伊東光晴「問題は英国ではなくEUだ」

凡庸なグローバリズム主義者であり、フラット革命主義者たちが、イギリスがEUを離脱するという国民投票の結果を受けて、

  • 大変なことになる

と「不安」を煽っていた光景は、こういった「ポストモダン」一派の

  • 歴史の流れを変えられない

といったような「運命」論的なイデオロギーが、そもそもどういった「需要」から主張されていたのかを考えさせられる。
ようするに、彼らが不安を「煽る」のは、それが日本における「在特会」のような、

  • 人種差別運動

の「拡大」を意味しているという意味で、そういった「極右」勢力の拡大に対して言っているわけだが、なぜか彼らは、イギリス国内の「資本家」と「労働者」の待遇差別の

  • 拡大

については、まったくと言っていいほど、関心を示さない(嗤。なんだろうね。ようするにどういうことかというと、彼らは「お金持ち」がどこまでもお金持ちになって、貧乏人がどこまでも貧乏人になることは

  • 当たり前

だと言っているわけで、さらに、そういった貧乏人たちが不満を訴え、なんらかの行動で改革を目指そうとすることを、まるで「ノイズ」ででもあるかのように無視している。
ようするに、彼らは「マルクス」が嫌いなのだ。マルクスを読まない哲学者であり、マルクス抜きの「ポストモダン」であり、つまりは彼らは「左翼」を全力で殴っていれば、なにかを言った気になっているとして、世の中で注目され耳目を集めてきた連中だということだ。

EU加盟が英国の貴族を潤しているといえば、意外と思う人が多いに違いない。両者を結ぶものは欧州農業指導保証基金(EAGGF)である。EU各国が、域内農業のために資金を拠出し、これを分け、自国の農業保護を行なっている。問題は英国に還付っされたものの配分である。
配分方式は国によって違う。英国ではそのほとんどが農地の広さを基準に配分されている。アメリカの小麦との競争のために耕作農民のために支給されているフランスや他のEU諸国とは違うのである。
英国の土地の三分の一が貴族によって所有されているといわれ、広大な土地を千数百人の貴族とそのファミリーが所有し農地とされている。その結果、EUの共通農業政策による農業振興資金の多くが、貴族の不労所得となっているのである。

おもしろいね。イギリスのEU離脱を「大変なことになる」と脅していた連中は、こういったことについてなぜか「憤らない」わけである。彼らの正義の義憤って、なにを源泉にしているんだろうね。よく分かんないわけよ。なんか急に怒りだすんだけど、なんでこいつは怒り始めたのかが誰にも分からない。普通の人が怒るようなことになにも反応しなくて、普通の人がどうでもいいことと思っていることに、烈火のごとく怒りだす。こういったKYに回りの人も、ほとほとあきれだす。
イギリスの、特に地方のブルーワーカーがEU離脱を牽引したのは、そんな難しい話じゃなくて、イギリスに多くの「外国人労働者」が殺到してきて、自分たちの福祉が脅かされている、と言いたかったわけであろう。そりゃあそうである。特にひどいのが、

  • EU圏内

からの大量の労働者がイギリスに殺到して、イギリス内の特に地方のブルーワーカーの仕事を奪っていたという現状があったわけであろう。
そもそもケインズにとっての「経済学」とは、どうやって国内の「雇用」を維持するのかが課題であったはずで、そもそも「経済学」にとって重要なのは、そういったナショナルな需要に対して、どのように答えるのかにあったはずなのだ。
ところが、マルクス嫌いで左翼嫌いのポストモダン馬鹿たちは、お金持ちがどんどんお金持ちになるのは「しょうがない」。貧乏人がどんどん貧乏人になるのは「しょうがない」。それじゃあ、民主主義で選挙をやれば、こうなるよね、と思うのだが、なぜか彼らはその「しょうがない」が

  • 問題

だということを思考停止する。しょうがなくないから、イギリスはEUを離脱するのであって、それ以上でもそれ以下でもないのだが、なんなんだろう、この話の通じなさは。まったく会話が成立しない。きっとなにかの既得権益グループの利権を守っているつもりにでもなっているのであろう。そうでもないと、よく分からない行動原理なわけでしょう。

