浅野いにお『ソラニン』

サッカーとは、集団のスポーツである。それは、どういうことか。いずれにしろ、ある集団が、目的を達成するために、一つの行動をとることが、このスポーツだからだ。
しかし、集団行動とはなんなのか。その定義は、言ってみれば、「ない」。あるのは、実践、だけ。集団行動をやっていると思って、行動している、プレーヤーがいるだけだ。
しかし、そこには、間違いなく、一つのものが存在する。それが、共同幻想、だ。「集団でやった」。そう思っている、個人の中には、見事なまでに一致した、その共同幻想が、たたきこまれる。
これをもっと客観的な成果を形にするのが、音楽のバンドであろう。プレーヤーたちは、その音源によって、ひとつのモノをものする。もっと言えば、ライブでの会場の観客を含めた、一つの集団行動による、成果とみることもできる。
一つ関係ないかもしれないが、例えば、伊藤仁斎の、朱子学批判は、徹底した、人間主義、と言われる。孔子回帰、とも言われる。しかし、それよりもなによりも、その当時の、京都の、商人的な、家訓文化、につながるものを思わせる。当時の、イエを単位としたこの商人の行動原理は、徹底した、集団主義だ。ミンナが、共同して、心を一つにして、呼吸を合わせて、やっていかねば、商売は、容易に成功しない。そのために必要なことは、相手のことを常に気付かい、心配し合う、その精神だ。困ったときは、助け合う。その心付けに、上司も部下もない。戦友だ。みんなその立場で、そのオートノミーに生きる。たしかに、孔子回帰もそうなのだが、仁斎学には、そういう、日本的な、集団主義を、全肯定しているような、印象がある。
何を言ってるのか、と思われるかもしれない。もしかしたら、こういう甘っちょろい風景は、島国根性の、激アマカレーなのかもしれない。大陸は、完全な個人主義と、家族主義と、同族主義(同じ名字)、だいたい、これですんじまう。しかし、いーじゃねえか。コロンブスが世界一周したことで、この地球は「有限」になっちゃったんだ(しかし、だれかが言ってたが、丸いということは衝撃だ。それは、もう一つの「無限」だからだ)。もう、この地球が、島なんだから、島国根性、多いにけっこう。ばかにするなら、ご勝手に。
言いたかったのは、日本人にとって、こういう、バンド的なものは、もともと、相性のいいものなのじゃないか、ということです。
掲題のマンガでは、主人公の芽衣子は、彼氏のバンドでボーカルをやってた種田の死によって、彼女がそのバンドのボーカルとして、活動をすることになる。
このマンガは、主人公の芽衣子がOLを二年で辞めるところから始まる、いわば、ここから、何かが動きだした、という捉え方なのだ。
芽衣子は、一見、悩んでいるようであったが、それが、種田の死によって、どうなったのか。一体、その悩みとは、なんの価値のものだったのか。マンガはそのことを語らない。語らないが、彼女は、心の中のその非連続性を、もてあまし、てなづけることが、いつまでも、いつまでも、できない(前に書いた、青っぽい言葉を使えば、ナイフ世代だ。すみません。ゼロ世代です。無限世代)。
じゃあ、このマンガの中で、その答えは、みつかったのだろうか。しかし、気になる場面は、何度もみられる。それは、彼ら自身のルーツを示唆させる場面だ。芽衣子や、種田の、親が、二人の前にあらわれ、話すとき、彼らは、自分たちが一体、どういうルートをたどって、この世に生を受けることになったのかを、いやでも、考えさせられる。
私がこのブログを書けるな、と思った最初のきっかけは、荘子でした。荘子を読んでいて、やれるかなと思った。荘子は、最初の方で、人間にとっての、匿名性の重要さ、を主張しています。自らの、アイデンティティ(実名や顔写真)をさらして行動することは、直接多くの人との関係に入っていくことであり、ストレスです。荘子はどこか不思議な本ですね。非常に、文法的な記述が多い。いわば、諸子百家の進化の究極の形態なんですよね。
しかし、これを逆に言えば、芽衣子のライブデビューは、一つの、アイデンティティ、であった。芽衣子がもし、これからも生きうるならそれは、彼女の、アイデンティティ、と関係していくのだろう。彼女は、こういう人前に出る存在では、生まれてから一度もなかった。もしかしたら、これからも、ないのかもしれないが。
あと楽器はいいね。ちゃんと、「答え」を返してくれる。楽器は、人間が太古の昔から作ってきた、ちゃんとした、機械であり、人間の叡智の結晶なのだ。どれだけ多くの人が、太古からのこの人間の演奏を聞き、なにかを感じてきたか。そこには、間違いなく、「生活」があった。その太古からの多くの人たちの隣りには、いつも、ずっと、ずっと、音楽があったのだ。そのあまりにも無限の多くの人たちの蓄積、生き証人が、今の楽器。どうしてこれを、この演奏を、前にして、なにも感じずにいられようか。

ソラニン 1 (ヤングサンデーコミックス)

ソラニン 1 (ヤングサンデーコミックス)