岡本倫『極黒のブリュンヒルデ』

アニメ「極黒のブリュンヒルデ」の第3話は、なかなか、考えさせる、神回となった。
主人公の村上良太(むらかみりょうた)は、高校2年生。彼の目の前に、幼馴染(おさななじみ)に似た転校生の黒羽寧子(くろはねこ)が現れるところから、話は始まる。
寧子(ねこ)は、「魔法使い」であり、超人的な能力をもちながら、30時間の間に、決められた薬(くすり)を飲まなければ死ぬ。
実験台として、組織に囚われていたが、脱走し、今は、村上良太と行動を共にしている。
しかし、彼女が持つ薬は、すでに、残り5日分しかなくなっていた。
彼女と同じように、組織から脱走した「魔法使い」は何人かいるようだが、同じく、組織から脱走したときに、一緒に持って来た薬は尽きようとしていた。
つまり、あと5日が経過すれば、彼女たちは、自分が死ぬことを自覚していた。
これは、一種の「ターミナルケア」であると言える。
彼女たちは、自分が、あと何日かの命であることを覚悟していた。その短い時間の中で、精一杯、悔いのない「生き方」を選ぼうとする。
しかし、彼女たちが仮の寝床にしていた空き家が、火事となり、その残りわずかの薬さえ、なくなってしまう。
主人公の村上良太(むらかみりょうた)は、この極限的な、絶体絶命の状況において、ある「情報」に思いあたる。それは、彼自身の、特異なまでの

  • 記憶力

に関係する。そして、これ以降、村上良太(むらかみりょうた)と、黒羽寧子(くろはねこ)たち、逃亡者の魔法使いたちの、生き残りを賭けた戦いが始まる。
この話の何が興味深いのか。
それは、二つの点において、指摘できる。まず、第一に彼女たちは、

  • 実験モルモット

だったことである。彼女たちは、いわば「動物実験」のモルモットである。それを「人間相手」に行っているという違いがあるだけである。そういう意味において、彼女たちは、一種の

  • 奴隷

である。では、なぜ組織は、自分たちの「家督資産」である、奴隷の逃亡に、悠長に構えているのか。
それが二つ目のポイントの、「薬」による生命管理である。彼女たち奴隷は、幼い頃から、ドラック漬けにされ、決められた「薬」を常用しない限り、そもそも、長生きができない体にされている。
奴隷が逃げた場合の最大の危機は、彼ら奴隷が、

  • 復讐

をたくらむ場合である。ところが、その奴隷たちが、そもそも、その「薬」によって、短期的な生命の命綱を握られているなら、そもそも、本質的な反撃を行えないようにされている、と言えるわけである。

わたしがさおりちゃんをひきつけます
そのあいだにあなたはくすりをみつけてにげてください
わたしをたすけにこないでください
わたしのいのちでかなちゃんやかずみちゃんをたすけられるなら
わたしのいのちはむだになりません

全身不随の橘佳奈(たちばなかな)は、自らの魔法使いとしての「能力」である予知によって、寧子(ねこ)も良太(りょうた)も死ぬことを知る。
ターミナルケアを生きる寧子(ねこ)は、自分が死ぬことによって、仲間が「生き残る」ことと考える。彼女たちは、まるで、それは「当然」のことのように、

  • 自己犠牲

によって、仲間が一日、一秒でも長く生き残ってくれることに、なにかを、自分が大切にしているなにかを、賭けようとする。
ターミナルケアを生きる魔法使いたちの「自己犠牲」と、彼女たちの命を繋ぐ「薬」。この二つの間において、良太(りょうた)は、いかにして、彼女たち脱走者を救う手立てを見出していくのか。
奴隷は、「逃げる」。
それこそが、奴隷の「本質」である。
私たちが「人間」であるなら、自らが奴隷で居続けることに耐えられることはない。それは、私たちが人間である限りにおいて、私たち人間とは、そもそも、自由なる存在であるという意味において、必ず「脱走」する。
しかし、そうして脱走するということは、ドラックによってシャブ漬けにされてきた、奴隷たちの

であることを意味する。つまり、逃げることは「死」を意味する。だとするなら、自由を選ぶことによる死は、必然であると同時に、愚かな選択であることを意味するのではないのか。
奴隷からの逃亡と、ドラックによってシャブ漬けにされた体。この二つのニヒリズムを、自己犠牲が、宙吊りにする。
奴隷が逃亡するのは、それが長く生きられるからではない。奴隷という形態のまま生き続けることを受け入れることを、人間の本質が拒否したからだ。
しかし、その結果は、ドラックによってシャブ漬けにされた自らの身体の漸進的な崩壊である。
しかし、奴隷が自らの意志によって、「自由」を選んだとき、彼らはすでに、自らの「死」を、受け入れていたのではないのか?
彼女たちは、たんにそれを、自らが「納得」しない形のまま、終えたくなかった、だけなのである。
彼女たちは、自らの命の最後の一瞬まで、自らが「納得」できる<何か>を探し続ける。そして、彼女たちが見出すそれが「自己犠牲」である。
良太(りょうた)は考える。
彼ら、自由を求めた「奴隷」たちが、生き残る、その道(みち)は、どこにあるのか、と。
どうやったら、彼女たちの命を繋ぐ、この薬(くすり)を、供給し続けられるのか。どうやったら、彼女たちの命のとどめをさそうと派遣されてくる刺客から、彼女たちを守れるのか。
しかし、このことは、少しも「他人事」ではない。
私たちは、どうやって、この日本社会の中で、生きていくのか。
この道が、そんなに簡単なものでもないし、そんなに、こういった「奴隷」と私たちの存在形態が離れているわけでもない。むしろ、さまざまな意味において、彼女たちと私たち自身も近いと言えないわけではないわけである...。

極黒のブリュンヒルデ 1 (ヤングジャンプコミックス)

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