猪瀬都政の総括

今、東京は都知事選挙の開始により、さまざまな議論が始まっている。
しかし、私はそれは、猪瀬都政の総括なしに考えることは、ありえないのではないかと考えている。なぜ、猪瀬都政は問題であったのか。どういった本質的な問題がそこにはあったのか。

しかし、だからといって私は猪瀬さんに同情するつもりはさらさらない。それどころか彼の犯した罪を徹底的に暴かなければならぬと考えている。ただし、徳洲会マネーの件でではない。都による尖閣諸島買い上げ計画で日中関係を滅茶苦茶にした責任である。
これは、この連載の第17回でも指摘したが、私たちの近未来の運命にかかわる重大事なので、繰り返させていただきたい。尖閣諸島問題に火がついたきっかけは一昨年4月、石原都知事(当時)が米国講演で都による買い上げ計画をぶち上げたことだった。
石原知事は前年秋に地権者と交渉し、金銭譲渡の内諾を得ていた。ただ計画公表時には資金調達の具体的な目途はついておらず、議会の承認も得ていなかった。そのうえ都が沖縄県の頭越しに尖閣諸島を買い取ることの正当性の問題が未解決のまま残っていた。
この時点では石原プランは打ち上げ花火で終わる可能性もあった。ところが、そこへ登場したのが猪瀬副知事(当時)である。彼は自著『解決する力』(PHPビジネス新書)に書いている。
「石原知事が尖閣購入の発表をした後に、私がNHKの七時のニュースで、寄付金について言及した。寄付が多ければ購入資金に使う税金の支出が減る、と。(中略)ツイッターでも書いたら、SNSを通じてこちらの予想を上回る反響があった。一週間後に銀行口座を開設して、約一〇万件、約一五億円が集まっている(二〇一二年九月現在)」と。
翌週、知事が米国から帰国すると、「中山義隆石垣市長が旧知の木村三浩氏(新右翼一水会代表)に伴われて副知事室を訪れた」。そこで猪瀬さんは中山市長を石原知事に面会させる段取りをつけ、市長は「緊急避難用の船溜まりを、電波塔、灯台をつくってほしい」と知事に協力要請した。
つまり猪瀬さんは寄付金募集で領土ナショナリズムをいたずらに煽っただけでなく、ネックになっていた都による買い上げの正当性の問題をクリアし、購入計画を急速に具体化させたのである。
では、都が船溜まりなどの工事をしていたらどうなったか。外交の素人でもわかる。中国は軍事力で工事を阻止しようとしただろう。もちろん石原知事も猪瀬さんもその危険性は承知していたはずだ。というより、ふたりは戦争を仕掛けたかったのだろう。
それを知って野田政権は慌てた。戦争を避けるには国有化しかない。ただ、その時期や中国政府への根回しに不備があって、日中関係がこじれにこじれた。
私は石原都知事が猪瀬さんを後継者に指名した理由のひとつは、尖閣問題での彼の働きにあるのではないかと思っている。猪瀬さんも都知事の座を射止めるために石原知事の歓心を買おうと必死だったのではないか。
石原 - 猪瀬コンビの発想の中には、実際に戦争で死ぬことになる自衛隊員と民間人の苦痛や悲しみがあるとは思えない。
こんな類の人が首都東京のトップになる事態は二度と見たくない。もうぜいたくは言わない。せめて戦争を企む心配のない新知事の誕生を望みたいものだ。
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例えば、以下の東浩紀さんとの対談で、東さんは非常に重要な論点を、猪瀬さんに直接、追求している。それは、尖閣寄付が非常に問題の多いポピュリズムだということである。

