矢部武『日本より幸せなアメリカの下流老人』

結局のところ、どのような「正義」が今、求められているのだろうか?
例えば、ブレクジットにしても、多くの「移民」がイギリスを目指してやってくる。特に、EUのイギリスに比べて相対的に貧しい国々、東欧のような国々からイギリスで働くことを求めて、大量に移民してくる。といっても、イギリスはEUなのだから、国境がない。パスポートもなく、イギリスに入れる、ということなのだろう。
これと同様に、アフリカの5億人の絶対的貧困層が、みんなで「約束の地」イギリスを目指そうとしたら、どうなるだろう? 新自由主義の「原則」を考えるなら、だれもが自由に国籍を変えらえるべきだ、どこにでも住む場所を移動できるべきだ、となるわけで、もちろん、アメリカはその理念によって建国してきた。
よく言われているように、イギリスは分厚い福祉を国民に行っている。この保険を受けられるだけでも、イギリス人になることは、大くの利益が世界中の人にはある。
同じことが日本やアメリカにも言えるであろう。日本の医療保険は、決定的に「国民」にとって有利な制度で、そう考えると異国人には次のような「医療錬金術」が考えられる。

  • 難病にかかっていたことが判明。
  • 自国の医療制度で治療を受ければ、破産に至るくらいの医療費が必要なことが判明。
  • 日本に「移民」をする。日本の保険制度を利用することで、破産をまぬがれる。
  • 病気さえ治ってしまえば、こんな国は用済みなので、産まれた国に再度「移民」をする。

これは、一種の「タックスヘイブン」になっていることが分かるであろう。
もしも世界中の貧しい人々を、先進国に「移民」させて、彼らに「医療保険」や「生活保護」を受けさせれば、原理的には、この世界に「絶対的貧困層」はいなくなる、という計算になるが、そんなことは現実的だろうか? 多くの人がこんなことは現実的でないと思うのは、自分がその国に産まれてからずっと「税金」を払ってきて、そのお金がそういった医療や生活保護に使われているという意識があるからで、払われた税金より多くの人々が、たんに

  • その国の福祉が優秀だ

からという理由で「殺到」されては、原資が尽きてしまうし、自らが受けるはずだった「保険」の額が相対的に小さくなるのではないか、と心配しているのであろう。
上記の指摘は、私にはいわゆる「功利主義」の宿痾を意味しているように思われる。功利主義は人々に「合理的」な行動を要求する。しかしもしそれが合理的ならば、貧しい国の人は福祉の充実した国に移民を目指すし、お金持ちはタックスヘイブンを利用する。こういったことは「合理的」とはなにかを意味していたのであって、もしもこういった行動が「合理的」ではないというなら、じゃあ、どうすればよかったのか、ということになるであろう。
あまり日本では知られていないが、アメリカの下流老人には、日本と比べてもかなり充実した「生活保護」が用意されている。

実は、一般に低福祉で「貧困大国」とされる米国にも下流老人は多いが、日本のような悲惨な状況にはなっていない。なぜなのか。
下流に転落してもそれなりに「セーヒティーネット」が整っているからである。本書の第一章で詳しく述べるが、収入・資産が貧困基準以下の高齢者は誰でも最低限の生活費を保障する「補足的保障所得」(SSI)を需給できる。他にも食料クーポン「フードスタンプ」(SNAP)、家賃補助・低所得者向け公的医療扶助「メディケイド」など幅広い支援が受けられる。

これだけ聞くと、アメリカは日本のように冷たくなくて、優しいなと思うわけだが、次のような決定的な問題を抱えている。

サンフランシスコで日本食レストランを経営していた60代後半の大仙は数年前、店を閉めて妻と一緒に日本へ帰国した。公的介護保険国民皆保険のない米国で悲惨な老後を遅りたくないと考えたからだ。
男性は以前、日本へ里帰りした時、盲腸で入院し、手術を受けた。治療費を50万円か100万円くらい請求されるかと思ったら、たったの3万円で済んだ。40年近く米国に済んでいて日本の健康保険には加入していなかったが、担当医師が便宜をはかってくれたのだという。彼はそれ以来、日本と米国の医療・介護事情の違いについていろいろ考えさせられた。そして、すでに独立している息子や娘と離れ、日本で妻と一緒に老後を送ることに決めた。
私も米国滞在中に病気になると、日本の皆保険の良さを痛感させられる。ちょっと風邪をひいて熱を出したくらいでも、医者へ行くと診察代と薬代で500 ~ 600ドルくらいかかってしまう。日本なら1500 ~ 2000円くらいで済むのに、である。
日本の皆保険は文句のつけようもないくらい素晴らしい制度だと思う。

