遡及法

さて。正義とはなんだろう? 例えばそれは、歴史を遡って論証することを可能にするようなものだろうか? ということはつまりは、

  • 自分が生きている時代

においてのみ、自らの考える「正義」を適用することを許されているのだろうか?
つまり、正義とは

  • 誰にとっての<正義>

なのだろうか? それとも、

  • いつの時代も遍(あまね)く、広がって「そこに在る」

ようなものだのだろうか?

裁判の被告となったのは李愚英(イ・ウヨン)氏。韓国の老舗一流ホテルのグランドヒルトンホテル会長だが、訴えられた背景には先祖の李海昇(イ・ヘスン)氏の存在がある。
韓国紙の中央日報や左派紙ハンギョレ(いずれも電子版)によると、海昇氏は李氏朝鮮の25代国王哲宗に連なる名門の家柄で、1910年の日韓併合後に朝鮮貴族では最高の地位にあたる公爵の爵位を得たという。同時に公債16万8千ウォンも受け取った。
この約1世紀後、韓国政府が親日行為で手に入れた財産(土地と現金)を国に返すよう、財産を相続した子孫の愚英氏を訴えたのだ。
韓国では盧武鉉ノ・ムヒョン)政権当時の2005年に「親日反民族行為者財産還収特別法」(親日財産帰属法)が制定、施行された。日本への併合を民族の恥とし、日本の手先として働き財を為した者から、財産を取り上げる法律だ。それにともない、同法の対象となる「反民族行為者」を決める大統領直属の国家機関「親日反民族行為者財産調査委員会」が設置された。
2007年に反民族行為者と決めつけられ財産の返還を求められた愚英氏は、祖先が韓国の貴族だから土地を得たのだと主張し、返還の義務なしとして行政訴訟を起こした。この法廷闘争は最高裁まで争われたが、2010年に愚英氏の勝訴が確定した。
というのも同法では「親日反民族行為者」を「韓日併合の功績で爵位を受けた者」と規定しており、裁判では愚英氏の主張が認められた。つまり、もともと貴族だから爵位を得たのであって、日韓併合で何らかの働きをしたのではないと判断されたのだ。
世界でも類をみない動きはここから始まる。世論の批判を受け韓国国会は翌11年に法律を改正。「韓日併合の功績で爵位を受けた者」との一文を削除し「日帝大日本帝国の侮称)から爵位を受けたり、これを継承したりした者」に変えたのだ。明らかに愚英氏を標的にした法改正だった。
この新たな法律を根拠に政府は15年、愚英氏を訴えた。さすがに判事もやりすぎと見たのか、1審は政府の敗訴。控訴審でも1審判決が支持された。
ところが今年6月26日、最高裁は愚英氏に対し、土地一筆(4平方メートル)と別の土地売却で得た3億5千万ウォン(約3300万円)を返還するよう命じたのだ。愚英氏の敗訴である。
韓国に開く「亡国の門」 遡及法が国を滅ぼす(産経新聞) - Yahoo!ニュース

韓国政府は、歴史を

  • 裁く

立場に自分たちがいると考えている。そして、過去の「悪」は、現代において

  • なんらかの形

において、贖われなければならない、と考える。
しかし、現代において、過去を「裁く」とは、どういう意味だろうか? ここにおいて考えられているのは

  • 祖先

である。しかし、過去の先祖の人格と、現代のその祖先の人格を、なぜこのように「同列」に並べて、現代を生きている人に、なんらかのペナルティを与えることを正当化できるのか?
それが、

  • 相続

という考えなのであろう。つまり、なんらかの

  • 家族や祖先

という考え方において、その

  • 財産

が継承されている、と理解しているわけである。よって、過去の(現代から見て)不当に獲得した(と思われる)財産によって、彼ら先祖が得てきた利益は

  • 不当

なものであったと受けとることによって、この継承関係において、

  • 末代までの<責任>

が生まれる、と解釈している、と。
しかし、もしもこういった「財産権」的な話がしたいのであるなら、どうしても

  • 遺言書

の問題を考えざるをえないように思われる。故人の財産を相続するのは、必ずしも親族ではない。というか、基本的には、亡くなる人は自分の財産を

  • それをあげたい人

にあげればいいのであって、それが家族でないからといって、少しも不思議ではない。だとすると、何をそこまで、この

  • 家系的連続性

に意味を与えようとするのだろうか?
徴用工裁判もまったく、この問題と同型である。日本企業を訴えるのは、もはや、当時苦しんだ、当事者ではない。当事者はどんどん死んでしまった。そうではなく、彼らの

