ニクラス・ルーマン『手続を通しての正統化』

池田信夫は、自らのブログで、現代社会が、一方において、近代以前の徳治国家のような、皇帝といった統治者による、国民に対する、属人的な恣意的強制から
自由
になっていく一方で、他方において、間接民主制を通した、市民の「意志」と一旦は切断され、濾過された、
ルール
つまり、国家法による強制によってコントロールされる社会に移行せざるをえない、という見通しを示している。
もちろん、彼の言う主張の論点は、それによって、貧富の差を、国家が手当てをしない、国家が福祉を拒否し、その代わり、警察と軍事にしか、興味を示さない、究極の

を考えていることが分かる。
彼の言う、理想国家が、「貧富の差の拡大」のことであることは、分かりやすい。
太古の社会が、他者を殺すことでさえ、なにも裁かれることのなかった、究極のバーバリズムだったとするなら、彼の考える
理想社
は、いわば、その変種、

  • 暴力が、法というルールと警察・軍事組織によって取り締まれる「代わり(オールタナティブ)」として、「お金」の収集によって、その暴力行為と「等価」な欲望を実現できる

といった、

  • 「お金」ヴァーチャル・リアリティ・バーバリズム社会

であることは、分かりやすい。
この社会は、前近代社会が、暴力によって実現してきた、「秩序」や「価値」を、
(お金という)ゲーム
によって、代替して、人々の「欲望」を、昇華し続ける「からくり」だというのだろう。
(例えば、太古の社会で、ある人間が別の人間を「殺したい」と思った「欲望」は、現代社会では、その直接の殺人行為は、不法として、ルールによって、取り締られるが、しかし、「お金」によって「ヴァーチャル」に、「殺人」と同等の「行為」が行える、と考えるこどで、その太古の「欲望」は代替される、と考えるわけである。たとえば、その人が勤めていた会社を買収してもいいでしょう。その人のさまざまな得意先に圧力をかけて(その人より有利な条件で仕事を取ることで)、その人の経済活動を頓挫させ、大量の借金を残させてもいいでしょう。つまり、

  • (太古における)殺人 = (現代における)大量の借金

という関係になります。)
もちろん、こういった秩序は、どんなに貧富の差を肯定しようと、福祉的な需要に応答できなければ、国民の不満は鬱屈するだけであり、デモの拡大をもたらし、さらなる、警察組織、軍事組織の拡大を否応なくもたらしている、昨今のアメリカとそのアメリカを真似する、BRICs。中国やインドの「急激」な、軍事費の増大として結果しているわけで、本来の地球環境保護対策や地球上の貧困撲滅への、お金の供出がまったく不十分な結果を引き起こしている現状をみても(中国やインドは、長年の忍従を、一発逆転する、チャンスと考えているのだから、彼らの世界支配の野望が、いかほどかは、測り知れないものを感じる)、まったく、お手上げの印象は、まぬがれない。
しかし、そういった理由を別にしても、上記の

  • 「お金」ヴァーチャル・リアリティ・バーバリズム社会

には、ある一つの欠点がある。それは、「自由」であることが「ルールが少ない」ことを、まったく、担保しない、ということである。
それは、近年の消費税増税から、ダウンロード規制から、はたまた、都の青少年規制条例に至るまで、まったくもって、

  • 法律の増殖

を、だれも止められない現状が、そのことを説明している。
政治家は、官僚たちが口をそろえて、のたまう、

  • 法の矛盾の解消

に、まったく言い返せない。しまいには、ダウンロード規制は、ほとんどなんの国民的議論もないまま、「もう」法律になっちゃってる。
なぜなら、それが「法の矛盾の解消のため」と説明されてしまうと、政治家は、「法の無矛盾性などどうでもいい」と考えてでもいない限り(「法なんてどうでもいい」と勇気をもって言える近年の一年生政治家はほぼ皆無だろう)、まともに、反対の声が上げられない、というわけだ。
こうして、法は、無限に自己増殖する。官僚たちにとっての、自らの「利権」獲得のための、さまざまな「仕組み」作りの手段は唯一