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私も、この主張には、100%賛成であるが(別に、東さんの言うことが全部、私は、気に入らないと言っているわけではない。常に、是是非非)、しかし、その論旨の立て方はいただけない。
つまり、東さんは尖閣寄付が脱原発国会前デモと同じく、ポピュリズムだから問題だと言っているわけだが、脱原発は少なくとも、外交問題ではない(この二つを同列に述べようとする、東さんの姿勢には、彼の「心情的原発推進派」としての、脱原発アレルギーを感じなくはないが orz)。
つまり、東さんの主張は、微妙に論点をずらして、猪瀬さんに問題提起をしているところが特徴なのである。本来なら、尖閣を都が買うにしても、国が買うにしても、そのことが、中国を刺激し、外交問題に発展して、東アジアの海の軍事的緊張をエスカレートさせることになり、そういったことが、ひいては、経済問題にまで悪影響を及ぼすのではないのか、という懸念だったわけであろう。しかし、東さんは、その問題を直接、猪瀬さんに言わない。言わないかわりに、尖閣寄付のポピュリズム的危険性を、まるで、これこそが全ての「元凶」のように、猪瀬さんに対して、一歩の引かずに、論難する。
しかし、こういった「表象批評」は、確かに大事なポイントではあるのだが、じゃあ、もう一つの、都や国による尖閣購入そのものの、中国刺激問題という、

  • 直接的な問題

の方の追求は必要ないのか。それは、尖閣寄付ポピュリズムの問題が解決していれば、スルーできるような話なのか、といった部分が、「抜け落ちている」わけである。
私が、なぜ、この問題を、猪瀬都政の「総括」として、言及しているのか? 猪瀬さんは、上記の対談の最初で、日本の政治が、実質、官僚独裁であったことの問題を指摘する。つまり、日本の政治を実質的に、法律を書いたり、考えたりしているのが、政治でなく、官僚であって、実際、すべて決めているのは官僚なんだ、ということを問題視する。そして、アメリカのような、シンクタンクによる、法律の作成などが行われていない、と。
つまり、猪瀬さんには、官僚との対抗意識がある。官僚でなく、自分であり、政治家の側が、さまざまな問題を

  • 解決

していかなければならない、と。つまり、基本的に猪瀬さんの政治手法は、自分の「優秀さ」を前提にしている。猪瀬さんに、おそらく、「全部一人でやってもらう」と、ほぼパーフェクトな何かが達成されるわけである。
しかし、ここで少なからず、疑問がわいてくる。そもそも、政治家はそんなに優秀でなけれないけないのか。まるで、官僚のように、法律の文章が書けないと政治家になれないのか。
つまり、こんな例を考えてみるといい。ある、プロジェクトマネージャーが、まるで、優秀なプログラマーのように、プログラムが書けたり、単体テストをやれるから、やっているようなプロジェクトは、まあ、そういうことがやれることは「能力」ということでは、すごいのだろうが、別に、プロジェクトマネージャーという仕事が、そういう「個人」の能力を求めているわけではないだろう。
つまり、ここでの問題は、やはり、ハンナ・アーレントの言う「アイヒマン問題」なのである。猪瀬さんは、ある意味、

  • 優秀すぎる

わけである。スーパーマンなのだ。なんでも「解決」してしまうのだ。しかし、世の中には、「解決してはならない」問題もある。それが、外交問題である。あまりにも勉強のしすぎで、能力がありすぎると、

  • どんな問題も解決させることができる

と思ってしまう。どういうことか? この尖閣の都による購入の問題は、そもそも、石原元都知事の「夢」だったわけである。つまり、これは、石原さんの

  • 「ムチャぶり」問題

だったわけである。大事なことは、石原さんは、そもそも、日本は中国と戦争をしてはいけない、という「前提」のある人ではないですからね。

石原 政府がはっきりと、「そっちがその気なら、こっちもやってやるぞ」と言えばいい。「寄らば切るぞ」の精神ですよ。
安倍晋三君が総理の時に、シナとのガス田問題で揉め、外務省は「あまり刺激すると相手は軍艦を出してきます」と脅した。しかし、安倍君が「それならこちらも出せばいい」と言ったら事態は一気に終息した。つまりはそういうことです。

