米澤有恒『カントの凾』

なぜ、芸術は芸術なのか。
この質問の意味がわからない人は、こういうふうに問い直してもいい。
いつから、芸術は芸術なのか。
まだ、わからない人は、???
つまり、そもそも、芸術とはなにについて言っているのか、である。
(卑近な例で言えば、飛鳥時代の仏教建築や、仏舎利の壷は、別に、芸術ではない。それぞれの祭事で、必要だから存在するわけだし、それぞれのそのありようには、意味がある。こういうものを芸術と呼ぶのは、正しくないのでは、と思うなら、ちょっと質問の意味を理解されてきている。)
それは、他の学問についても、ある程度は言えるように思える。なぜ、それらは分かれているのか。いや、分かれていることがどうこうというより、なぜ「そのように」分かれていることに、だれもが普通に受け入れているのか。
なんのことだろうと思うだろうか。
中世ヨーロッパや、中国文明において、神(や天)を無視して、あらゆる事実について主張することは、絶望的であった。大事なことは、そのことが、各個人を、その文明における、社会的地位を意味していた、ことと言えるのではないかと思う。つまり、神(や天)に基いて、発言できるから、その社会的地位が保障されるのであり、そこから逸脱することは、この政治の舞台から、引きずり下ろされることを意味していた。
すべて、神(や天)、に基いての議論であるから、なにほどかが言える。しかし、そのことは、もっと言えば、神(や天)を中心に行われている、各個人の社会的ステータスを争う、政治的な言語ゲーム、であることを意味している。
もう、こうなると、学問分野とは、なんの話か、となる。学問、専門、そう言ってみたところで、それは、「その社会での、政治ポスト争い、の一つのツール」にすぎない、となる。
もちろん、現代社会においても、こういった傾向が、別にないわけではない。幼稚な学者は、学問(政治)など、すべて派閥争いだと豪語する。なにが正しいか、など、なんとでも言いつくろってみせる(まあ、弁論術)。
もちろん、そういった面を否定するわけではないのだが、そのことは別にしても、あきらかに、現代社会においては、ちょっと状況が違ってきているようだ。「なぜか人々は、さまざまな分野が分かれていることに、なんの不思議さ、痛痒も感じていない」。
こういった問題について、一つのパースペクティブの変更を強いた議論とされているものに、カント哲学(あるいは、そのハイデガーによる解釈)がある。
カント以前以後問題
ですね。カント以後は、もう、カントのフレームでやるかやらないか、の選択を迫られる。そして、近代のほぼ「全て」のフレームは、意識的であれ、無意識であれ、カントのフレームでやってる。だけど、もう誰も、それがカントの敷いたレールだということを、わざわざ、言及しない。
そのことを、彼自身は、『純粋理性批判』の最初で、コペルニクス的、と言う。

カントのいわゆる「コペルニクス的転回」は、畢竟するに、神の本質の方から人間の本質を決定しようとするのか、逆に、人間の本質の方から神の本質を標榜するのか、別言すれば、創造者の側から被造物の意味を規定するのか、被造物の側から創造者の意味を考察するのか、という哲学的なパラダイムの変換だった。それによって初めて、精神性に対する物質性、人間に即していえば身体とか感性の意味を問題にしなければならなくなる。旧来のパラダイムに則るかぎり、物質性や身体性は人間の堕落の要因でしかなく、殊更に哲学的議論の俎上に上せるべき話題ではなかった。