  • 法律の増殖

しかない。彼らは、一円でも、自分たちの利益を増やしたかったら、それが実現できる「法律」を通してしまえばいい。もちろん、官僚たちが勝手に「なんの民意もない」法律を作ることは難しい。そこで一番、てっとりばやいのが、

  • 現在の法の矛盾の解消

を「目的」として、そこに「自分たちの目的」を、わりこませるわけである。
ここに、ある「パラドックス」が生まれる。
最小国家であるはずの国家とは、本来、人々の「自由」を保存するための「最小」であったはずなのに、むしろ逆に、

  • 法が「無限」に増殖する

ことで、むしろ、人々は無限に「不自由」になる、

  • 最大国家

になっている、というわけである。
国家は、法律という「ルール」によって、お見合いの相手から、箸の上げ下げから、寝返りの回数、にまで関与してくる「可能性がある」と言える。一見すると、こんな私的なことになぜ国家が関与するのかと思われるかもしれないが、言いたいのは、

  • 逆に、そういった私的な領域に国家が関与しない担保はない

ということであって、それは、「法の矛盾の解消」という目的によって、あらゆる

  • 無限の命令

の「正当性」が「担保」されるからだ。
よく考えてみよう。これは、
自由
だろうか? むしろ、徳治国家には、ほとんど、命令らしきものはなかった。それは、統治者と被治者の「相互」の「干渉」の大小において、外在的に用意された程度のものであって、むしろ、そちらの方が、ずっと「自由」だったんじゃないか、とすら言いたくなる。
法律は、その「実行性」によって、真価を発揮する。
つまり、どんなにそれが「ありがたい」命題だったとしても、人々がその内容に「従わされている」という実態が伴わなければ、絵に描いた餅だ。ダウンロード規制において、裁かれるのは、サイト管理者であり、さらに、プロバイダーであるというのは、もう一つの

  • 帝国

の復活を思わせる。つまり、国家は基本的に、個人のネット上での行動に関与せず、そのネット管理者に、

  • 法律に従え

と命令することで、国家の役割を、ネット管理者に代行させる。犯罪的行為をしているユーザーがいるのは、そのサイト管理者の「管理責任」とすることで、なぜか、サイト管理者が罰せられる。
しかし、そもそもなぜ、サイト管理者がそんなことをしなければらないのかは、不明だ。なぜか、国家の仕事を

される(そもそも、法律による命令だから、無料の仕事だ)。そもそも、そんなリソースがサイト管理者にあるのかどうかを問うことなくだ。
このようにして、日本中の「あらゆる」ことに、「国家資格」が付与されることになる。国民のあらゆる行動は、

  • 国家が「許可」したから行える

という、「国家許可済みテンプレ」から、自分の行動を「選択」する、なんてことにまでなるのだろう...。
さて、話を変えよう。私たちが、数学を考えるとき、それを、

  • 公理
  • 定義
  • 定理(命題)

といったもので表象しがちだ。実際こういったものが、応用的分野における、さまざまなテクノロジーの「正しさ」を担保するのだから、別にこういったことが間違っているということではない。しかし、数学者は、そのように考えない。数学とは、

  • 証明

の体系だと考えている。数学者の頭の中にあるのは、むしろ、「証明」の羅列の方なのだ。これは、将棋のプロ棋士に似ているかもしれない。棋士の頭にあるのは、勝利するまでの

  • プロセス

つまり、一連の局面の変化の連続があるだけで、むしろ、そういった「定理」。つまり、ある局面での、一つの「答え」は、こういった一連の
手続き
における、一つのスナップショット。様相にすぎない。
このように、ある手続きを、逐次的に行った結果を「正当化」するということは、往々にして、行われる。
なぜ私が法にこだわるのかは、そもそも、なぜ「その」法に従わなければならないのかが、少しも、自明に思えないからだ。
もちろん、ある人は言うだろう。その法律は民主主義の多数決で代議士の方々が決めたのだから、それ以上に疑えない、と。
しかし、「だから」法律に従わなければならない、という意味が分からない。もちろん、そういったルールがあることは分かる。しかし、じゃあ、それは「正しい」のか? 世の中の道理に合っているのか。人の道として、正しいことなのか。
もし、ある法律が、そういった人の道に反する、非倫理的行為を強いるものだったとしよう。そうだとしても、従うのか?
こういった問いを、ひとまず、「伝統主義」と呼んでおこう。
伝統主義のおもしろいところは、伝統的に、太古から人間は、ほとんどの場面で、伝統主義だったのではないか、と思われることだ。
もし法律がなかったとして、人々は、その中で、どのように振る舞うことになるだろう。おそらく、そこには、法律はなくても、

