渡辺努『世界インフレの謎』

新型コロナが日本で流行し始めた頃、京大の准教授の宮澤孝幸がツイッターで騒いで、少し後に、同じく京大の藤井聡と、政府批判を始めたときに、私の違和感は彼らのレトリックにあった。
彼らのレトリックは「理想はスウェーデンの集団免疫政策」にあった。彼らは、基本的に気にするな、という主張だった。つまり、ノーガード戦法だ。感染しろ、と。そして、みんなが免疫をつければ、この騒動が終わる、という話だった。
ここで、彼らがその主張の中心に置いていたのは、

  • どうせ、たいした人数は死なないんだから(死者数を無視しろ)

という主張だった。つまり、実質的に宮澤は、「人殺し」教唆をやっていた。
こういった主張は、どういった思想から出ているかといえば、単純な「功利主義」だ。最終的な死者が、確率論的に、そこまで多くなることがないなら、「今まで」通りに人々は行動すべきだ、という主張だ。なぜなら、人々が「行動変容」をした場合の、経済への影響が大きいからだ。
宮澤の主張の中心は「今回のウイルスは致死率が低い」という所を強調するものだった。少なくとも日本ではそうなんだから、(最低限のこと以上は)なにも変えるべきじゃない、と。
(その宮澤は、じゃあ、最近は何を言っているのかと気になる人もいるだろう。最近は、まったくこの話をしなくなった。代わりに、彼が怒っているのは「mRNAワクチンを売つべきじゃない」に代わっているw しかも、「打つなら2回」なんだそうだ。)
そんな彼らが「理想のユートピア」として礼賛したスウェーデンは、結果としてどうなったのかだが、掲題の本にこんな記述がある。

対照的な対策をとったスウェーデンデンマークでしたが、結果として経済被害に大きな差は出ませんでした。国民の自主性にまさかせて緩い行動規制にとどめたスウェーデンでも、厳しいロックダウンを0行ったデンマークと近い割合でGDPが減少しました。

宮澤が頭がおかしいのは、なぜか彼は

  • 世界的なインフレ

について、まったく関心をもっていないことだ。なぜこれが頭がおかしいのかというと、前回のスペイン風邪でのパンデミックのときに起きたのが

  • インフレ

だからだ。どうもウイルス学者は、自らの研究対象によって起きる社会現象には、まったく関心がないままで研究ができるようだ。だったら、世の中に向かって、何も言わないでくれませんかね。
上記の引用は、一見するとスウェーデンの政策が正しかったことの証明に聞こえるかもしれない。なぜなら、厳しい規制をしなくても結果が同じと言っているんだから。しかし、まったく逆なのだ。
スウェーデンは、「ノーガード」戦法を採用した。それによって、たくさんのお年寄りが、老人ホームで医療を受ける前に、屠殺処理を受けた。なんでこんな残酷な政策をおこなったのかといえば、それで

  • 経済を救える

と思ったからだ。若者は今まで通りに振る舞ってもらえば、経済を維持できて、GDPの低下を防げると考えた。しかし、結果として、実際には、そうならなかった、ということなのだ! スウェーデンも、他の厳しいロックダウンを行った周辺国と、まったく同じレベルのGDPの低下となった。じゃあ、なんのために、ノーガードをやったのかが分からなくなっなのだ。
今、世界中で何が起こっているか? 言うまでもない。

  • インフレ

である。これに対して、バイデンは必死になって「その責任はプーチンにある」とデマを飛ばしている。そして、バイデンの御用学者である、日本の政治学者は、必死になって、このバイデンの仮説を擁護している。
(ちなみに、バイデンの敵であるトランプ陣営は、新型コロナにおいての「補助金(小切手のばら撒き)」が、インフレの原因だして攻撃している。まあ、どっちにしろ、このインフレを「一時的」と考えて、一切の対策をしてこなかったツケを払わされているのには変わらないわけだが。)
しかし、どう考えても、今のインフレの原因は、新型コロナだ。そもそも、インフレが始まった時期が、ウクライナ戦争のずっと前なのだから。
まず、新型コロナ以降の世界インフレの前は、多くの専門家は日本のデフレに注目していた。つまり、もう世界はインフレは「克服」した、と言われていた。世界のこれからの関心事はデフレだと言われていた。そして、その課題は「日本のデフレ」と同じもの、と解釈されていた。つまり、

と考えられた。ではなぜ、インフレは克服できたと考えたのかですが、それが

  • フィリップ曲線神話

だ。

フィリップ曲線は世界の中央銀行が金融政策検討・立案する際にもっとも頼りにしているツールなのです。

フィリップ曲線とは、失業率とインフレ率に相関がある、という「経験則」であり、新型コロナまでは、おおむね「正し」かった。なぜ専門家が「インフレを克服した」「これからインフレになることはありえない」と考えたのかは、このフィリップ曲線を「コントロール」すればいい、と考えたからだ。だから、今回も彼らは「このインフレは一時的」「様子見」をずっと続けていた。
ところが、今回の新型コロナでのインフレが起きると、このフィリップ曲線は、完全な

  • 外れ値

を示すようになる。そして、この外れ値は、たんなる一時的なものではなく、

  • 新型コロナ以降

ではずっと、その外れた辺りを示し続けるようになってしまったw
まあ、これが「経済学の正体」というわけね。明らかに怪しい「民間信仰」レベルの経験則を信仰して、「これが世界の真実だ」と思って、明日の株価の予想を外し続けているのが経済学者。これのどこが科学なんだろうねw
では、なぜ新型コロナの流行によって、「世界インフレ」になったのでしょうか?

