ポーランド戦で何が起きたのか?

とにもかくにも、日本代表はグループ・リーグを突破して決勝トーナメントの進出することになった。しかし、第3戦のポーランド戦は特に最後の10分くらいの日本の戦い方が方々で賛否を呼ぶ状況になっている。
ここでは、私なりにこの状況を少し俯瞰した視点から考察して、ようするに「何が起きていたのか」について認識を深められればいいか、と考えている。
11時より、日本vsポーランドセネガルvsコロンビアが同時にスタートして、試合が動いたのは以下の3回である:

  1. 後半14分:ポーランド先制
  2. 後半29分:コロンビア先制
  3. 後半の残り10分:日本のコロコロ戦法

この試合、日本はレギュラーを6人交代して、今までのトップ下に香川を置かず、香川と乾のワンタッチパス・コンビを使わず、武藤という足の早い選手によって、裏を狙う、昔のハリルに近いような、中盤を省略した「カウンター・サッカー」で試合を開始した。しかし、なぜ6人もの交代を行ったのか、このような戦略はすでに第2戦で決勝リーグ進出が決まっているチームが選択する戦略ではないのか? それは中3日という過密日程が関係している。ベテラン選手が多く、怪我あがりの選手が多い日本は、第3戦に同じメンバーを維持することは難しかった。
しかし、こういった戦略はなにもかもが悪いわけではない。前線のモビリティを犠牲にすることで、守備の人員を増やせる。また、実際の試合経過においてもそうだったが、カウンター・サッカーは必ずしも、(特に前半は)決定機を作れないわけではない。
多くの人は忘れているが、日本は強くない。それは、FIFAランクが端的に示しているわけで、圧倒的実力差で相手をねじ伏せるなど夢のまた夢なのだ。日本が考えていたことは、とにかく前半は同点で迎える、といった程度にすぎない。
試合が動いたのは、後半の14分にポーランドがFKから、日本のマークの曖昧さを突いて先制したところから始まる。これによって、何が起きたか? もし日本がこのまま負ければ、コロンビアとセネガルが引き分けでも予選を突破できる、ということである。しかし、コロンビアにはまだリスクがある。つまり、もし日本が追い付けば、逆に今度は自分たちが予選敗退するからだ。
しかし、セネガルは違う。明らかにセネガルは、ポーランドの先制から守備的戦術に移行する。
ところが後半29分にコロンビアがセネガルの牙城を崩すと、事態はまったく違ってしまう。
さっきまで、セネガルとコロンビアは引き分けで決勝トーナメントへ行けた。だから、セネガルはそれでよかった。ところがコロンビアにとってはそれではリスクがあった。日本が同点に追いついた時点で、自分たちが予選敗退になるから。よって、コロンビアはセネガルからは「引き分け戦略」を誘わせていたのにも関わらず、KYにも、勝ち越し狙いに徹底した。
ところがこうして、コロンビアが点を取ってしまうと、状況はまったく変わってしまう。
このままだと、日本が今回から導入された「フェアプレー・ポイント」によって勝ち残り、セネガルが予選敗退になってしまう。
セネガルは当然、攻撃を今までえ以上に強めるだろう。しかし、コロンビアはどちらにしろ、日本の「リスク」があるために、この勝利を目指すモチベーションが強かった。南米の強豪国が後半終了間際で、逆転されずに逃げきる「戦術」にたけていることは、多くの人たちの認識の一致するところであろう。
対して日本はどうなるか? まず、ポーランド

  • 勝利

しか興味がなかった。なぜなら、すでに予選敗退が決まっていたから、それ以外のモチベーションがなかったから。よって、日本が「攻撃」をしかけてこない限り、それを追い回してまで、ゴールを目指すモチベーションがなかった。
対して日本は、二つの選択があった:

  • もう一点とることで、相手に依存せず「独立」で予選突破を確実にする。
  • このまま逃げきることで、今の「フェアプレー・ポイント」の差異で予選突破する

日本が前者を選択しなかった理由としては、以下が考えられる:

  • メンバーを入れ替えたこのチームで、この短い時間で得点を奪う確率は低いと考えた。
  • 逆に日本が攻撃することで、完全にカウンター狙いのポーランドが待ち構えていたので、そこを無理に攻めることは、日本のファール(=イエローカード)をとられるリスクがあった。

ようするに、日本が「コロコロ戦術」を選択することで、

  • どうせポーランドは攻めてこないから、これ以上の失点は回避できる。
  • 後ろでコロコロやっていれば、相手の選手との接触が発生しないのだから、これ以上のイエローカードを回避できる。

つまり、日本側はかなりの確率で

  • 現状維持

が予測された。よって、後の問題は、

に完全にしぼられたわけである。さて。なぜ西野監督はおそらくセネガルは点をとれない、という方に賭けることができたのだろうか?
私はこれも「確率」だと思っている。ようするにこれは、

  • 日本が攻めて点をとれるか?
  • セネガルが攻めて点をとれるか?

