佐々木融『弱い日本の強い円』

あい変わらず、円高が止まらない。
つい最近まで、80円超えたら、大変なことになる、というようなことを言っていたように思うが、今では、あっさり、それを超えて、さてさて。どこまで行くんですかね。

10年後、20年先の円相場の予想に対する答えは、どんな時でも同じである。答えは「日本の物価上昇率がこれまで同様、他国の物価上昇率を下回り続けるなら円高方向、逆に日本の物価上昇率がこれまでと異なり、他国の物価上昇率を上回るようになるなら円安方向」である。
筆者は米ドル/円相場が124円台近辺にあり、まだ円安予想を続けている時でも、円安バブルが破裂して円高方向への修正が起こった後は、米ドル/円相場は100円以下が当たり前のようになると説明していた。前述したように、実質実効レートを見ていれば(いつそれが実現するかの予想は別にして)こうした予想は難しくなかった。当時は、ほとんどの人がこうした見方に対して非常に懐疑的な反応をしていたが、現在、米ドル/円相場の均衡レベルが100円より上にあると信じている人はほとんどいないであろう。
同様に、物価の上昇率について一定の動きを前提とするのであれば、長期的、かつ、大きな意味での為替相場の予想はさほど難しくない。もし、日本の物価上昇率がこれからの20年間もこれまで同様2〜3%程度米国の物価上昇率を下回り続けるならば、米ドル/円相場は50円近辺で推移している時間が多くなるであろう。今、1ドル=50円と聞くと突拍子もない話で、奇をてらっているのではないかと思われるかもしれないが、20年後の読者の皆さんはそうは思わないであろう。なぜなら、今後20年間で日米の物価水準はこれまで同様大きく乖離していくのだから、1ドル=50円程度が適正になっていると感じているはずである。
しかし、筆者は必ずしも、米ドル/円相場が実際に50円台まで下落するとは考えていない。それは、日米のインフレ率がこれまでと同様の動きをせず、むしろ日本の物価上昇率が将来的に米国の物価上昇率を上回るようになってしまう可能性もゼロではないと考えるからである。

なんか恐しいことを、この人は言ってるなーと思ったら、もともと、日銀で働いていたということで、納得。最初は、350円はしたんでしたっけ。それが、変動相場となって、どんどん、円高が進み。しまいには、50円になるって、なんなんですかね。
円高になると、例えば、10000円が、100アメリカドルから、500アメリカドルになれば、日本で作った10000円の商品を、ついこの前まで、アメリカ人は、100ドルで買えたのに、500ドルも出さないと買えたくなった、というわけだ。
同じ商品なのにね。
こんなことは困ると、売る側が100ドルで売り続けたら、400ドル、8000円も、収入が少なくなってしまう。
あなたの給料を、5分の1にします、なんて言われたら、びっくりしちゃいますね。
なんか、変ですよね。
だとするなら、私たちは賢くならなければいけない、ということを意味しているのでしょう。
上記の場合、なにが悪かったのでしょう。
1ドル100円時代に通用した、輸出ビジネスを1ドル50円時代にまで、行おうとしたことが悪いのでしょう。そうやって時代が変わったのであれば、私たちは違った方法でビジネスをしなければならない。例えば、生産拠点を海外に移して、海外でお金を回して、もう、日本に帰ってこない、というのも一つだろう。
もしかしたら、あと何年かすれば、そういったことが普通になっているのかもしれない。
以前、書いたように、貨幣とは、普遍的な価値が「存在する」と仮定した場合に、行われるゲームのようなものだ、と定義した。そうした場合に、問題はそれぞれの貨幣同士を
どのように交換するか
ということであった。現在、それらに採用されているのが、変動相場制。
為替相場
と言われる、市場である。
もし、為替相場を「操作」できたり、つまりは、「完全に予想」できるなら、それって、「錬金術」ですよね。ちょっと前に、円キャリートレードってはやりましたけど、あれは、そんな感じだったのだろう。
でも、もし本当に「完全に」そんなことが可能だったら、なんか変なことになりませんかね。