石原 この前、野田と会談した時におかしなことを言っていました。「ステップバイステップでやらせてください」と。「最初のステップはなんだ」と聞いたら、「いろいろな事業をやるのに電源が必要だから、太陽光パネルを持っていく」という(笑)。パネルだけ持って行ってどうするんだ。
そもそも、野田は「灯台だけは作りたい」という意思はあったようだけれど、外務省にケツを叩かれた玄葉に説得されたようだ。

石原慎太郎尖閣防衛には血を流す覚悟を」)

WiLL (ウィル) 2012年 11月号 [雑誌]

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石原さんという人は、こういう人なわけです。彼は少しも、戦争突入を恐れていない。むしろ、ウェルカムな人なのだ。そもそも、そういった感性の人なわけです。中国で日本製品ボイコットが起きても、「それがどうした」と言っていたわけで、つまりは、日本の企業がどれだけ、中国で損失を蒙っても、むしろ、中国でビジネスをやっている、日本の企業が間違っている、と言っていたわけでしょう。つまり、彼は明確に、日本企業の中国進出に反対なわけです。

  • この方向での、日本企業の「成長」は、間違っている

と言っていた人なわけです。
ここから分かるように、石原元都知事の、都による尖閣購入は、その結果によって、中国を怒らせて、その結果、どんなに中国に進出している日本企業が損害を蒙っても、

  • それが本意

なのですから、少しも、それが悪いと思っていない。むしろ、ちょっとした戦争くらい、「受けて立ってやる」くらいの、

  • 挑発が、そもそもの目的

でやっていたわけでしょう。つまり、こんな、石原元都知事の「夢」は、叶えたらダメなんですね。官僚は、こういったことはよく分かっていて、面従腹背ですよ。こんな政治家の言うことを聞いたら、国が滅びますよ。だから、官僚は、まるで「愚鈍」のように、無理です無理です、って、逃げていたわけでしょう。
これを、猪瀬さんという「KY」が、またまた、思いついちゃったわけでしょう。

  • あ。こーすればいーじゃん。

それが、尖閣寄付だった。これが、どれだけ最悪かは、上記の対談で、東さんが言ってる通りですよ。
ネトウヨは、自分が何千万円と寄付することで、国家を戦争させられることが分かった。こっからですよね。こっから、あらゆるネトウヨ問題が始まった。
在特会のデモの過激化も、彼らが政権の中枢の政治家とパイプをもつようになり、自分たちの主張で、政治をコントロールできるという全能感をもつようになってしまった。
ネット上での、ネトウヨの安倍ちゃん問題も、全てが、尖閣寄付から始まってる。
確かに、上記の対談で猪瀬さんが言っているように、野田政権による、尖閣国有化の時期があまりにも悪すぎたことはある。しかし、じゃあ、時期がずれていたら、まったく無問題でやれたんだという猪瀬さんの主張は、あまりにも、説得力がないであろう。大事なことは、都であれ国であれ、尖閣の購入という行為が、事実上の尖閣棚上げという、日中の手打ちであった、その

  • 緊張のバランス

を「日本側が破った」という事実なんですね。つまり、その先手が日本という状況が、中国政府に、

  • なんらかの「制裁」なしには、国内世論を鎮められない

という判断につながり、今に至るまでの、領域侵犯を中国側の飛行機や船が繰り返す、この事態の恒常化に至ったわけであろう。
しかし、これについても、石原元都知事は、こんな手打ち破っちまえ、っていう主張だったわけで、そういう意味からも「確信犯」だったわけだ。
今後、安倍政権による、日中の軍事緊張を煽る、さまざまな行動において、ネトウヨによる

  • <国家>に寄付させろ=お金を寄付するから戦争させろ

という、ポピュリズム的な政権への「圧力」行動が、再度、強まるのではないだろうか。つまり、彼らは、猪瀬さんという一人の「選良」の、尖閣寄付というトリガーによって、

  • お金で国が買える(=いくらでも、言うことを聞かせられる)

という、右翼ポピュリズム権力の全能さ(=全体主義)に目覚めさせられた、ということである...。