を比較した「確率」なわけである。西野監督は、この時間に日本が攻めて点をとる確率は低いと考えた。そうである限り、日本がコロコロ戦術を選択しない理由はない。つまり、日本が点をとれないのであれば、セネガルが攻めて点をとったら、どっちにしろ勝てないからである。
そうであるなら、日本がセネガルが点をとれないことを前提として、このコロコロ戦術を採用することは合理的だ、と言えるだろう。
ではなぜ西野監督は、あの時間から点をとるのは難しい、と考えたのか?

今の日本代表は西野朗監督就任以降、急速な変化を遂げた。ワールドカップ前の国内最後のテストマッチとなったガーナ戦は、ほとんど見るべきもののない試合だったにもかかわらず、その後の短期間で、驚異的なまでにチームとしての機能性を高めていった。
その中心にいたのが、MF乾貴士であり、MF香川真司であろう。彼らが生み出す連係が次第に周囲を巻き込んで広がり、チームがチームとして機能するようになっていった。
だが、それは西野監督が考える戦い方を地道にイチから落とし込んでいった成果ではなく、選手同士の感覚による"アドリブ"に頼ったものだった。だからこそ、選手たちは気持ちよくプレーでき、短期間でも共通理解を築き上げることができたわけだが、選手の感覚頼みの即興では"誰が出ても同じことができる"ようになるはずもなかった。
露呈した限界。「乾、香川からのアドリブ」が西野ジャパンの戦術だった(webスポルティーバ) - Yahoo!ニュース

そもそも今回の大会は、一ヶ月前に監督が交代した大会である。よって、西野監督には「攻撃」的戦術に対しては、

  • 成功した範例

パラグアイ戦の「香川・乾コンビ」しかなかった。つまり、今のこの戦略の「攻撃的可能性」について西野監督は自信がなかったわけである。
ここまでを綜合すると、ようするに、西野監督は、しょせんは一ヶ月前に就任した監督だけに、攻撃のオプションをほとんどもっていなかった。だから、とにかく、「香川・乾コンビ」という

  • 選手

の「能動性」に頼むことしかできなかった。つまりは、ぶっちゃけて言ってしまえば、西野監督はこういった「事態」をほとんど想定していなかったし、こうなった場合の、

  • 攻撃的オプション

の可能性を深く考察するような「期間」が彼には与えられていなかった。つまりは「全て」は田嶋会長の

  • むちゃぶり

が、今回の日本代表の「醜態」をもたらした(そしてそれが世界的な物議をかもす事態をもたらしている)、ということに注意しておくことが必要であろう...。

補足:
三点ほど上記の議論に追加しておきたい:

  • なぜ日本がコロコロ戦術を選択できたのかについては、ポーランドには「勝利」へのモチベーションはあったが、「それ以上に点をとりにいく」というモチベーションがなかったこと。むしろ彼らのモチベーションは「相手を攻めさせない」の方にあり、だから、点をとった後はゴール前を9人で守る戦術を選択していたし、それでも相手が前がかりに攻めてくれば後ろが空くのでカウンターがきくわけで、つまりは、そのリアクションサッカーで十分だったし、そうなった格上のポーランドから点をとることの難しさを西野監督は十分に理解していた。
  • 言うまでもないが、日本が考えたのは、攻めて点をとれる確率を、攻めたがゆえに日本がイエローカードをもらう確率で、圧倒的に後者の方が確率が高いことは言うまでもない。イエローカードはまったくゴール前のシュートレンジと「関係のない」ところでさえ発生してしまう。とにかく、相手選手と「接触」が発生するところなら、どこでも発生してしまう、かなり確率の高い現象であって、そうであるから、日本は一切の前に攻めるというオプションを選択しなかった。今までの歴史上の「無気力試合」でさえ、相手ゴール前のコーナーの近くで、いつまでもボールを保持し続けるといった戦術をよく見かけるが、それさえも「リスク」があるとしたのは、ひとえに今回の「フェアプレー・ポイント」制度が強いた結果なのであって、つまり、多くのマスコミ報道が分かっていないのは、今回の「負けてるのに」コロコロが「新ルール」が引き起こしている、という認識なわけである。
  • 対して、FIFAの側からこの問題を考えてみると、むしろこのように「セネガル」が負けることは、自分たちの「意図」する方向にもっていってる、といった満足感があるだろう、ということは分かる。なぜこれでセネガルが負けたのか? それは多くの「イエローカード」をもらったからで、FIFAは各チームに「イエローカードを減らえ」と言いたいわけだ(イエローカードは端的に、選手の「怪我」や選手生命の短命化に直結する問題であり、その競技性を考えたとき「深刻」な問題だというFIFAの認識がある)。おそらく、今回の大会はイエローカードが少ないのではないか。そしてそれは、彼らはこの「フェアプレー・ポイント」制度の導入が達成した「成果」だと誇るであろう。そういう意味で、彼らはこれで「セネガルが負ける」ことに一切の同情をしないわけである。