  • 掟(おきて)

はある。人々は、それに従うことになるだろう。法律がないということは、どう行動することが正しいとなるのか。それは、

  • 過去の「範例」

である。過去に、なんらかの権威なりコンセンサスによって、「正しい」とされ、人々の一定の共通了解となっている

  • コモンロー

に従うということになる。ここは、非常に大事なポイントだ。コモンローとは、明文的に、そういった文章があると捉える必要はない。それは、むしろ、過去の文献
すべて
から、「説明」されるなにか、と受け止められている、という感じになる。
一番分かりやすいのが、宋学儒教朱子学の伝統だろう。ここにおいて、四書五経のあらゆる文章は、

  • 一貫した価値

によって、「判断」される。過去の賢人たちの振る舞いは、この価値によって、一つ一つ「評価」「判断」される。
これは、恐しいことである。
人類が誕生した、はるか太古の昔の、その日から。一人一人の振る舞いは、
すべて
「評価」「判断」される、というのだ。こうすることで、

どのように振る舞うことが、どのような「評価」「判断」となるかを、分明にする。
しかしね。
そんなに、うまくいきますかね。

孔子が形にしたと信じられてきた六経を初め、代々の儒学思想家は文王・武王を、尭・舜・禹・殷の創始者湯王と合わせて、古代の聖人として尊んできた。しかし、同時に彼らはそこに潜む一つの矛盾にも直面した。すなわち、武王は殷代の最後の王、暴君として悪名高い紂を征伐し、これを滅ぼして新しい王朝を築いたため、彼の名には、自分の君主に対して臣としてはあってはならない行為を起こしてしまったのではないかという疑問に付きまとってきたのである。儒学の思想的・道徳的前提の範囲内ではこの矛盾を完全に解消することは元々不可能であった。それに加えて、『論語』の前記の章においては、解釈によっては、孔子が武王に対して批判を表し、対照的に、息子武王と違い最後まで紂に忠誠を貫いた父の文王を誉めたと見ることができる。代々の注釈者は、それぞれの章の本当の意味を解明するために『尚書』『詩経』『春秋左伝』『礼記』などの経書に拠り所を探し、自分の理解を裏付けようとした。その結果、これらの章の注釈に纏わる論議は絶えなかった。
(ケイト・W・ナカイ「「未だ善を尽くさず」」)

季刊日本思想史 no.79(2012) 儒教の解釈学的可能性

季刊日本思想史 no.79(2012) 儒教の解釈学的可能性

まあ、革命ですよね。革命を成功させた支配者は、「正統」なのだろうか? 儒教は常にこの問題に悩まされることになる。前王朝を倒し、新たな王朝を始めた、武王は、古代の聖人だが、本当に聖人なのか? そんな簡単に「正当」化できるのか。しかし、正統化しないということは、どういうことになる? それ以降を生きて今に至るまでの、

  • 正統性

を怪しくする、かなり危険な判断ともとれるだろう(今の王朝の正統性が疑わしい、と言っているようなものなのだから)。
しかし、そんなことを言ったら、日本の古事記日本書紀はどうなるか。まさに、兄弟たちが血みどろのテロを繰り返した歴史なんじゃないか、と恐しくさえなってしまう。