市場は、様々なタイプの様々な考えや事情を持った参加者が、できるだけ多く取引に参加することによって、より安定する。米ドル/円相場がジリジリと下落していて、市場参加者のほとんどがまだまだ円高・ドル安方向に下落するであろうと考えている時に、相場観とは関係なく、米国の会社を買収するために米ドルを買わなければならない会社は、市場参加者がどんなに米ドルに弱気になっていても、そんなことはお構いなしに米ドルを購入する。世の中には、皆が言っているのと反対のことをやりたがる人も多いので、市場参加者が米ドルに弱気なのを見て、あえてそれを購入するヘッジファンドのファンド・マネージャーもいるかもしれない。市場は参加者のタイプや考え方、事情が多様であれば多様であるほど安定するのである。
極端なことを言えば、例えば米ドル/円相場から投機的な取引を一切排除したとしたら、米ドル安・円高方向に下げ続けてしまうかもしれない。

大事なことは、特に、近年の為替市場は、個人が「操作」できるような規模では、もうなくなっている、ということだろう。あまりに巨大すぎるし、取引される方向が、必ずしも市場「合理性」ではない(安い「から」買い、高い「から」売る、ではなく、商売取引上どうしても今、外国の通貨が必要だから、手に入れるというような)、
市場合理性「外」
のものが大きすぎるため、完全な「コントロール」に向かない、ということなのでしょう。
もっと言ってしまえば、だれもが「錬金術」を使えたら、それって錬金術になりませんよね。一部の人だけの秘伝奥義にしておけるから、錬金術なのであって、みんなが使えたら、たんなる「科学」ですわな。つまり、市場が成立していない、ということになってしまう。
しかし、それにしても、「運命論」的な話は違うんじゃないか、と思う人は多いのではないか。みんなが困っているのに、「お前が貧しくて、俺が裕福なのは、才能の違い。つまり運命なんだから、受け入れろ」って、なんなのお前の「頭がいい」自慢。そんなに庶民の無能はお前のエリート学歴のツボか。そんなに学歴があることが嬉しいか。
例えば、近年、デフレをなんとか脱却しよう、という政治の場での論争があった。上記に書いたように、製造業は円高では、利益がでないんだから、このデフレをなんとかできさえすれば、すべてが丸くおさまる、ハッピーエンドじゃねーのか、と。
だったら、それを「できる」のは、だれなのか。
政府や日銀には、その力があるんじゃなかったのか。
こういった考えは、変動相場制を採用しているのだから、当然、主張したくなるわけだ。
しかし、上記で書いたように、そもそも、金融市場という、世界最大の市場を一つの意志がコントロールすることは、どだい、不可能なのであって、あまり賢い選択ではない、となるだろう。
政策金利ゼロ金利政策を続け、この上に、市場介入を、「1ドル80円に戻り、70円台に戻ろうとし続ける限り、行い続ける」、などとしたら、一体、どれだけのお金が必要であろうか。また、そんな巨大な投資をペイし続けられる技術など、一体、だれにあるのだろうか。
そりゃあ、輸出企業が儲からないことは、大変だと思うだろうが、では、なぜそういう事態になっているのか、と問うてみるなら、そう単純な話ではない、ということが分かってくる。
まず、デフレはそんなに悪いことなのか、という話になる。

