。しかし、なかなか許諾が得られず、検索できるウェブページが少なくなってしまいました。グーグルとの差は歴然で、日本の検索エンジンアメリカに敗れたのです。
日本政府もこれではまずいと気付いて、2009年になってようやく検索エンジンの複製を認めるように著作権法を改正しましたが、ときすでに遅し、でした。現在、日本語の検索エンジン市場は米国発のグーグルとヤフーが席巻していて、日本生まれの検索エンジンは2、3%にすぎません。
グーグルを救った「フェアユース」 日本の著作権法にも導入すべきか - 弁護士ドットコム

これで日本はIT大国とか言っていたんだから、なんなのかな、とは思うわけである。なぜ日本で、アメリカのようなフェアユースが実現しなかったのか。はっきり言えば、これが全てであった。日本がアメリカに遅れておきなかがら、いつまでも先進国でいたいと思うのは、ずうずうしくないか。
なぜ日本は、この対応に遅れたのだろう? おそらく「著作権」が関係している。今でも、JASRAC がまるで、ヤクザまがいの「脅し」攻撃で、人々の表現活動を萎縮させているが(これに、誰も戦っていないということが日本の現状をよく現している)、日本では、さまざまなに、日本の「知識人」であり「表現者」でありが、自らが出版社を通して売っている本の印税が脅かされることを嫌って、こういった新しいサービスを許容する対応が遅々として進まなかった。
しかし、そんなことでいいのだろうか?
私は、いわゆる「グローバリズム」主義者を疑っている。彼らは、こういったサービスを日本が世界にさきがけて牽引していくことを推進しなかった。それは、結局はアメリカがそういうことをやればいい、という考えだったのだ、と考えている。つまり、日本がIT大国でなければならない、という考えがなかった。そもそも彼らは、車はドイツの高級車に乗り、スマホはアイフォンを買い、つまりは、日本をボロクソにけなすことで、いっちょまえに「有識者」として扱われているに過ぎないのだから、そもそも、彼らが日本製品を日常的に使うわけがないのだ。
外国かぶれで、いつも、海外の翻訳をして糊口をしのいでいて、常に「外国はこんなに進んでいる。日本は遅れている」と言うことで、有識者として日本でちやほやされている連中なのだから、当たり前といえばそうだが。
彼らにしてみれば、日本は遅れていてもらわなければ困る。日本が「問題」がなければ困る。そうでなければ彼らの商売がくっぱぐれてしまうのだから。しかもそこに、彼ら自身の「実害」に関係する、著作権が関係してきた、となるのだから、ふれることすら嫌がるのだろう。なにが「ゲンロン」だ...。