AIへの嫌悪

私は近年の、AI

的な世間の雰囲気が我慢ならない。コンピュータが発達すれば

  • 薔薇色の未来

が待っている? なんで今、その薔薇色の未来が実現できていないのに、コンピュータが「やってくれる」と思えるの?
AIの発展によって何が起きるか?

しかし、あるときロコ(Roko)という名前のユーザーが「LessWrong」に投稿したひとつの奇想をきっかけに、ユドコウスキーのユートピア的未来像は一転して黙示録的なコズミック・ホラーに転化する。以下の「ロコのバジリスク」については拙著『ダークウェブ・アンダーグラウンド』でも取り上げたので簡潔に記すが、要するにAIが人類にとって必ずしも友好とは限らない----むしろAIが自身の利害を合理的に追求した結果、人類にとって耐えがたい悪夢が現出するのではないか、という一種の思考実験である。すなわち、現在AIの発展に寄与しない人間は、シンギュラリティ以後のとある未来において、マシンにアップロードされた自身のコピーが半永久的に拷問されるのではないか。
(木澤佐憲志『ニック・ランドと新反動主義』)
ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想 (星海社新書)

機械が私たちを幸せにしてくれる(こういった発想は、「成長が私たちを幸せにしてくれる」とうそぶくリフレ派の無邪気さにも現れている)と考える連中は、どこか

  • 国家独裁

にロマンチックな「期待」を抱いている。自民党がきっと自分を幸せにしてくれる。国家がきっと自分を幸せにしてくれる。そう考えるから、国家に批判的な主張を行う左派野党を毛嫌いする。なんで、国家が自分を幸せにしようとしてくれているのに「邪魔」をするのか、と。
機械は私たちを幸せになんかしてくれない。というか、何かが自分を幸せにしてくれると考えることの方が傲慢なのだ。人間と

  • 同じ

何かを作ることに血まなこになった現代人は、

  • 永遠

に自分を「いじめ」続ける、「虐待」し続ける、「殺」し続ける

  • バケモノ

を作ることになってしまうわけで、そのことは、別に、フランケンシュタインの頃から変わっていないのだ。