川北潤『ネットデフレ』

パソコンやインターネットなどの、IT関係の世界には、どう考えても、変な「慣習」のようなものがあるように思えてしょうがない。
つまり、歴史的なのだ。
例えば、一部のノートパソコンで、長く使っていると、表面が熱くなるものがある。普通に考えると、手という、人間にとって、もっともデリケートな部分が長く使うのだから、そんな熱くなっちゃだめでしょうと思うのだが、とにかく、そういう
仕様
なわけだ(ジェル状のパックのようなものを置くグッズもあるようだが)。よく言われるように、パソコンのキー配列は、まったく、「日本の」一般の方々を考慮に入れていない。日本人の若者に、パソコン以上にケータイが普及したのは、ケータイのキーボードが、ひらがな前提で直感的だったことは大きいのではないだろうか。パソコンは舶来のものを輸入したとき、マニアの道具として長く存在したため、「日本独自」のキー配列を、本気で「だれも」追求しなかった、ということなのだろう。しかし、たったこれだけのことが、日本のITリテラシーの入口を狭くしていたとするなら、なんだか不幸なことに思える(これは、日本語が漢字学習に多くをさかれ、小学校時代に多くをさかれ、なかなか子供が読み書きできる段階まで、到達しないという問題と似ているかもしれない)。
しかし、こんなものでとどまるだろうか。掲題の著者は、そもそも、ネットが「おかしい」と言う。

ECサイトには店員がいません。またECサイトで販売される商品は、全てパッケージ化された商品です。そう、ECサイトは自販機と酷似しているのです。自販機では、店員が説明しなければならないアレンジ型の商品や説明商品は売ることができません。

ネットは、私たちが毎日、缶ジュースやペットボトルを買う「自動販売機」
レベル
だと。たとえば、ネットで複雑な契約を要求されるようなものを買おうとすると、そのサイトに載っている、さまざまな機能の分類を、まず、買う側が「読まなければならない」。それを最後まで読まなければ、買う側は、それが自分が欲しているものなのかが分からないのだからそうなのだろう。しかし、もし、そこが、お店の店員のいる前なら、容赦なくガンガン質問攻めにするだろう。そして、言っていたのと違っているなら、買ったとしても、返品を要求するだろう。しかし、ネットは自販機ですから、自分がすべて「探さ」なければならない。
しかし、その探すという行為が
オタク
なんでしょ。なんで、オタクであることが、カスタマーの条件になってしまうんですかね。
なぜ、ネットは自販機なのか。これは、今のクラサバの形態がそうさせていると考えていいだろう。歴史的にネットは、ナローバンドから生まれた。つまり、ネットでデータが流れると、その分、お金を請求された(パケット課金というやつ)。ということは、どういうことか。
どっちがそのデータの分の料金を払うか
が重要になってくる。そこから、ネットはクラサバ形式になる。クラサバの特徴は、必ず、すべてのアクションがクライアント側から「始まる」ところにある。お客さんがなにかをしなければ、なにも始まらない。パソコンを使って、お店のサイトを見ている人は、次のページが見たければ、自分で、次ページボタンをクリックしなければならない。逆に、クリックしなければ、余計なお金を請求されない。クライアント側が何もアクションをしなければ、なにも請求されない、ということになる。
WEBブラウザもこの考えの延長にある。HTMLは、非常に、単純なテキストベースのXMLファイルとなっていて、非常に貧弱な表現力しかない(テキストで書けるくらい、という意味で)。しかし、そのことが、データ量を減らし、余計なデータの受信による、お金の請求を軽減するわけである(このことを、チンクラとも言う)。
しかし、今はかなりの割合で、ブロードバンドが普及している。月定額がかなり普及した。そうであるなら、もっと、双方向にイベントドリブンなサービスが増えてもいいのではないか。それが、
接客
だ。一見、インターネットは接客に向かないように思える。そもそも、コンピューターによって、自動化することで、人件費の節約を実現しようとしたのに、本末転倒じゃないか、と。しかし、これは「逆」である。自動化することによって、
自動販売
で売れるもの「しか」ネットでは売れないわけだ。むしろ、掲題の著者は、ここに、日本の「不況」の原因をみる。

ネットデフレを語る私も、恥ずかしながらECサイトで買い物をします。先日は常用している化粧品を購入しました。百貨店の3分の2くらいの価格で複数のショップが競い合っていました。商品を検索してから安い順に表示して、一番安いショップのページを開いてみます。聞いたことのない山口県のショップでした。何か問題があれば東京から足を運ぶのは大変ですが、正規品が届くと確信して発注し、数日後に何の問題もなく届きました。
さて、これが例えば中国んらどうでしょうか。一番安いというだけで発注する勇気、ありますか?
ご存じのとおり、中国はまがい者が横行し、だまされる方が悪いという、”性悪説市場”です。中国は国土も広くECサイトの需要は日本よりはるかに高く、だまされないように細心の注意を払いながら、活用します。万が一だまされても、遠い道のりをのこのこ出かけて文句を言うわけにもいきません。

