落合栄一郎『放射能と人体』

私たちは、戦後、日本の原発で生まれる放射性廃棄物によって、日本が「汚されてきた」ことを、国策の名の下に、どこまで我慢しなければならないのかが問われている。
私が恐しいのは、今だに、原発をこの日本が

  • 手放さない

ことに対して、まったく、理論的に戦おうとしない、科学者たちの態度が、まだ「この程度なら許容可能なんだ」と国民を説得しようとさえしているかのように受けとられる「態度」が

  • 恐しい

わけである。
そこには、一体、どんな「動機」が隠されているのか。分からないが、少なくとも言えることは、彼らは、今すぐ、日本が原発政策を止めることには、どうも賛成ではない、ということだけである。
そういった中で、日本において、唯一、一貫して筋の通った発言を続けているのが、京大の小出裕章さんじゃないだろうか。私には、それ以外の学者たちが正直、何を言っているのかが、今だに、よく分からないのだ orz。
彼らは何と戦っているのだろうか? 

原発に依存、推進する側はまず、原発は周到に安全を考慮して作られていると称してきたが、今回の事故で、その「安全神話」は崩されてしまった。そのために「脱原発」の声が高まると、今度は、原発事故から生じるような低線量放射能は、健康に大きな被害を及ぼすはずがないという「安心神話」を広め、人類が、原発との共存を容認するように仕向けようとしている。

京大の小出さんが言っているように、可能なら、福島から離れて暮らした方が、放射能の影響を考えずにすむという意味で、ベストであろうが、なかなかそうもいかない事情の人たちもいるから(政府の援助もそこまで大きくない現状を考えるなら)、次のベストは、できるだけ、除染をする、ということになるであろう。
しかし、こういった意味において、今の福島の状況は「明確」であることに異論のある人はいないであろう(そもそも、現地で取れた動植物を食べることが抑制されている時点で、非常に「大きな」生活習慣の変更を強いられているわけで、そういう意味においては、もう以前のような、「なにも考えずに暮らせる場所ではなくなった」ことだけは間違いないわけであるのだから)。
つまり、問題はたんに福島県が、これからどのようになっていくのか、というだけのことではなく、日本全国にある、この原子力発電所を、どうしていくのか、という日本の政策そのものに議論は移っている。

チェルノブイリや福島における原発事故の場合は、放出された放射性物質が、呼吸によって鼻や口を通して、また汚染された水や食料の摂取を介して、体内へ入るという低線量の内部被曝の影響が、大線量による外部被曝に比して、より大きな問題となっている。

私が興味深いのは、そもそも、原発は通常運転をしている時も、一定の量の「汚染水」を、原発から排出している。それは、

  • 法律で認められている。

しかし、それは「なぜ」なのだろうか? つまり、なぜ認められているのだろうか? LNTモデルで考えたとしても、一定の汚染がこれによって起き、一定の割合の

が起きることが分かっていながら、なぜ「汚染水」の排出が法律で認められているのだろうか。
今回、福島第一は、そんなコントロールされた排出どころではない、「ダダ漏れ」状態がずっと続いたし、今も、ほとんどコントロールされていないと考えられる。
このような状態における、水産物の汚染は、少なからず、避けられないと考える方が普通であろう。
私がよく分からないのは、それでもなお、原発を動かすことを目指している人たちの、その主張の「意味」なのである。
なにを考えているのだろう?

2011年末までの日本全国の死亡者(県別、死亡原因別)のデータがある。そのうち、心不全(高血圧は除く)による死者数を1997〜2011年間にわたってプロットしたものからの抜粋が図10−4である。死者数は10万人あたりの数で示されている。全国平均は、年を追うごとにほとんど直線的に増加しているが、福島のそれは2011年に顕著に急増している。福島ほどではないが、隣接県である宮城や茨城、新潟などでも増加が見られる。
心筋梗塞などの心臓疾患が2011年から増えていることが、さまざまな形で報告されている。一例を挙げると、福島第一から北西に約50km離れた福島市・大原総合病院の報告では、心筋梗塞と狭心病の患者数が、2010年ではそれぞれ143と266だったものが、2011年には199と285に増え、2012年前半の6ヶ月で184と212に増えた。2010〜2012年のあいだに、それぞれ250%、160%増加したことになる。同院の医師は、放射能との関係を疑っている。

チェルノブイリにおける被害地域の大きさとの比較で考えるなら、福島から東京の距離は、ほとんど「ない」に等しいくらいに近く思われる。そういったことから、福島第一の事故の影響が、東京地域にまで、どれくらいの影響を与えることに、結果的になるのか。そのことを、私のような素人が推測することは難しいが、しかし、たとえ、どれほどかの影響があったとしても、仕事の関係で、東京で暮さなければならない人は、たくさんいるわけで、私たちはこの地域で暮らすのであろう。
私がこだわってるのは、そういった「被害」のことではない。そういう意味で言うなら、私たちは、なんらかの「自衛」を、やれる範囲で、意識の高い人ほど、行うことになるのであろう。しかし、問題はそこじゃない。
原発は、今、やめられる。
やめれば、低線量放射能を日本の大地に、これ以上、ばらまかなくできる。
私は「怖い」のは、これに「賛成しない」人たちの、頭の中なのだが...。

放射能と人体 (ブルーバックス)

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