それまでの、人間社会は、唯一神がどういうものかの「政治的な」合意をもとに、社交的イス取りゲームを競い合う、そういう言語ゲームであった。そこから何かが変わったというのだが...。
いずれにしろ、なぜ、コペルニクス、なのであろう。
コペルニクスといえば、トマス・クーンの「コペルニクス革命」という本であろう。これについては前にも書いたが、実に、なんとも、よく分からない感じの本であった。
コペルニクスは、たしかに、天体の運動の数学的定式化を行ったが、それは、それ以前の計算方法より、明らかに、精度がよさそうとは言えたが、彼自身がこのことが、天動説を捨て地動説を選ばなければならないなど、少しも思っていなかったのでは、というくらいに、控え目な主張であった。気になるのは、ここで、コペルニクスの数学的定式化とそれ以前のそれとを比較するときに、「多少精度が良さそうだ」という点のみが、前者がそれ以降(比較的)使われるようになった理由でしかなく、実際にそこにしか関心がもたれなかったことなのである。
この、比喩の肝は、どこにあるんでしょう(後述)。
私は、『純粋理性批判』のどこが興味深いか、ということで考えていくと、一つの「分断」なんじゃないかと思う。カントは、自信まんまんに、それは
切れている
と言う。つながっていなんだ、と。

人間は有限な存在である。もとより有限とは、肉体と精神を持たざるをえず、而してプラトンがいうように、不死への「エロス」を存在の動力としなければならぬ存在者の謂いである。有限なるがゆえに、人間の経験には二つの成分が不可欠となる。すなわち「感性 Sinnlichkeit」と「悟性 Verstand」、直観と思惟である。人間は直観によって対象と無媒介的に接触し、思惟によって直観を規定する。思惟は直観に依拠せざるをえないが、直観は思惟によって規定されねばならない。だが、直観と思惟とは元々、「別種の ungleichartig」ア・プリオリの能力である。互いに種別的に異なるものの間には、依拠とか規定などという関係は成立しえない。互いに異種的である二つの能力を繋ぎ合わせる第三のものが必要である。別種の能力を結合させることを、カントは「総合 Synthese」と呼び、それを「構想力 Einbildungskraft」の機能に帰したのであった。これで分かるように、構想力は一方で「直観」と「同種的 gleichartig」であり、他方で「思惟」と同種的であるという、一種奇妙な両性具有的性格を持つ訳である。構想力のこの特徴は、「図式」という機能において、端的に伺われるのである。

(いったん、構想力についておいておくと)まず、感性と悟性(直観と思惟)の分断があるんだ、と言い切っちゃうことなのでしょう。こういうことって、なかなか難しい。いや、最も難しいと言えるのかもしれない。それとこれには、なんの関係もないんだ、と言うこと。もし、そういう関係を世の中から一つ見つけられたら、それ一つ一つが、大発見なのかもしれない。
「感覚と概念は、別のもの」。確かに、私たちは、なにかを触って熱い、と感じることと、「ヤカンは熱い」という事実について、いろいろ思いを巡らせることとには、どこか、ある「隔絶」があるように思う。
そういった場合、今までの「人類」は、こう考えてきた。それは、間になんらかの神の力が作用しているから、こうなっているのだろう。じゃあ、その神の「意図」とは、どういったものであったのだろう。
これは、別に、中国であろうと同じである。天はお示しあそばれた。我それに従うまで。
しかし、カントは奇妙なことを言う。神がどうであるかは、私がここで話したいことではない。私が問題にしたいのは、人間の理性というものは、どれほどのことまでできて、どれほどのこと以上のことはできないか、この問題にどこまで迫れるのであろう、に尽きる。
お分かりですね。古代ギリシア・ローマ(アリストテレスの理性)とユダヤ・キリスト(聖書の信仰)の、関係の問題を、再度「前景化」させている、ということなのです。
つまり、その戦略は巧妙です。中世暗黒時代を通して、ひたすら問われていたことは、神の信仰の中にどうやったら、アリストテレスの居場所を確保できるか、でした。よって、ここにおいては、問題は、どうして神がいるのに、人間には理性が存在できるのか、その関係を示せ、ということでした。それによって、アリストテレスは、聖書の後陣を拝する存在として、聖書の主張を「補強」するものとして、許されたわけです。
カントの関心がどこまでも、アリストテレス哲学(「自然学」から「形而上学」へ)の延長にあったことは、ハイデガーの解釈でしたが、真善美も、判断力批判における、それぞれの能力(快不快、崇高、など)の問題として整理されるわけですが、いずれにしろ、上記の形の「分断」が、決定的なんでしょうね。
それは、数学における、形式化との対応で考えてみても、それほど間違ってはいない。カントール集合論は、数学という「プラトン的な意味での数という実体」について議論しているつもりであったから、最初のエレメントとはなんなのかは、「問うまでもなく自明」として、議論を始められた。しかし、ユークリッド幾何学、ではない、非ユークリッド幾何学、を考察するとは、何を意味しているのか。おい、どっちがこの世界なんだよ。偽物を議論して、どうするんだよ。
つまり、モデル。それぞれの議論そのものに、実体がどうのこうのは、「意味はない」。あるのは、そのモデルを何に適用するか、である。その幾何学を、たとえば、ある球面上に限定した「二次元幾何学」と考えれば、平行線が交わる幾何学ありじゃねーか。つまり、その議論は、モデルになっている。つまり、形式体系は、それ自身の内部で「どこまでのことが言えるのか」だけが、議論される意味がある、と考えられるべきで、その形式体系が、どういった「モデル」に適用できるか、はまったく別の話なのだ、と。
コペルニクスが、自らの、形式体系の「比較的な」有用性を、ひかえめに本の最後に、メモしたそれは、別に、みんなが便利だと感じれば、普及したわけで、そこになにか、理由が必要なわけでもない、人間の活動なんてその程度だし、それで十分ってわけですね。
こうやって、学問の分野は、どこまでも、細分化が「可能になっていく」。そして、そういったものを学問と呼ぶことに、だれも、不思議と思わなくなる。
このカントの枠組み(不可知論)は、基本的に成功していると言っていいはずだ。なぜなら、こうやって、現代科学の発展をもたらし、人類は、実際に、こうやって文明の極みを謳歌している。
しかし、ときどき、そうかな、とも思わなくはない。そんなに、カントの枠組みは、人々にとって「分かりやすいものなのか」。