日本は国土が狭く、だましたまま逃げきれる「感じ」がしないのだろう。あまり、他人をだますモチベーションがわきづらいのだろう。
ネットは自販機で売れるようなものしか商品とならないのに、日本人はさらに、「性善説」で、商品の品質を疑わない。売ってるということは、ちゃんとしていると思う。こうなると、どんどん物の値段は下がるだろうし、高付加価値の、めんどうな手続きを要するような「サービス依存」的な商品が売れなくなる。
このような事態への著者の処方箋は、ネットの上での
接客
の「復活」である。そもそも、ネットでは、サーバ側からは、お客がどこのサイトを見ているのかが分からない。じゃあ、分かるようにしましょう。以前紹介した、「パーミッションマーケティング」ですね。お客が「いいよ」と言ったら、適宜、お客の見ているサイトをサーバ側に自動で送る設定にする。お客が今見ているサイトが分かれば、店員なら、どうしますかね。
「どんなものをお探しですか。今、こんな商品を見てらっしゃいますが、こういったものはどうですか。」
どんどん「営業トーク」の炸裂だ。
お客は「なにか」が「なんとなく」買いたい。買うためのお金は持ってるのだ。じゃあ。どんどん話しかけて、お客が求めている商品を、探していき、なんとか「それ」を買ってもらおうじゃないか。
さて、この本で例として紹介されている、商品は以下になる。どうだろう。こんなものを、本当にネットで売れるだろうか。

  • 旅行会社
  • 生命保険会社
  • 損害保険会社
  • 証券会社
  • 銀行
  • 不動産
  • 出版社
  • 書店
  • 薬局
  • 会計士
  • 各種コンサル
  • 家庭教師
  • 健康保険組合
  • ウェブ制作会社
  • 翻訳サービス
  • コンタクトセンター

上記のようなものが、自動販売機でなく、「接客」として、ネットで売れるようになるということは、どうなのか。想像できるだろうか。今あるネットとは、ずいぶんと違ったものになっていないだろうか。
このようなサービスを実現するには「当然」、接客側に、人材がいる。たとえ、そういったサービス業に「人件費」がかかっても、それを上回る、
契約
をとれるなら、そのビジネスはもうかる。

国連開発計画(UNDP)2009年版「人間開発指数」によると、日本の女性の社会進出度は109ヶ国中57位で、先進国では最低でした。
男性と同じように税金を使い教育を受けた女性が、主婦になり母親になると仕事の選択肢が一気に狭まり、直接的な経済活動から身を引いてしまうケースが目立ちます。やる気があっても、託児所の空きすら見つからなければ、仕事を諦めるしかありません。少子高齢化時代を迎え労働人口の減少に歯止めがかからない日本は、まずは主婦という眠れる労働人口をどうやって呼び覚ますかを考えるべきでしょう。
真のサイバー空間では、ワープ効果が主婦の社会進出を強力に後押しします。在宅のままで、自分が可能な時間で、さまざまな分野のインテリジェントな仕事に就くことが可能になります。主婦の仕事は、低賃金の暗い内職といったイメージはもう払拭されるでしょう。
本章で紹介した真のサイバー空間における新サービスのサービス提供者の大半が、自宅で就労可能です。

なんといいますかね。基本的にネットの世界って、ITで人減らして、人件費浮きますよって、商売ばっかりでしょう。だから、労働者を大事にしよう、っていう感覚が薄いんじゃないか(だから、彼ら自体がこういう商売を信じてないのでしょう)。
だから、むしろ、小規模小売業のような人たちを、企業というには「緩い」連帯で繋げて、そうした上で、そういった人たちが、十分に儲かるようなストラクチャーの方が、日本の景気も競争力も上がっていくように思うのですが、そもそも、「日本の制度の消費税」増税野郎ばっかりですからね。
「日本の制度の消費税」で上げたら、ほんと、超特大企業しか生き残れないでしょう(今でさえ、日本の消費税の滞納額は高止まりなわけだし)。超特大企業にならないことこそ、損なことはない。つまり、今ある日本の既存大企業が、得をして(たいした儲けも稼げないのに)潰れない一方、まったく、ベンチャーが育たなくなる。
これほど、小規模の商売をやるな、というメッセージのはっきりしたものってないですよね。原発の問題もそうだけど、原発を動かし続ける限り、今の日本の地域独占の大企業の電力会社が、滅びることはない(この世をば、の藤原道長みたいなものだ)。でもそれで、その大企業が「本当の意味で」儲けを出すなら、まだいいですよ。でも、儲かるんでしょうか。そんな、でかい図体を維持できるような商売なんて、そんなにあるのでしょうか。もうからなかったら、そのでかい図体をどうするのか。
つまり、これが、権力闘争なんだと本気で考える人が日本には、ほとんどいないということが
性善説
日本人の限界なんですかね。