北野幸伯『プーチン 最後の聖戦』

なぜ私たちは英語を学ぶのか。なぜ、海外での決済に米ドルを使うのか。よく考えると、それを説明する根源的な理由はない。強いて言えば、アメリカという国に対する、なんらかの「負い目」のようなものに導かれて、ということになるであろう。
ところが、英語の方はともなく、お金の方については、今の変動相場制の世界システムにおいては、決定的な意味をもってしまっている。つまりは、「基軸通貨」である。アメリカが長年に渡る、膨大な借金が存在していたにもかかわらず、彼らが、金銭的に「困る」ことがなかったのは、その借金まみれのお金を

  • 欲しい

と言ってくれる、「外の人たち」がたくさんいたからだ。では、彼らはなぜ、米ドルを欲しがったのか。その金額を「決済」に使うことになっていたから、なんにせよ、米ドルをかき集め「なければならない」となっていたからだ。

しかし二〇〇〇年、「裏世界史」的大事件が起きます。
それを起こしたのは、イラクの独裁者サダム・フセインでした。
フセインは二〇〇〇年九月二四日、「石油代金として今後いっさいドルを受け取らない!」と宣言します。では、なんで受け取るのか? おわかりですね。
ユーロ。
フセインをそそのかしたのは、ユーロを基軸通貨にし、アメリカから欧州に覇権を取り戻したいフランスのシラク大統領(当時)。

ロシアの外貨準備高は現在、中国、日本についで世界三位であることをご存じでしたか?
外貨準備高は、一九九八年の一二二億ドルから、二〇〇八年八月には五六八三億ドルまで、一〇年で実に四六倍以上(!)になっています。
そして、ロシア中央銀行は二〇〇六年六月、「外貨準備に占めるドルの割合をこれまでの七〇%から五〇%に下げる」と発表。
そして、ユーロを四〇%まで引き上げる。
ロシア中央銀行イグナチェフ総裁は、外貨準備のなかに円やポンドを加え、ドル離れをさらに加速させる方針を示します。
また、当時第一副首相だったメドベージェフ(のちの大統領)は二〇〇六年六月、「アメリカに双子の赤字から生じるリスクを低減するため、各国は準備通貨としてのドルへの依存を減らすべきだ」と提言しました。
プーチンは、言葉で脅すだけでなく、すぐ行動に移します。
二〇〇六年六月八日、ロシア取引システム(RTS。モスクワにある証券取引所の一つ)で、初のルーブル建てロシア原油先物取引が開始されました。
プーチンの野望はとどまるところを知りません。
二〇〇七年には、なんとロシアルーブルを、「ドルに替わる世界通貨にする!」と宣言します。

<米露 "破顔一笑" 「ルーブルを世界通貨に」プーチン大統領ますます強気
サンクトペテルブルク=内藤泰朗]ロシアのプーチン大統領は10日、出身地サンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムで、同国の通貨ルーブルを世界的な基軸通貨とすることなどを提唱した。
同国など急成長する新興国の利益を反映した経済の世界新秩序が必要であるとの考えを示した形だ。世界的な原油価格高騰を追い風に強気のロシアは、米国主導の世界経済に対抗し、欧米諸国に挑戦する姿勢を強めるものとみられる。>(産経新聞二〇〇七年六月一二日付)

アメリカの没落する日が、近づいてきました。

掲題の本は、ロシアのプーチンは「戦国時代」を生きている、と言っている。そもそも、なぜロシアのプーチンは「強気」なのだろうか。それは、ロシアという国の特殊な状況がそうさせている、と考えられる。まず、資源大国であり、食料大国でもあるため、いざとなったときに「自給自足」ができる。そして、対外債務が少ない。
ロシアにも中国にも言えるが、一般に、「独裁国家」だから、国民は苦しい生活をしているかといえば、そうではない。それは、日本の安倍首相や橋下大坂府知事を見ても分かるであろう。独裁者は、臨機応変に、「福祉」を行う。それは、政敵との

  • 人気競争

に勝たなければならないと判断したときには、そこに「躊躇はない」わけである。ナチスが国民の失業率をほぼゼロパーセントにしたように、プーチンも、必要であれば、国内企業の不当に安価な税金逃れをしてきた、大企業から、税金を上げるし、国民の福祉も行う。
しかし、いずれにしろ、アメリカの基軸通貨は、どこまで続くのだろうか。基軸通貨は、あまりにも「おいしい」のだ。こんなに素晴しい立場をどうして、世界の大国がみすみす、アメリカに譲り続けるようなことが続くだろうか。ユーロがあらわれ、中露が、それぞれ、基軸通貨に色気を見せるようになり、アメリカが、イラク戦争を行ってまで守ろうとした、アメリ基軸通貨「時代」は、少しずつ、その終わりを見せ始めている、ということなのかもしれない...。