與那覇潤『「日本史」の終わり』

池田信夫との対談。)
私たちは「なぜ」と問うことに、疑問をもっていない。しかし、「なぜ」と問うた時点で、それは、歴史を語ることになる。
それは、つまり、未来に対して、現在と過去は、まったく別のカテゴリーだということである。つまり、現在と過去は、基本的に同じ性質のものであることを意味する。私たちは、現在を考えるとき、それを過去と分離して、
独立
したものと考えたがる。しかし、例えば、なぜ、ニュートン力学における、等速運動と静止点が「同値」なのかを考えればいい。
ほとんど全て
の今は、過去の「等速運動」なのだ。今、こうあることは、過去、そうあったことと変わらない。なんの力も加わらない、なんの加速もしていないのであれば、静止しているのと変わらない。つまり、

  • 過去=現在(ほとんどすべて)

であることを自覚しないといけない。
それは、この本における、「日本人 - 中国人 - 西欧人」という三極で語られる「人間論」に関係してくる。掲題の著者の前著『中国化する日本』において、日本の明治維新が、果して、西欧化だったと言えるのか、を疑うところから始めていた。つまり、むしろ、中国こそが、西欧が自らを自称する「ネオリベラリズム」の究極形であったわけで、日本は西欧化ではなく、
中国化
を「目指していた」という解釈であった。そのとき、じゃあ、この三つを分ける分岐点を何に見ていたのか、が問われるであろう。

「中国は法治国家なのか」「中国人は契約を守らない」といった言説がよくありますが、そもそも「歴史のる時点で結ばれた契約を、未来永劫、一言一句文字どおり守ることが司法によって保障されている」という発想は、ヨーロッパに特殊なものです。寺田さんによれば、その起源は中世イングランドの決闘文化にあるという。
もめごとがあるたびに毎回決闘していたら生命が持たないので、「何日までに贖罪金を用意しますから、今回は決闘はご勘弁を」という契約を結ぶようになるのですが、これは、司法がその履行を確実に担保してくれないと困るわけです。命を懸けてるわけだから(笑)。
「契約なんてしょせん紙切れだから信用できない。あんなこと言ってトンズラする気かもしれないから、いいや殺しちゃえ」ということになっては大変なので、しっかり契約を文面どおり、忠実に履行させる文化ができた。後にシェイクスピアの『ヴェニスの商人』のような話が生まれるゆえんですね。
これが司法優位の統治機構で、人間の行動を人格や道徳ではなく「ルール」で縛るというヨーロッパ式の「法の支配」ですが、それは非西洋地域には存在しない。だから日本の場合は、人的紐帯に依存した「長期的関係」によって、「一生どちらも同じ村で暮らすわけだから、まあ裏切らないでしょう」という形でトンズラを防いだ。
しかし、宋朝以降の中国大陸には強靭なムラ社会的コミュニティが存在しないので、法治もなければ村治もない。それでは、そういう状況下でどうやって中国人は商取引をしてきたのか。
答は単純で、要は「契約がないならデポジット(預かり金)で」ということで解決していたらしい。契約書を結んでも相手がトンズラするかもしれないし、契約違反を訴えて裁判を起こしても、儒教道徳で選ばれた科挙官僚が法治でなく徳治で裁くだけだから。「かような違約金の請求は人としていかがなものか」と逆に説諭されてしまうかもしれない。シャイロックが契約書にこうあると主張しても、中国の法廷では「人肉を切り取るとは天の道に反する」とかでおしまいでしょう(笑)。
だから契約書に頼らずに、最初から「トンズラされても気にしないでいいくらいの手付金」を相手から取っておく慣行ができた。価格の8割くらいを手付金で前払いさせておけば、後で相手に逃げられても「まあ、2割分取り損ねたけど、もう十分元を取ってるからいいや」で済んできた、ということらしいのですね。