  • 家族

が日本企業を訴える。過去の資料をひっくり返していたら、どうも、自分の家の先祖に、日本の植民地時代に、日本企業で徴用工として働いていた人がいたようだ。だとするなら、きっと、日本企業に苦しめられたに決まっているんだから、彼らに

  • 一財産請求しよう

となる。証拠なんて、その祖先が徴用工として所属していたという事実だけでいい。それだけで、苦しんだに決まっているのだから(なんてったって、日本の植民地統治は「違法」なんだから、そこでの「あらゆる」事実は、賠償の価値をもっている)。
私たちが普通考えている、過去の清算とは、

  • 被害者の救済

のことと考えてきた。だから、国家なり、国際機関なりが、その「苦しんでいる人」に、具体的な金銭的救済を行うことと考えてきた。
対して、韓国における「遡及法」的なスタイルは、

  • 「恨み」を晴らす

ための運動のように思われる。上記の引用において、訴えたのは国家であり、国家が財産を没収「させろ」と言っている。しかし、別に国家が、その程度のお金を収奪したからといって、国家の財産に大きな変化が起きるわけもなくw、別に、この事実は、国家の「幸福度」に影響するわけではない。
じゃあ、韓国政府は何がしたかったのかというと、ようするに、こういった財閥であり、お金をもっている連中を

  • こらしめる

ことによって、大衆の快楽であり、痛快さをエンターテイメントとして提供したかった、ということになるだろう。
このことは別に、だれだってよかったわけである。国民の多くが、低賃金で働かされていて、財閥連中が散財の限りを尽しているのを、たんに、ねたましいわけである。だったら、奴らの財産を奪え。その痛快さを、刺激的な見世物として求めた、ということになるだろう。
しかし、である。
考えてみよう。この考えは、ここで留まるだろうか? 当然のように、今度は、「日本国内」の富裕階層に向かうのではないのか? おそらく、韓国政府は、今回の徴用工問題を「きっかけ」として、日本の富裕階層に対して

  • 財産の没収

を仕掛けてくるであろう。それは、まったく、今回の裁判と同じような道筋を辿るように思われる。なぜ、そうなるのか? それは、彼らが主張している

  • 正義

を、あらゆる対象に敷衍していくならば、必然的にそうならざるをえないからだ。
これは、ある種の

  • 左翼運動

だと考えられると思っている。まさに、60年代の全共闘とは、こういうことだったのではないか?
彼らが求めたこととは、戦争が終わって、戦後が始まったにも関わらず、また、戦中の

  • 特権階級

が、のうのうと社会の支配を始めていることへの、強烈なアンチテーゼだったわけであろう。
全共闘は、戦中世代の

  • 一掃

を目指した。具体的には、財閥の財産の没収であり、富裕階層の財産の没収であった。それらの財産は

  • 戦中

に、やましい方法によって蓄財したものであったわけで、なぜそれが、戦後も「所有権」の名の下に、保護されなければならないのかが彼らには理解できなかった。
共産主義革命とは、

  • 戦争中の一切の「悪」の清算

を意味していたわけであり、彼らブルジョアジーを、日本のエスタブリッシュから「排除」するまで終わらない、永久革命だったわけであろう。
ところが、日本のこの60年代の全共闘運動は、一切の総括が行われることなく、彼ら富裕階級による「反撃」によって、滅ぼされたわけで、この革命はついには実現することなく、人々は企業の社畜となって、サラリーマンとして、企業戦士として、吸収されていった。
つまり、それ以降の日本においては、この戦中世代の「戦争責任」の問題は、それ以降、あらゆる場面において、うやむやにされたわけで、この問題を振り返るという

  • 行為

自体が「左翼」の振舞として忌避され、タブー化されていった。
しかし、である。
ここで、もう一度、今の韓国における「リビジョナリズム」を考えてみるなら、なぜそれが、今の日本の「大衆運動」として、一種の

  • 暴動

的なものとして、起きてこないのかは、よく考えてみる必要があるように思われる。もちろんそれは、

  • 1%対99%

と呼ばれる、富裕階層と大衆との、財産収奪闘争としての様相を示すわけで、もちろんこれが、どういった場面において現れるのか、消費税を巡る攻防なのか、なんなのかは、その場面場面によって違うのであろうが...。