仲正昌樹「「構成」の想像力」

著者は、オバマの、大統領就任演説で、アメリカの建国の精神が語られたことに、注目する。

アメリカはこれまで何度か暗雲立ち込め、嵐荒れ狂う時をすごしてきたが、それらの時に耐えることができたのは、「単に指導者たちの手腕やヴィジョンのゆえではなく、私たち人民が、先人の理想と建国の文書に忠実であり続けたからである」という。「先人たち」とは、具体的には、独立戦争を指導し、独立宣言や憲法などの建国の文書を起草した「建国の父たち(Founding Fathers)」を指す。言ってみれば、「建国の父たち」の栄光を再現(represent)し、国民統合の原理として再び活用しようとしているわけである。

もちろん、この光景は、アメリカでは、ありふれている、とも言える。ほとんどの大統領は同じようなことを言っていたかもしれない。別に、オバマが特別ということではないのかもしれない。しかし、この状況を、こと日本の政治に符合させたとき、なににあたるのか、はおもしろい命題だ。戦前のように、日本書紀の、神話時代をもってこられても、(古い歴史をもつ、中国や、ヨーロッパの国々も同じだろうが)あまりに、物語然として、実感がない。それじゃあ、戦後憲法ということなら、9条、のことか、と言うと、これは、アメリカあってのものと言えなくもなく、消極的な印象は否めない。
これは、アメリカが比較的「新しい」国、特異な国の成立をしていることを意味しているのだが、その辺りから、著者は、このような、アメリカの特徴が、「サブカルチャー」に、大きく影響している、と言う。
例えば、「スタートレック」は、おもしろい構造をしている。

スタートレック』の舞台となる二三世紀の世界では、地球の人類は宇宙に進出し、他の異星人の種族と共に、星間連邦国家「惑星連邦 United Federation od Planets(UFP)」を形成している、という設定になっている。UFP は自由民主主義的に統治される。立憲共和国である。「惑星連邦」という名称自体が既に、連邦国家であるアメリカ合衆国(USS)、もしくは(アメリカを中心に結成された)国連(United Nations = UN)を連想させるが、この連邦の議会「連邦評議会」は地球のサンフランシスコに置かれている。連邦の運営において中心的な役割を果たしている政治家や軍人、科学者の多くは地球人、それもアメリカ人と思われる白人系の人たちである。つまり、それ自体が自由民主主義的で他文化的な連邦国家であるアメリカが、国家連合である国連の運営において中心的役割を果たし、国連本部がニューヨークに置かれているという二重構造が、星間関係でもほぼ同じような形で再現され、三重構造になっているわけである。

アメリカは、自国の多民族的な性格と、その立憲精神の自由と民主主義という、抽象さも関係して、自国の立憲精神を、当然のように、他の国にも、要求する傾向がある。そして、ベトナム戦争を代表して、何度も、それを、戦争という形にしてまで、「内政干渉」を繰り返す。もっと言えば、アメリカ自身が、自国と他の国との「違い」を認識していない、と言ってもいい。
著者は、ひるがえって、サブカルチャーの世界において、世界を二分する、もう一つの国、日本、のコンテンツには、どういった特徴があるのか? と問題提起する。
日本は、では、どのように、特徴付けられる国なのだろうか。ここでも、私は、この前紹介した、加藤陽子さんの本のことを思い出す。
彼女は、日本の憲法の序文に、リンカーンの「人民の人民による人民のための」とまったく同型の言葉が、書き記されていることを強調していました(もちろん、彼女はこういう勝った国が負けた国の憲法を書き変える事態を、歴史法則のように繰り返されてきた事態だと言ったわけですが)。
ということは、どういうことか。
これは、日本の憲法自体が、アメリカの「建国の理念」と同型、であることを示唆していないでしょうか。実際、国連の場において、日本の外務省は、まるで、日本がアメリカのもう一つの州であるかのように、対外的には、完全にアメリカと歩調を合わせて行動してきました。
もちろん、それは、日本が生きてきた、戦前から「連続」した実感とは、そう簡単に接続するものではなかったでしょう。つまり、ここに、日本における、ある政治的コミュニケーションの「制約」があった、ということを意味するわけですね。
日本人の政治的コミュニケーションでは、アメリカのように、直截に、「建国の理念」ですべてを説明するわけにはいかなかった(できなかった)。しかしその、自らの似姿を意味するはずの日本の憲法は、まったくの「アメリカ」そのものであった。
(この、複雑な現実が、日本のサブカルチャーに反映していないわけがない...。)

NHKブックス別巻 思想地図 vol.4 特集・想像力

NHKブックス別巻 思想地図 vol.4 特集・想像力