宣長の訓に従えば、「君臣」はキミ・ヤツコである。『古事記伝』では、キミに対してはヤツコというのが正しい「古言」であり、それは「漢国」の君臣秩序とは異なる「皇国」の君臣関係を説明し得る「事」として述べられる。
まずキミの方であるが、上古には天皇をはじめとする皇子や諸王をも皆区別せず「(オホ)キミ」と呼んでいたという、『古事記伝』の解釈は、『古事記』の用例からして首肯される。
問題はヤツコの方である。「臣」字は『古事記』中に、固有名詞を含めると延べ一〇〇例以上ある。だが、「臣」が臣下一般の意で用いられている例は非常に少ない。ほとんどは「----臣」という姓の例であり、残りは「大臣」の一〇例、安康記の「臣連」、「臣之家」の例があるだけである。しかし少なくとも安康記の二例の「臣」は臣下の総称と判断できる。
(裴寛紋「『古事記伝』のつくった「皇国」という物語」)

思想 2012年 07月号 [雑誌]

思想 2012年 07月号 [雑誌]

ここは、重要なことが語られている。つまり、古事記において、宣長は、「君臣」をキミ・ヤツコと訓じるわけだが、それは、中国における「君臣」ではない。いわば、

の違いを意味するものなのだ、と「解釈」する。しかし、そもそも、「臣」の字の用例があまりに少ない。そうすると、どうしても、このキミ・ヤツコ「イデオロギー」のうさんくささが感じられてくる。たしかに「キミ」はいい。このカテゴリーが古事記の主低音になっていることは間違いない。しかし、「臣」はどうなのか。本当に、このカテゴリーを、古事記は、主張しているのか。多分に、宣長が、前のめりすぎていないのか、という印象を受ける。
古事記が「キミ」の物語なのだから、「キミ」が中心にあることは理解できる。だからといって、その他を、「臣」として、

の、存在論的な位相の違いを主張するほどのものなのかは、大いに疑問と言わざるをえない(むしろ、関心がないのだから、なにも定義していない、の方が正しくないか)。
しかし、それでは、本居宣長としては、困るわけである。

古事記伝』のキミ・ヤツコという「古言」の発見は、「皇国」には「君臣の差別」が厳存していたという「事」の証明につながる。そして、治める者と治められる者の「統(スジ)」が定まっていた「事」は、当然、王朝が途絶えることのなかった「皇国」における「種」の継続を説明可能にする。
むろんこれは、有徳の君主を前提とした儒教的な政治理念に正面から対立するものである。『くず花』には、「皇国は神代より君臣の分早く定まりて、君は本より真に貴し、その貴きは徳によらず、もはら種によれる事にて、下にいかほど徳ある人あれ共、かはることあたはざれば、万々年の末の代までも、君臣の位動くことなく厳然たり」(八・一五三)とあり、『古事記伝』一之巻「直毘霊」ではさらに強烈に、聖人批判論、儒教有害論、儒教無用論などが展開される。
君位に徳を要求する「漢国」の君臣の道が易姓革命を繰り返す歴史をつくってきたのに対し、「皇国」の「君臣の分」による皇統は絶対的で永久不変である。宣長はそのことを、『日本書紀』ではなく、『古事記』の読みから立証している。
(裴寛紋「『古事記伝』のつくった「皇国」という物語」)
思想 2012年 07月号 [雑誌]

本居宣長の言う「皇国」イデオロギーにおいて、「君臣」は決定的に重要である。なぜなら、それによってこそ、儒教
徳治政治
を否定できると彼は考えたからだ。日本の「正当性」は、治者の「徳」にない。あるのは、治者の

だと。つまり、現代風に言うなら、「遺伝子」の差によって、「優越民族」的な意味で、天皇家は別格なのだ、という差異をもちこむ。そして、それによって、兄弟間で、血みどろのテロを繰り返してきた、天皇家の歴史を、