なぜ、掲題の著者は、「むしろ中国こそがグローバルスタンダード」だと言っているのか、がここにあると言えるだろう。西欧における「ルール」社会というのは、「トンズラ」が普通である限り、成立しない。つまり、「トンズラ」が普通に起きると考えられているなら、そこに、「ルール」はなじまないわけだ(いくらルールを作っても、逃げられる)。
よって、彼らは何をするにも、膨大なデポジットを積むことから、人間関係を始めることになる。ということは、膨大なデポジットを、まともに積めないような、大規模開発は、必然的に中国では育たないわけで、それが、産業革命において、日本や西欧に遅れた形となる。しかし、近年の、IT企業においては、

  • そういった薄い人間関係

でも成り立つような、フレームが普及してきたために、「中国やインドでもやれる」という形で、急激な成長を遂げてきたわけで、そこで、近年において、世界における中国やインドの重要性が意識されるようになってきたわけだ。
西欧を「近代」の名の下に特徴付けていたものとは、もちろん、産業革命による、工業化であり、それによる、世界征服だったわけだが、そこから、いわゆる、日本の「知識人」は、

  • 日本の西欧化

を「善」と同一視して議論するようになる。そこから、日本における、「ルール」社会の普及が、うまく進まないことに苦悩することがお決まりのポーズとなった。
しかし、よく考えてみると、ルールというのは変であろう。だって、村社会で、毎日、顔を付き合わせる人たちで、なんで、そんな自分たちの手足を縛るようなことを、言葉の上でやるのか、ということであろう。そんなの、臨機応変でいいに決まっている。だって、困ったら、そこで、みんなで話せばいいわけだから。
「ルール」と言うためには、それ相応の、

  • わざわざ「ルール」に頼らなければならない

関係が、必然的にそれを強いるようになっていなければならないだろう。
上記の引用で言えば、なぜ、日本においては、「決闘」が、歴史上、ほとんど存在しなかったのか、と問うてみればいいのではないか。ほとんどが、泣き寝入りではないのか。じゃあ、なぜ、日本人は泣き寝入りを忍従してきたのか。
決闘をするということは、まず、自らを「守る」、自らは「守られなければならない」という概念が、一般的にあることを意味している。つまり、これを逆に言えば、「普通にしていると自分が誰かから守られているということにならないから、自分を自分で守ることを自覚しなければならない」と絶えず、自分に言い聞かせている、ということになるだろう。
だから、自分が侮辱されたら、相手を殺す、つまり、決闘なのだ。自分には、相手を殺す権利がある。そこで、当然、武器を

  • 自分の物(所有権)

として、所持することになる。つまり、「武器」が私たちを「主体=主権」にする。
他方において、日本は、言うまでもなく、中国に似ている。日本の古代の律令制度、班田収受の法にしても、むしろ、国家が、人に対して、田んぼを与えるわけで、それは

  • 所有権

じゃない。そういう「土地」という意味では、東アジアはずっと、社会主義だったと言えるのではないか。それは、川を灌漑によって制御する、水と私たちの関係にも深く関係している。
灌漑され、各地に運ばれる水を、東アジアにおいては、まるで、空気のように、当たり前に、享受している。川の水が使いたければ、いつでも、いくらでも、そこから、汲んで運んでくればいいし、実際、各田畑には、ほとんど、平等に配られた(それは、実に、律令的だった)。
そうすると、人々が生きるということと、その土地(=その土地に運ばれてくる水)と

  • 一緒

に生きていくことが、区別できなくなる。つまり、他人に対する「怨恨」も、こういった「自らの回りにある水などの共有物」との関係において、位置するものとなり、なんでも「決闘」で解決する社会に、なりにくかった、と考えられるだろう。
日本の知識人というのは、ほとんど、西欧の書物を読む人と同値だから、なんでも、西欧近代に、日本を一致させないと気がすまない人たちだと言える。そうじゃないと、日本は「一等国」ではない、と言いたいわけだ。しかし、彼らがそう思うのも、しょうがない。だって、西欧の本ばかり読んできたのだから、そのように彼ら自身が、マインドコントロールを自らにかけて来たのだから。
しかし、彼らがそのように思うことには、もう一つ別の側面もある。それは、いわゆる「人権」といった考えにも関係していて、ルールによって、人々が他人に暴力をふるわないことによって、むごたらしい、人間相互の殺戮や、それに類する他人に対する扱いを無くして行こうという、キリスト教的な人道的な動機も、あるわけであろう。
いずれにしろ、それがイコール西欧近代化なんだと言ってしまうと、ようするに、日本も中国もインドも、