強力な産業国家であるドイツは、経済力が劣るスペイン、イタリアなどと統一通貨圏をつくることによって、ユーロの平価は、ドイツが単独の国家である場合のマルクよりも、確実に通貨安になる。
産業国家ドイツにとって通貨安は、輸出競争力が強まることを意味する。これによってドイツはユーロ外の市場に対しても、ユーロ内の各国に対しても輸出をのばし、貿易黒字を実現していく。
これとは逆のことがスペインなどには生まれる。産業国家としては力が弱いスペインは、一国であったならば、弱い通貨圏をつくっているために、ユーロの為替水準が実力よりも高くなり、その分、競争力が劣ってしまう。
統一通貨----それは域内を移動する人にとっても、企業にとっても極めて便利である。だがそれは、域内の国々の間での経済格差を拡大する。ドイツ経済にとってプラス、スペインなどにはマイナスの力として働く。その結果が一方の経済の繁栄、他方の停滞、失業率の差となってくる。景気停滞国、高失業率の国は、たとえそれへの対策を打とうとしても、財政政策は、ユーロ圏の定めた基本政策がこれを許さないのである。その結果、高失業率の社会から、英国等への移民や出稼ぎに行く人が生まれるのである。この意味で、ユーロ圏は、経済的に欠陥っをかかえていると言ってよいだろう。かつてナチス・ドイツは武力によってヨーロッパ制覇を試みた。今ドイツは、その統一通貨という制度に乗って、ヨーロッパ制覇を行なっている。ユーロ圏の経済を動かしているのはドイツである。
どうしたならば、この欠陥を是正できるか。
ひとつの方策は統一通貨ユーロを守るのであれば、日本の交付税制度のように、ユーロ圏各国の財政を統一し、どこの地域であろうとも、一定の行政サービスが受けられるように後進地域に交付金を支給することである。今のように各国のGDPにくらべてわずかなEUの財政規模を大きくしなければならない。文字どおりの政治統合を進め、それによる地域間再分配の導入をはかるのである。
だが、このような政策を押し進めると、ドイツから多額の国際交付金が他国に交付されることになる。ドイツがこれを受け入れるかは疑問である。交渉基準をつくるためにも、域内の社会と政治があまりにも違いすぎる。ドイツ、フランスは福祉社会である。ポルトガルギリシャ、スペインとは伝統も社会も違う。それゆえに、相互補助は農業の分野に限られているのが現状である。
第二の改革の道は、ユーロを廃し、各国通貨を復活し、為替水準の変動調節によって、国家間のアンバランスを正す道である。マルクは値上げし、リラ、ペソ等は値下げである、同時に、各国政府に課している財政規律を緩め、伸縮的財政政策、景気対策を行なうことができるようにする。国内も対外的にもケインズ的経済政策である。
英国がユーロ圏に入らず、完全雇用を続けているのは、為替と財政の自由を手にしており、賢明だったといってよい。
第三の道は、ユーロ圏は当初のシェンゲン協定国であるドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの五カ国にとどめ、イタリア、スペイン、ポルトガルは、これとは別の統一通貨を採用するなど、経済力が近接している国々の間での複数通貨制にユーロを改めることであろう。
第一の道は、実現が難かしい。第二はユーロの敗北であり、とりうるかもしれないのはこの複数ユーロ制なのかもしれない。

上記の引用で興味深いのは、掲題の著者がイギリスのEU離脱は「賢明」だったと言っていることであるわけであろう。どう考えても、ユーロ圏内のほとんどの周辺的な国々で、大量の失業者が発生していて、それらがこそっと、ドイツやイギリスに流入してきて、それぞれの国のブルーワーカーの仕事を奪って、また同じレベルの福祉を享受するとするなら福祉制度の維持が難しいことは自明なわけだ。
そういった「分かりきっている」ことを前にして、いや、イギリスのEU離脱なんて考えられない。だってそんなことをしたら、イギリスの極右勢力を利することになるだろって、まさに日本における「左翼嫌い」たちの

  • そんなことをしたらサヨクを利することになる

とまったく同じわけだ。まったくなんの意味もない。完全なプロレスだよね。党派的に振る舞っているだけで、ようするに、立場主義なのだ。
上記の引用での大事なポイントは、第二なわけで、ようするに、EUはもう一度「分離」を始めようとしている。それは、なんらかの「利権」をEUの維持によって実現させようとしている「利害当事者」たちの利己的な行動が、あまりに

  • KY

だから、もはや大衆がついてこれないのだ。私は上記の引用を見るにつけて、この三つの道はどれもが実現していくと思っている。それらを組み合わせて、さまざまな「答え」が実現していく。なぜなら、一つだけ分かっていることは

  • 今のままでは、どう考えても無理筋だ

ということだけは、大まかな合意ができてきている、と思われるからだ。もともと「無理」な改革は、そういった「ルール制定者」の利害損得に動かされた強引なルールの押しつけによって、より差別的な制度となるのであって、高邁な理念は、エリートの「鈍感さ」によって、細部が腐敗していく。そういう意味で、高邁な理念は、細部の「悪」を隠してしまう。そうであるなら、

  • いったんの解体

は、既得権益集団を一時的に排除するという意味においても、むしろ「健全」だとも言えるのだ...。

世界 2017年 01 月号 [雑誌]

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