  • 徳などという大衆の価値観

で、おし測ることのできない、仰ぎ見るのも畏れ多い、高貴な「別格」(種自体の違い)として、「正統化」した、ということになる。
私がときどき、不思議に思うことは、なぜ人々は「過去」を裁かないのか、である。私たちが今、こうあるのは、私たちの先祖が、なんらかの形であり、そして、私たちが今こうあるからである。そう考えると、私たちの先祖が、どのようにあるかは、今の自分たちを決定的に構成しているのではないか。
つまり、言いたいのは、過去の人々の「名誉回復」なのだ。
本当に過去の人々が、そうあったことは正しかったのか。過去の先祖の扱いは正しかったのだろうか。過去に戻ることはできない。しかし、過去に生きた人の行った行為を、現代において、考えることはできる。
なぜこんなことを言うかというと、それは「法律」のない「コモンロー」とは、なんなのかを考えているからである。
法律がないのに、法とは、矛盾していると思われるかもしれない。しかし、おそらく、人類の非常に長い間は、こういった法のない社会だったと思われる。では、そういった社会において、なにが法を代替していたのか。
言うまでもない。
年寄から語り継がれる、過去の記憶であり。その「評価」「判断」である。
現在の目の前の判断において、もし「法律」を使わないとしたら、どうなるか。おそらく、過去の範例に頼ることになるのではないか。過去において、それで、どう成功したり失敗したりしたか。こういったものを、今の目の前の状況に、
比喩的
に適用することで、なんらかの「正当性」を、人々から調達しようとしている。
では、法律とはなにか。そういった、範例を「手続き」のレベルにまで「抽象化」したものだと言える。ここまで来ると、数学の「証明」と、ほとんど同じような扱いができるようになる。
しかし、その代わりに、その「言明」の具体的なイメージがなくなる。まさに、「亡霊」がつぶやいた言葉のようになり、

  • いつ
  • どこで
  • だれが
  • なぜ
  • どうやって

といったもののない、なんのイメージも伴わない、「不思議」な文字列となる。
古代ギリシアの哲学者のプラトンは、それを「イデア」と呼ぶ。
なんの具体的な対応物がないのに、それは「ある」と呼ばざるをえない形であるんじゃないか。事実、それによって社会は回っているんだから。
そこで、プラトンは、こういったものは「私たちの日常における物」とは違った形で「存在」する、という。つまり、イデア界において。
数学者は、往々にして、イデア主義者である。それは、自分が「イメージ」しているものが、「ない」と言うには、あまりにも、

  • リアル

に毎日それについて考えているからである。だとするなら、それを「ない」と呼ぶのは違うんじゃないか、という感覚に親和感をもつようになる。
しかし、私は、もう一度、疑ってみたい。
そういった、形式的な文章は、本当に、私たちに「正統性」を提供するような、「信頼」するに値するものなのだろうか。
同じことは、近代における、形式法主義に対しても、言える。
ルーマンシステム論において、システムとは、信頼と同値であった。信頼とは言うなれば、そのシステムの「消極的」「受動的」な機能を担保するもの、といえるだろう。私たちをとりかこむ、環境に対して、どう向き合うか、という意味で、この認識が、人々を左右する。

世界はすべての人間にとってあまりに複雑であり、見通しえぬ可能性に充ちている。かかるものとして世界は把握不可能なものである。それゆえ、あらゆる個々人が意味に志向し生を営みうるのは、彼が他者の選択遂行を受容しうる、即ち他者が選択した意味をそれとして取り扱い、それ以外のものとしては取り扱うことができない、という事情に依拠しうる場合である。かかる伝達は、単純社会では必ず、分化せず並列的に存在し相互に作用しあっており、比較的わずかな複雑性しかもたない<現実性構造>を担う種々の社会的メカニズムによって遂行されうる。社会とその社会がもつ世界へ向けた視野がより高次の複雑性へと文明化的に発展していく中ではじめて、かかるメカニズムが分化し特定化されたのである。そして近代の初頭になってはじめてかかる分化が鋭い理論的反省の対象ともなった。真理はいまや単に間主観的に強制力をもつ確実性を根拠とする観念伝達にすぎず、かかる形式のゆえに、それは、個人的同情や仲間であるといったことや、力において劣っているといったことを根拠とする観念の受容とは厳密に区別される。そのことによって、多くの観念、とりわけ目的と価値が真理能力を喪失し、それにともなって他のメカニズムの問題性が先鋭化してきた。

システムとは、私たちがこの複雑社会に立ち向かっていく上での、信頼を、形式化したものだといえる。複雑社会ゆえに多くが不可視であるが、だからといって、可視的な部分がないわけではない。その大きな「隙間」を信頼、つまり、システムで埋める。
では、手続きとはなにか。手続きは、その信頼の「積極的」「能動的」な側面だと考えられる。私たちが、この環境に立ち向かい、システムを操作、コントロールし、環境に立ち向かっていく上での、私たちが持ちうる