  • 西欧のコピー

に、なることが「正しい」と言って、プンスカやってれば、いっぱしの、知識人だということになるわけだ。
近年のグローバル化、フラット化の言説にしても、みんな、西欧近代になれば、みんな西欧のコピーになるのだから、もう、地域差を語ることの意味がなくなる。それは、西欧近代こそが、「人権」の進展と同値なのだから、有無を言わさず「善」なのだから、必然的に、世界は、

  • 同質性

で覆われていくんだ、という考えになっている。そうすると、地球全体において、人種の文化的な差などというものは、なくなっていって、みんな、西欧人になる、という見通しなのではないか、と思われる。
しかし、果してそうなのか、と問うたのが、掲題の著者の前著『中国化する日本』だったわけであろう。
それは、近年における、中国の産業的な発展が、なかなか、政治的な民主化と直結していかないことへの、日本の知識人たちの苛だちに現れているわけで、つまりは、彼ら、日本の知識人たちの考える、日本を含めた

  • 東アジアの近代化(=西欧化)

が、なぜこれほどまで、進まないのか。なぜ、日本人はいつまでも日本文化的慣習にしがみつくのか、なぜ、中国人はいつまでも中国文化的慣習にしがみつくのか、そういった、

  • 合理的に説明のつかない

なにかへの(自分たちの思ったように世の中が変わっていかないことへの)なにか、自分がしがみついている「学説」が、実は、地動説に対する天動説のように、

  • 間違っている

のではないのか、という「不安」をかきたてるからこそ、彼らの啓蒙的なヒステリー的叫びのような説教は、どんどんと大きくなるばかりの無力感をもたらしているのかもしれない...。

私は、西洋化した近代社会が規範的には「いいもの」だと思うけれども、しかしそれはヨーロッパという地域に固有の近世が育んだ「特殊なもの」であって、現実的な普及可能性の問題としては、決して「普遍的」ではないと考えます。むしろ中国化のほうが、西洋化に比べても「人間は放っておくとそうなる」という意味では、自然な発展経路だった。
19世紀の産業資本主義時代は、西洋社会が圧倒的なパフォーマンスを示していたから、中国も洋務運動や辛亥革命でおれを追いかけようとしたのですが、それは人類史上の例外期にすぎない。今は、よくも悪くも中国が大国として復活してしまったわけだから、中国化を捨てて西洋化に乗り換えようというインセンティブが湧くはずもない。
もちろん、だからといって現在の中国が抱える問題を放置して、指をくわえて見ているわけにもいかない。その場合、必要になってくるのは中国に対して「西洋化しろ」というのではなく、「今の中国の状態は、『中国化』の本義にも反していませんか」という形で、プレッシャーをかけていくスタンスだと思います。
つまり、西洋的な意味での「法治国家になれ」とか、「議会制民主主義を導入しろ」というのではなく、「”本当に道徳的”な徳知国家になれ。あなた方は中華王朝の時代から、それを目標にしてきたはずだろう」と言っていくしかないのではないか。

ようするに、日本の西欧かぶれの知識人は、自らの「西欧オタク」に、自らの、

を感じてしまっているため(そりゃ、若い頃から、西欧の本ばかり読んできたんですからね)、

  • 西欧なしの「人権」

を夢想すらできなくなっているのではないだろうか。もっと違った、

  • その土地に相性のよい

形での、「人権」の普及は果して可能なのだろうか、と、そのように問うことから始めてみれば、さまざまな、

  • フラット革命

のような、たんに幼稚で強引な「同一化(=哲学化)」の夢想に囚われることなく、その土地で比較的に軋轢も少なく、アクセクタブルな形で、

  • 西欧レベルの「人権」と遜色のないような

人倫社会を構想できるようになっていくのではないだろうか...。

「日本史」の終わり  変わる世界、変われない日本人

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