たとえば感染者数が増えているとき、多くの人はウイルスが怖いので居酒屋に行くのを控えます。これは消費者としての選択です。このとき、居酒屋で働く人の立場からは違った景色が見えてきます。居酒屋の従業員はさまざまなバックグラウンドをもつ来店者に応対しなければなりません。お客さんのほうは、店に行くのは週に一度とか月に一度の頻度であり、毎回の滞在時間もおのずから限定されます。ですが、従業員はそうはいきません。日々営業時間中、ずっと店にいて接客しなければならないのです。

そうしているうち、米国で自発的な離職が増えているというニュースに接しました。
自発的な離職というものは、雇い主から解雇されるというのではなく、労働者の側が自分から職場を去るということです。そうした例が増えていることを、雇用関連の統計データが示しているというのです。
米国では、パンデミック初期の景気悪化期に解雇やレイオフ(一次帰休)が急増しましたが、経済再開が勧むうちに次第に求人は回復していました。ところが、それにもかかわらず人々が労働の現場に戻ってこないというのです。それを聞いた私は、これこそが労働者の行動変容なのではないかと考えました。
職場に戻らない労働者たちの背景には、さまざまな事情があります。たとえば、米国では多くの移民が働いていますが、感染の厳しい時期に母国に戻った人がそのまま返ってこないということがあるようです。あるいは、退職を早める人も増えているようです。米国では日本のような定年制は一般的ではなく、それぞれの人生設計や事情に基づいて、退職する時期を自分で決めるのが普通ですが、パンデミック以前に予定していた時期を早めて退職する人が増えているというのです。

アメリカのインフレの話がされるとき、「サプライチェーン」の問題がよく話されます。また、アメリカの市場関係者は

  • 失業率

の変動に一喜一憂しています。失業率の改善は、逆説的ですが、上記の引用から「インフレ」の悪化の兆候として恐れられています。
そもそも、こういった景気循環は、日本銀行Fedのような「中央銀行」によるマクロ経済政策の仕事と考えられていました。しかし、中央銀行はこういった

に対しては、何もできないわけです。

しかし実のところ、中央銀行は供給の問題を解決する能力をもっていません。

中央銀行は普通、インフレのとき、金利を上げます。それによって、国民にお金を借りらななくして、モノが売れなくして、インフレを抑制します。しかし、供給が不足しているときは、これはたんに「縮小均衡」を言っているわけで、解決と呼べるようなものではありません。
掲題の本でも示唆されていますが、新型コロナは正確な定義の意味で、「人類の敵」として現れました。ということは、

  • 人類は全員、「同じ」行動を行うことになる

ということを意味します。これをこの本では、「同期」と呼んでいます。しかし、そもそも経済学は、そういった事態を想定していません。なぜなら、ある人がある行動をするということは、別の人は「逆張り」をすることによって、大方の予想に対する「大穴」を狙って大儲けをしようとするものだからです。しかし、パンデミックではこの経済の大原則が通用しません。だから、最初に言ったように、スペイン風邪のときに、世界的なインフレが起きた、と言ったことが重要になるのです。
少し考えてみましょう。最近、社会学者の宮台真司は、日本の最大の問題は「生産性」と言って、日本の雇用の流動性が著しく低いことを問題視しています。つまり、日本は法律によって、簡単に企業が社員を解雇できなくなっています。それに対して、宮台は、これこそが

  • 最大の日本の問題

だと言っているわけです。彼は、労働者の保護に反対します。企業は、雇った社員が気に入らなかったら、いつでも解雇できるようにすべきだ、と。だって、自分がこいつが嫌いなんだから、嫌いな奴といつまでもいさせられる制度はおかしい、と言っているわけです。
ところが、どうでしょう。アメリカで起きていることは、この「雇用環境の品質の悪さ」が逆に、労働者の現場への「忠誠心」を、徹底的にオミットする結果となっていると考えられます。誰も、会社に忠誠心がないわけです。嫌になったら、いつでも止める。だって、

  • 会社も「そうしている」

から。そういった会社の「人間関係」のやり方に馬鹿馬鹿しさを感じていればいるほど、新型コロナの流行のようなことが起きたときに、「なんで世の中はこんな事態になっているのに、こんな会社の言うことに従わなければならないのか」という感情しか湧かず、さっさと、こっちから離れていくわけです。
こう考えると、比較的に、日本のインフレがひどくなっていない理由を説明することになっているのかもしれません。というのは、いずれにしろ、日本では比較的に解雇されにくい法の立てつけになっているから、会社が社員を守る形となり、社員の会社への「忠誠心」の獲得に成功していて、そこまで雇用の流動性がひどくなっていない、と...。