  • 武器

だと考えられる。

手続の歴史の確立に際して当事者は協働する。彼等はそれゆえ共通のテンポに同意しなければならない。先走ることはできない。裁判官は、原告がまだ訴えの根拠づけを終えていないのに、判決を根拠づけてしまうことはできない。このような強制は、とりわけ時間という緩衝物(例えば文書による通知)が何ら介入しない対面的相互行為の際には、それゆえ口頭弁論のような場合には、跡づけ可能なものとなる。

原告が主張を続けていて、それを話している途中なのに、その間に、裁判官が判決を言い渡したら、びっくりするだろう。それは、そういった「手続き」が、「そういうもの」だと受け取られているからである。
ルーマンはこのように、前近代の単純社会において、主張された「真理」のオールタナティブとして「手続き」を、その「真理」概念と
独立
した能力において、評価する。つまり、手続きによって「正統性」を担保できうる面がある、と。
しかし、問題は、それがどこまで、十全なのか、ではないのか?
近年における、政治の停滞、政治の暴走は、この形式法が、本来の私たちが「信頼」を担保していくための、十分な

  • 信頼

を獲得できていないことを意味していないだろうか。たんに、意味をもちえない、形式的な文字の羅列に、人々は「信頼」をもてない。結局、それが「なんなのか」が少しも自明ではないからだ。
複雑社会において、人々をとりまく、言論空間は、よりその情報量を増やし、もはや、その「全体」を一人の人が「観察」することはできない。その一部から、全体を「想像」するしかない。そして、そのコントロールできない感覚は、日々強まっていく一方である。
そういった中において、IT化によって、処理され、吐き出されるアウトプット、その
一般意志
は、まるで、詐欺師が意味不明の計算を、さんざん繰り返したあげく、ネズミ算によって、

  • 口先で言いふくめられている

という感覚しか生まれない。本当に自分は得になってるのか。一方的に自分が損になってるんじゃないのか。消費税増税とはそういうことではないのか。なんで原発再稼働したら、火力発電を止めるのか。
あらゆることに、「信頼」がなくなり、あらゆることに、疑心暗鬼となる。

同一性を維持している古い人格の中への新たな予期構造のこのような組込みは、極めて様々な仕方で、即ち確信の転換、体験加工のルールの抽象化、過去の解釈、問題的なテーマを孤立させて閉じこめること、軽視、世馴れた人間としての諦観、新たな環境世界への依拠等々によって行われているのであって、多かれ少なかれ中心的な人格性構造に関わっている。人格の同一性を維持したままでその人格の中への新たな予期構造の組込みを可能とする調和化定式を見出すことは、個々人の創造力と形成能力に、そして社会的援助に対して彼がもちうるチャンスに委ねられている。いずれにせよ、承認の基礎をなすのは学習過程であり、個々人が体験を加工し、行為を選択し、自己自身を表出していく際の前提の変更なのである。

(社会の複雑化が、社会のIT化、社会システム化を必然とする一方において、その社会システムの根拠は、人々の「信頼」という脆弱な基盤にあることは、さんざん書いた気がするが、同じことは、この「手続きを通しての正統化」にも言える。それは、社会の複雑化が、それを必須とする一方において、その基盤は、最終的には、人々のその「信頼」に依存している、という「脆弱さ」に特徴がある。)
「正統性」は、最終的には、それを「受容」する個々人に依存する。個々人の「学習」が、「正統」だと思うか思わないかを「評価」「判断」する。しかし、そういった「納得感」をどこまで、「手続き(=ルール)」に還元できるのだろうか?
むしろ、納得できないからこそ、人々は街に出て、デモに参加し、その剥き出しの「意志」の「形」のリアルさ、「手触り」の感触を確かめようとするのではないか。つまり、こういった前近代の作法が、またその「必要」性を再認識されるのは、事の必然なのではないか...。

手続を通しての正統化

手続を通しての正統化