西尾維新『傷物語』

うーん。
これは、間違いなく、西尾さんの、「最高傑作」、だろう。
私はこれを読んでいて、昔、読んだ、

ある日どこかで (創元推理文庫)

ある日どこかで (創元推理文庫)

を思い出した。確かに、この小説は、吸血鬼の話であり、そういう意味では、SFとか、ファンタジーなのだろう。しかし、こうは考えられないだろうか。主人公の、阿良々木は、あの、春休みの初日まで、「普通」の高校生、だったのである。あの、学校が終わり、明日から、春休みになるのに、家に帰りづらく、学校を一周しているとき、たまたま、「羽川翼」。前から歩いてくる、クラス違いであったが、桁違いの優等生で噂は知っていた、彼女、とすれ違う。
その瞬間。
その瞬間に、閃光のように、走馬灯のように、主人公、阿良々木、の頭の中で、勝手に、ずっと、ふくらませた、「妄想」、だと考えられないだろうか。つまり、すべて妄想、だと。
ちょっと、ねくら、で、友達もいない、そのわりに、自意識の過剰な、高校生男子など、まったく、めずらしくない。羽川翼、のような、「完璧」な女性が、相手にしてくれるわけがないのだ。
その一瞬。
そこから、なにも変わっていないのだ。気づけば、羽川、とすれちがった、道で、ぼーっとつっ立っている、自分に気付く。
この小説のおもしろさは、前回の、「化物語」との関係にも、その一つがある。我々は、すでに、羽川翼、がどういう女性かを知っている。しかし、この知っている、という自分の認識を、作者は、どうしたいのだろう。非常に、両義的な、描き方をしている。たしかに、今回の作品では、その不思議さの説明を「放棄」している。むしろ、これ以上ないくらいに徹底して、「謎」の女性、として描かれる。そのことを、どう考えればいいのだろう。
よく読むと、前巻と、今回には、ある種の、断絶、が感じられる。まったく、雰囲気が違うし、別個に構想が練られたか、むしろ、前巻の執筆を始めた頃には、かなり明確に、「別個に」構想されていた、今回の、イメージが、独立して、すでにあったのではないだろうか。それくらい、今回のストーリーは、クリア、なのだ。
この作品の、真におもしろい、コアな部分、その「可能性の中心」とはなんだろう。もちろん、羽川という、超天才同級生、の、「優等生」でありながら、恐しいまでの、推理力、と主人公の、頭脳の凡庸さ、のかけあいこそ、ミステリ出自の作者の、新境地であることは、間違いない。
しかし、この作品は、そういう、カテゴリー分類とは、別に、特別なのだ。
この作品を、なんとも、奇妙な、存在感にしているのが、なにをおいても、羽川翼、であろう。
彼女は、たんに謎なのではない。
彼女は、「強い」、のである。
その彼女の精神的な強さ、は、この作品を読むものに、なんとも言えない、強烈な印象を、残さずにはいられない。

ああ、と。
僕はこのとき----初めて。
ようやく、羽川に出会ったような気がした。すれ違わず----正面から、会った。
そう。こいつは、いい奴だけど----それだけじゃない。
強い奴なのだ。
僕なんかとは----比べ物にならないくらい。
「......酷いこと言って、ごめんなさい」
僕は----できる限りの前屈で、頭を下げた。
羽川はスカートをまくったままの姿勢だったが、勿論、その中身をよく見たかったから頭を下げたわけではない。
謝るためだった。
そして、お願いするためだった。
「僕と友達になってください」

(ここにも、「礼」なんですね。人間社会における、礼、の位置というのは、いろいろ考えさせられますね)。
優等生。
この言葉ほど、矛盾に満ちたものはない。学級委員長、などと言うものは、今、考えれば、なにかの冗談にしか思えない。
成績優秀、にしてもそうだ。中学、高校時代、の、さまざまな、「暗記問題」。あんなものを覚えようとしていること自体、どこか「狂っている」だろう。
あらゆることがそうだ。
理解することに意味があるとしても、暗記、することに、なにか意味などあるわけないだろう。たんに、学校のテストの点をすこし上げるだけ。こんなことを、いつまでも、やっているうちに、この「無意味」な修行に、人生の意味を失い、狂気に入っていくのであろう。
そういうもろもろ、を超えて。彼女の「強さ」に、多くのことを考えさせられる。そういうことなのだろう。

傷物語 (講談社BOX)

傷物語 (講談社BOX)