「終戦のエンペラー」について

みなさんは、映画館で「終戦のエンペラー」を見ましたでしょうか?
というか、おそらく、この映画の監督は、宮城事件について、ある程度、知っているんじゃないでしょうか?
というのは、木戸幸一が現れる場面の記述が、どうも、変だからです。主人公のフェラーズ准将が、木戸と面会する場面で、木戸は、昭和天皇を免罪すべき理由の一つとして、天皇が宮城事件において、軍内部のクーデターとも戦って、終戦を完遂した、つまり、天皇のそういった「抵抗」がなければ、終戦を迎えることはできなかった、といったことを語る場面がある。
ところが、フェラーズは、そのことが「証拠がない」として、それほど重要視しないわけである。そして、その後に、日本という国、日本の軍隊内部は、どこまでも曖昧模糊として、捉みどころがない、といった印象を吐露する。
つまり、上記の個所が興味深いのは、フェラーズが木戸を「うさんくさい」と感じている対象として描いていることである。
なぜ、この場面が興味深いのか。それは、以前、ある本を読んでいたからである。

では、『終戦機密日誌』の十二日を見る。一部省略する。

四、昨日に予定せし大臣の上奏は手続の為本日となり、人事上奏の後、九日の件に付、軍の実情等に付、委細上奏せり。此の時、陛下は「阿南心配するな、朕には確證がある」旨却て御慰藉的の御言葉ありし由。(通常は陸軍大臣と御呼び遊ばされ、阿南の姓を呼ばれうるは待従武官時代の御親しき心持の表現なる由)
五、竹下中佐は、昨日来計画せる治安維持の為東部軍管区及び近衛師団を用ひて宮城、各宮家、重臣、閣僚、放送局、陸海軍省、両統帥部等の要處に兵力を配置し、陛下及皇族を守護し奉ると共に、各要人を保護する偽装「クーデター」計画に付、若松次官に意見を具申す。(人事局長同席す)
その席上、佐藤戦備課長入室して、この計画の不可なる理由を具申す。
次官は必ずしも同意の意を表せず。寧ろ民間「テロ」を可とする意見を附し、折しも閣議に出でんとする大臣の該案を「メモ」として渡すべき由を命じ、竹下は之を行はざる可らざる一般情勢と該案の骨子を記す。

十二日に軍事課長の下に課員全員が集まり、彼らが偽装「クーデター」計画を練ったのである。事実、十四日から十五日にかけての偽装クーデターは、この計画書通りに進んでいった。偽装民間「テロ」も実行された。あの宮中事件が偽装「クーデター」であったのに、すべての日本の終戦史は、この十二日(月曜日)の『終戦機密日誌』について記すことがない。

日本のいちばん醜い日

日本のいちばん醜い日

保阪正康は『<敗戦>と日本人』の中で、「機密日誌------軍部エリートの栄光と挫折」の章をもうけ、その中で敗戦前の日誌を詳細に記述している。しかし、十二日の記述の中で、第二項、第四項は記しているが、第五項は記していない。
どうして、いちばん大事なことが書いてある第五項を落としたのか。私はこの中に記された「偽装『クーデタ』計画」なる言葉を一般の人が知ることを恐れ、あえて避けものと思えてならない。
日本のいちばん醜い日

上記の本は、宮城事件が一つの「偽装クーデター」であったと主張している本であるが、そもそも、軍の文書に、そういったことを検討した、という記述があるわけであろう?
当時の日本において、最も重要なことは「国体」であった。つまり、なんとしても、敗戦後も天皇制を残さなければならない。だとするなら、偽装クーデターを検討することだって、ありえたのではないか。天皇は、一部の暴走した若手軍人たちにポツダム宣言という敗戦の受諾を反対され、戦争存続を要求する彼らから、玉音放送をするために記録したレコードを狙われ、命を狙われる

  • そういった危険を犯してまで、敗戦受諾を貫き通した、そういった「敗戦の英雄」

というように見せようとすることで、アメリカの占領軍の指導者たちに、少しでも「好印象」を残そうとした、と考えることは、それほど不自然ではないように思われる。
(だからこそ、そういった「悪役」を買ってくれた、(阿南もその後自殺するわけであるが)若手軍人たちの、歴史の中に、逆賊として記されることを、あえて選んでくれた彼らへのリスペクトがありうる、ということなのかもしれないが...。)
いずれにしろ、こういったことを発言する役割を、あの映画では、木戸幸一にさせていること、そして、そういった発言を、主人公のフェラーズ准将が、素直に聞いていないのが、なかなか、おもしろい場面であった。
つまり、あの映画は、むしろ、ここを重要視しないで、最後の、マッカーサーと対話するときに、昭和天皇が、国民の代わりに自分を裁いてくれ、と言う発言の部分にフレームアップすることで、

  • 天皇がなぜ免罪されたのか

の歴史の見方の「物語」としての、ポイントを相対的にずらそうとした、という意図が読み取れるのかな、と思ったんですけどね。どうですかね...。