カントによると、「超越論的仮象」とは次のことである、人間的理性は「経験」のための主観的原則を、不知不識のうちに客観的原則へと摩り替えてしまう、換言すれば、主観に属する条件を、当然のように客観的条件と信じ込んでしまう。ここに生じる避け難い錯覚、それが超越論的仮象である。例えば、理性の原理の下で悟性が概念を結合していく------ synthesis intekkectuakis によって------。こうして人間の経験が拡大する。概念の結合という、経験のための主観的必然性、すなわち「世界」そのものに内在する必然性と見なされてしまう。内在的必然性と超越的必然性との混同である。考えてみれば、創造主ならぬ人間に、客観の実在の必然性を知る術はない。だから人間的コギトにおいて、客観に係る事柄は、主観を媒介にし、その相関者として間接的に扱われる他はないのである。「反省」してみれば確かにその通りだが、人間の「直接的な経験」とそれへの「反省」とでは、経験の次元が違う。超越論的仮象は直接的経験の次元で生じているのである。
主観的内在的な必然性と客観的超越的な必然性、認識の原則を「物自体」の必然性と信じないことには、人間の経験はその都度一回かぎりの刹那的なものを過ぎず、個々の経験の間に脈絡もないことになってしまうだろう。アリストテレスが『形而上学』の冒頭に述べている通り、それでは、到底、人間の経験とはいえない。人間の経験が経験として成立している、そのことの根底に、ア・プリオリに右のような錯覚が潜んでいる。錯覚が「超越論的 transzendental」といわれている道理である。

うーん。私には、これが、うまくいっているのか、どうなのか、よく分からない。なんか、けむにまかれているような気もしてくる。そして、実際に、さまざまな、人類が今、抱えているアポリアが、どうして、このカントの引いた枠組み「のゆえに」引き起こされていないと言えるだろうか。
ただ、一つだけ言えることは、カント以降、さまざまに決定的な、それぞれの分野で、おもしろい仕事をした人々のそれ(ヴィトゲンシュタインカール・シュミット、などなど)。その彼らが、実際に、カント哲学からのそれから考え始めていること、なのだろう。

カントの凾

カントの凾