鳥越さんの「いわゆる」女性問題

今回の都知事選挙の趨勢を決定したものの一つの要因として、週刊文春週刊新潮による、鳥越さんの「淫行」疑惑というものがある。しかし、驚くべきは都知事選挙が終わった後の反応だったのかもしれない。
宇都宮さんは鳥越さんの応援演説を行わなかった理由として、この問題について、鳥越さんが説明責任を果たさなかったことを挙げた。
また、上野千鶴子さんのツイッターのメンション欄を見てもらえば分かるが、フェミニストがそういった「疑惑」がある鳥越さんを応援したとして、数々の罵詈雑言を浴びている。
さて。
もう選挙も終わったのだ。誰でもいい。この問題を「総括」してもらえませんですかね? というか、選挙が終わって、自民の小池さんが勝利したら、多くの人は、この問題の何が問題だったのかを整理しようとしない。というか、もう「忘れたい」ということらしい。
そんなことでいいのだろうか?
鳥越さんが選挙に勝つか勝たないかは、これからの日本の政治にとって大きな意味をもっていた。それが、こんなに簡単に「忘れる」でいいのだろうか?
私はここで、二つの視点から総括しようと思う。
まず、なぜ鳥越さんのこの「女性」問題疑惑を選挙の争点にすべきでないと考えたか、である。
それについて、私は宇都宮さんに反対だ。
まず、この問題をこの選挙の直前で言っているのが当事者の女性でないところにある。そう言うと、当事者でなくても、その当時恋人であり今の夫である男性が言っているのだから、当事者と同じなのではないか、と言うかもしれない、しかし、なぜ性的な問題は、「当事者」性が大事なのかをその人は分かっていない。もしも、男性は正直な正義の人だったとする。だとしても、女性が男性に「嘘」を言っていて、後には引けなくなっていた場合だって考えられる。
つまり、たとえ「なにかがあった」という状況証拠はあっても、実際になんだったのかは、当人たちしか知りえない、ということなのだ。もしも今回のことが問題なら、まず、当事者の女性が発言するべきだ。そうでなければ、なぜ当事者のもう一人の側である鳥越さんが「応答」しなければいけないのか。
宇都宮さんは鳥越さんが説明しなかったことが「女性がかわいそうだ」と週刊誌で述べている。なぜ宇都宮さんは女性が「かわいそう」と判断したのか? もしも女性の側になんらかの「人前では言えない二人だけが知っている、自分の側の落ち度」があった場合、それでも宇都宮さんが女性を「かわいそう」と言うことに、なんらの瑕疵もないというのだろうか?
ようするに、宇都宮さんは自分が「知らない」ことの価値判断をしているわけである(おそらく、彼は自分の今後の活動の保身を考えて、そういった立ち位置を選んだのだろう)。私は今回のことをもって、宇都宮さんが共産党であり、他の野党でありから、推薦されることはなくなったんじゃないか、と考えている。それは彼がこういったように「自分の価値観」で、他人を糾弾し始める人だ、ということが示されたからが。彼はあまりに危険だ。自分が直観で、「鳥越が悪い」を判断したら、そう言うことをためらわない。
よく考えてみてください。

  • もしも、ある女性候補が、ある男性を「レイプ」した、と週刊誌に書かれたら、女性であるあなたはどう思うでしょうか? 女性は力が弱いんだから、そんなこと考えられない、とか、むしろ男性はレイプされて、「うれしい」はずなのになにを言ってるんだ、とか思わないでしょうか?
  • もしも、ある男性にレイプされたと週刊誌に書かれた女性が、「レイプされていません」と言ったら、あなたはどう思うでしょうか? いや、男性が裏で脅していて、「レイプされた」と言えないんじゃないのか、と思うんじゃないでしょうか?
  • もしも、ある男性候補が週刊誌に、女性問題を書かれたら、あなたは、おそらくその人は「今まで生まれてから何度も、女性問題でトラブルを起こしているにちがいない」と思うのではないでしょうか? 一つあることは、何個でもある、と考えるなら。
  • もしもあなたが、ある男性候補が週刊誌に「女性問題」を書かれたのを知り、その男性を悪罵する言葉を幾つもネットに書き込んだとして、その後、さまざまな「証拠(実際に、その時間にそこにいたはずがないなど)」が分かり、間違いなく、その男性候補の無罪が分かったとして、あなたは、その男性候補に一体、なんの「謝罪」ができるのでしょうか? というか、謝罪なんてやるんでしょうか? どうせ、さまざまな「いいがかり」をつけて、それ以降も悪罵を投げ続けるんじゃないでしょうか?
  • もしも、ある独裁者と、その独裁者を止めようと立候補した人の二人の一騎打ちの選挙があったときに、その止めようとしている立候補者についての、どう読んでも、なんの証拠も書かれていない「女性問題」記事が週刊誌に載ったとして、あなたは独裁者に投票するでしょうか? あなたはこの二択を迫られたとき、どうしますか?
  • もしも、あなたがなんらかの女性問題なり、男性問題で「逮捕」されたとしましょう。もちろん、被害にあわれた相手の方は傷ついたことであろう。さて、「あなた」は傷ついたんじゃないんですか? 逮捕されているんですよ? つらいんじゃないんですか? じゃあ、その「つらさ」はいつになったら許されるんでしょうか? なにをしたら許されるんでしょうか? 一生差別されて、生きていても楽しいことがない、と思うんじゃないんですか? 加害者には「人権」はないんでしょうか? 性の問題は、被害者も加害者も「つらい」わけでしょう? そもそも、生きることが「つらい」わけです。生きることが「楽しい」なんて言っている人は、どうかしているわけです。
  • もしも、真実を知る神様の視点からは、その人がなんの「犯罪」も行っていないことが分かっていたとして、そういう人に、あなたが「罵詈雑言」を行ったら、それは「いじめ」じゃないんでしょうか? 鳥越さんは「いじめ」てもいいんでしょうか? もしも、鳥越さんを「いじめ」てもいいと言うのなら、あなたは、だれに対しても「いじめ」てもいいと言う人になるんじゃないでしょうか? 鳥越さんが今回の選挙で「公人」になるのだから、いくらやってもいいと言っている人は、公人にはプライバシーがないと言っているのでしょうか? 公人は人間として扱わなくていいと言いたいのでしょうか?

しかし、そうは言っても、次の問題はあるのではないか、と思っています。それは、なぜ野党共闘は鳥越さんを推薦することになったのか、という問題である。野党共闘は身辺調査をすれば、鳥越さんにこういった「都市伝説」があることは、すぐに分かったわけであろう。しかも、週刊新潮が以前に記事にしようとして、途中で断念している、ということも分かったわけであろう。
私は少なくとも、野党共闘の中に、そういった鳥越さんが立候補すれば、小池さんにとって「有利になる」と判断して、「あえて」鳥越さんOKを出した「隠れ小池さん応援団」が野党共闘の中にいたのだろう、と思っている。おそらく、鳥越さんはそういったもろもろのことを分かった上で立候補したのだとも。そのように考えたとき、おそらく、与党と野党は裏で「グル」だった、ということになる。彼らが考えていたのは、憲法改正を成功させる手段として、なんとしても、今回の東京都知事は、

の中心人物でなければならない、と考えた。そして、それを成立させるための条件として、鳥越さんは、小池さんの「ひきたて役」として選ばれた、ということなのではないか。鳥越さんが「淫行」を噂されればされるほど、小池さんは「輝く」。こういった「卑劣」な選挙戦に勝つためには、私たちがもう少しリテラシーを高めなければ無理なのだろう...。