ようするに、どういうことか? アメリカがなぜ医療保険の完備化を実現できていないのかを考えると、そこに「移民」の問題があるように思われる。アメリカの医療制度は、ちょっと重い病気になると簡単に人々を「破産」に追い込む。しかし、破産になることが、本当に「悲惨」なことなのかは難しい。つまり、アメリカは人々をいったん

にまで落とすことによって、人々に「均等」な扱いを保証する。つまり、人々はある意味において、「共産主義」社会を生きるのである。しかし、なぜこのような制度になっているのか? それは、上記の「医療錬金術=税金錬金術」に関係している。世界中の人々がアメリカに移民を目指すのは、アメリカに行けば、

  • なんでも無料(ただ)

になるからだ。つまり、もしも医療という「破産要素」がなければ、世界中の合理的な「功利主義者」がアメリカに住むことを目指さない理由がなくなる。つまり、世界中の人々がアメリカになんとかして「移住」しようとする合理的な理由を与えてしまうわけである。
同じことは日本にも言える。もしも、日本の生活保護が充実しすぎると、世界中の人々が日本になんとかして「移住」しようとする合理的な理由を与えてしまう。国民国家の福祉ユートピア化は、必然的に

を自国に引き寄せてしまう。みんなが「夢の国」に住みたいと思い、移住を目指してしまう。
ここにおける「差異」が、具体的には何を意味していたのかを考えるとき、私は「左翼」と「リベラル」という言葉の差異について考えざるをえない。リベラルとは「自由」の意味だが、この場合、「福祉」を必須とはしない。というか、「セーフティーネット」としての福祉にはリベラルは賛成なのだが、左翼が言うような「所得の平等」を軽蔑する。ようするに、リベラルの言う「ユートピア」は次の「階層」に分割する

セーフティーネットとは日本で言えば「生活保護」のことである。日本において、生活保護需給者の子どもは大学進学を認められていない。つまり、

  • その程度の生活水準

を意味している。リベラルは国民を「罠」にかけて、ことごとくを「セーフティーネット」の中に落とす。そして、

を目指す。リベラルにとって「貧乏」だから、最低限の福祉が「共感」の原理によって認められるが、それは「99%」の国民を意味するのだ。

多くの日本人は、健康状態にかかわらず国保や社保の保険料を一生支払い続けなければいけない。治療目的で来日して国保に加入し、支払った保険料を大きく超えるような医療サービスを受けるというのは、公正とはいえない。
ちなみにWさんのビザ申請は「業者任せなのでわからない」と言う。どういうわけか。中国人ジャーナリストの周来友氏が明かす。
「経営・管理ビザは、資本金500万円以上の会社を設立し、その代表取締役になる場合に申請できる在留資格で、まず1年間滞在することができる。500万円の"見せ金"を用意できれば、割と簡単に発給されるため、日本でマンションを爆買いして移住する中国人にも人気のビザです。ビザ申請のためのペーパーカンパニーまで用意してくれる行政書士もいる」
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20161209/Spa_20161209_01246002.html

2012年の法改正によって、在日外国人は国民健康保険に入ることが義務づけられることになった。ということは、海外で難病の治療費の高騰で、破産の危機に苦しんでいる「お金持ち」は、

  • 500万円

の「見せ金」さえあれば、一年の日本の滞在は勝ちとれるのだから、国民健康保険の3ヶ月滞在の条件を満たし、日本の

  • 高額療養費制度

で、どんなにお金のかかる難病でも、一定の上限以上のお金を払わなくてすむという

が完成するw どうも私たち日本人は「海外のお金持ち」が高額な医療費のかかる「難病」をわずらった「治療費」を稼ぐために日々働いていたようであるわけである。
結局、世の中は「お金持ち」たちが生きるには便利にできているようである。なぜ日本の医療制度は上記のような、「お金持ち」外国人の優遇制度になっているのだろうか。おそらく、お金持ちたちはそれだけ日本に

  • 還元

してくれる、という考えが、おそらく国家にはあるのだろう。つまり、お金持ちたちは「特別」なわけである。というか、この日本の貧乏人たちは「世界」の「お金持ち」たちのために働かされているのであって、おそらくは、そういった「お金持ち独裁」の延長にこのシステムもあるのであろう...。

日本より幸せな アメリカの下流老人 (朝日新書)

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