次の日本代表監督選び

W杯で多くの人が優勝候補を語るときに、ブラジルとアルゼンチンが必ず挙げられる。それってなんなんだろうかな、と思っていたんだけど、考えてみたら、そうでなかったら、全部、ヨーロッパ勢になってしまうからなんだよね。そうすると、ヨーロッパ選手権でいいじゃん、ということになる。W杯をやる意味がなくなってしまうわけ。だから、

  • 常に、ブラジルとアルゼンチンは、ヨーロッパ勢の目標

でなければならない。ところが、ブラジルやアルゼンチンの選手は、ヨーロッパのクラブチームに所属しているw ということは、世界最強のクラブチームのリーグがあるのがヨーロッパだ、ということを意味している。それは、そういった情況証拠の前に、選手がもらっている「給料」が格の違いを示している。具体的には、イギリスのプレミアリーグ、スペインのリーガ。これらを中心にして、少し段階をおいて、他のヨーロッパの国々が後を追っている形になっている。
実際に払われている選手へのお金に格差があるなら、なんでこれ以上、ナショナルチームによる格付けを行うような、W杯が必要なのか、というのは誰もが思う疑問なんじゃないか。つまり、

  • W杯を「まじめ」に行うのは、サッカーへの「価値観」として間違っている

と思うのは、自然な考えに思われるわけである。
W杯とは、なんなのか? なぜやっているのか? このことを問う意味は、なぜオリンピックが「国別対抗戦」になっているのかの違和感と同値だ、と考えられる。つまり、ここに境界線を引く合理的な理由がよく分からないわけだ。事実、国によって人口も違うし、国力も違う。ますます、なぜこの単位で競わなければならないのかが分からない。
しかし、そういうことは置いておいたとしても、事実として、W杯がそこまで選手にとって、プライオリティの高い試合なのかは疑わしいのは確かだろう。
まず、4年に一回しか行われない。そんな、あっという間に選手生命が終わってしまうサッカーにおいて、こんな、たまにしか行われない大会に、全てを賭けるというのは、よく分からない行為に思われる。
そもそも、選ばれた、数える人たちしか出場できない。その選考基準も、監督が気に入ったかどうかしかない。なんなの、媚でも売れば、試合に出してくれるの。そんなよく分からない、価値基準で運営されるものにコミットすることの理由が分からないし、そもそも、そういうものだから、たいていの選手は選ばれないわけ。選ばれないんだから、考える必要がない。
最後に、そもそもがこういったものなのだから、最初から、選考されることを拒否する選手が現れる。有名なのが、鹿島の鈴木選手だが、それだけじゃなく、高齢になると自ら「引退」と宣言して、実際に選ばれない選手も多い。
だとするなら、あとはその存在価値としては、「商業的な意味」ということになる。つまり、開催団体であるFIFAが、「儲かる」と考えれば、なんとかして、大会の開催を継続しようとするだろう。それに伴って、放映権料がどんどん高くなって、今回の大会は、地上波のテレビが放映権を買うのをあきらめた。
この危機的情況を、ABEMAがネット放送という形で、全試合を無料で放送した。彼ら自身が言及していたように、こんなお金を捨てるような行為ができたのも

という、スマホゲームでオタクが莫大な金額の

  • 課金

をしてくれたから、というわけで、そもそもの日本の今の「社会インフラ」を成立させているのが

  • オタクマネー

であることを少しは、この日本社会は自覚した方がいい、ということを示しているのだろう。
ところで。
クロアチアが、ブラジルに勝ちましたね。しかも、PK戦でw えっと、ますます、日本がPK戦でクロアチアに負けたのは、「(吉田の言う)結果論」ではなくて、

から、という「証明」になってしまいましたねw どうすんでしょうね。日本サッカー協会は。今回の結果を総括して、次の監督を選ぶことになると思うけど、吉田の言う「結果論」に同調して、ケラケラ笑っていた森保に次も監督をお願いするんですかね? だったら、また同じ結果になりますよね。だって、「結果論」と言って馬鹿にしている人にお願いするんですから。
次のW杯に向けて、「ベスト8を目標」にして監督を選ぶのなら、

  • PK戦に強いチーム作り

が必須なんじゃないんですか? だって、あのブラジルでさえ、クロアチアと延長で引き分けになってしまっているんですから。それだけ、最小失点で競わざるをえないサッカーというスポーツにおいては、引き分け狙いが普通に「難しくない」スポーツだから、ですよね...。