もっとも、前述した通り、日本の消費者物価指数は過去20年弱の間「デフレ」と言われながら、結局は横這いであった。他国の国民がインフレ下にあって預金が実質的に目減りしているなか、日本国民の円建て預金は過去20年弱の間価値を保ち続けている。この間、国民の平均賃金は2%程度しか上昇していないが、通常の社会人の場合、この間に一定程度は昇給しているであろうから、実質的な購買力は増加し、ほとんどの人が年齢を重ねるごとに豊かになっているはずである。
インフレ率の高い国ではこうはいかない。いくら年齢を重ねるごとに給料が少しずつ上がっても、給料の上昇率以上に物価の上昇率が高ければ、実質的な購買力は低下していき、貧しくなってしまうのである。
企業はたしかに物価が上昇しなければ売上げが伸びず苦しいだろうが、弱者である個人は比較的メリットを受けてきたのである。しかし、強者である企業が「デフレ=悪」であると言い続けるので、実はメリットを受けてきた弱者である個人まで「デフレ=悪」と思い込まされているのではないだろうか。このことは、今後実際にインフレになってきた時にわかるはずだ。ガソリンの価格が上昇し、ハンバーガーも牛丼も、電気料金もガス料金も電車賃もみな値上がりして、それでも給料が横這いに抑えられた時、弱者である個人は、やっと「デフレは何が悪かったのだろう。インフレのほうが悪いじゃないか」と気づくのだ。その時、強者である大企業は売上げが伸びる一方、「まだこれは一過性の動きだから」と言って賃金上昇を渋ることになるのである。

ここに書いてあることは、一種の「皮肉」だということであろう。インフレがいいとか、デフレがいいとか、そんな単純な話ではない、ということである。
日本は言ってみれば、ずっと、「非常に」優秀な国であり続けてきた、ということであろう。貿易黒字大国であり純債権国であった。ずっと、世界で一番、短期・長期ともに、金利が低い。また、歴史的にも、世界に先がけて、巨大な金融市場が国内にあり、大量の金融資産を「すでに」もっている。
大事なことは、こういった「初期条件」がすでに、今、あるということであろう。そうであるなら、ある程度、「世界が日本を中心に動く=日本の通貨が最も変動が激しい」ということも理解できる。
世界の苦しみを、最も大きく背負い、還元することを、最も求められている、ということになるのだろう。
しかし、そんなことを言われても、子供が減り続けている、斜陽の国。日本には、荷が重いわけだ。
なぜ、日本の物価は上昇しないのか。まあ、普通に考えたら、物が売れないからですよね。みんな、お金を使わない。だったら、稼がなきゃいいんじゃないですかね。
使わないなら。

なぜ、日本の物価上昇率が他国に比べて相対的に低いのかに関する詳細な分析はエコノミストの仕事だが、為替ストラテジストの目から単純化すると、日本は輸出企業が外で稼いできたお金が日本国内でうまく使われていないからではないかと見える。非常に単純化した図式で言えば、日本の輸出企業が外で稼いできたお金が、輸出企業に働く従業員に支払われ、そのお金が消費に回ったり、銀行の預金に回る。消費に回るお金も最終的には銀行預金になるので、銀行が企業に貸出しをすることによって経済が動いていく。しかし、今の日本では先行きに対する不安からか、消費に回るお金は少なく、企業からの借入れ需要も多くない。したがって、銀行預金が積み上がり、結果的に銀行は国債への投資を増やさざるを得ない。

とにかく、いっくら稼いでも使わない。次の投資(新たなビジネスへのチャレンジ)もしない。ということは、今の生活に満足している、ということなんですかね。今の問題を、チャレンジして変えていこう、という動きがない。
なにか大きなビジネスを起こして、社会のさまざまな不条理、諸矛盾を改善したい、という欲望もないということなのか。そもそも、多くのことに、満足してしまっていて、
今のままでいい
ということなのか。だれもなにもやらない。この「無気力」。
いくら低金利だって、銀行も預金してくれるお客に「利子」を返さなきゃいけないんですから、その借りたお金を投資しなきゃいけないのに、だれも「借りたがらない」。じゃー、国債でも買っときますかー。何年か後には、少しは膨れて帰してやると国がホショーしてくれてるんだしー、って。
どうも、構造的に、国の借金が減りそうな気がしないのだが...。

弱い日本の強い円 (日経プレミアシリーズ)

弱い日本の強い円 (日経プレミアシリーズ)