入江君人『神さまのいない日曜日』

このファンタジックな世界は、つい、何十年か前において、ほぼ現代と同じような生活を人間がしていたことを匂わす記述がある。
では、なぜ、このような絶望の世界になったのか。
十五年前、突然、神はこの世界に現れる。そして、神はただ、人間が

  • 失敗

だったと言い残して、人間を終わらせる。つまり、その時から人類に子供が産まれなくなる。ところが、その代わりに、人は死んでも「死者」、つまり、ゾンビとして、生き続けるようになる。
しかし、ある日。そういった「死者」たちを本当の意味で、「永遠の死」を与えることができる存在として、神によって「墓守」と呼ばれる人たちが遣わされる。つまり、彼ら「墓守」に埋葬された死者には、永遠の死が訪れるようになる。
では、なぜ、こんな奇妙な世界に変わったのか。

「神って奴はおそらく馬鹿だ」
「神をも恐れぬとは、あなたのためにある言葉ですね」
「聞けって、多分だけどあいつどうでもよくなっちまったんだよ。きちんとし物理法則とかエネルギーの総量とか、そういうの。まあ気持ちは分からないでもない。前の世界はそりゃ確かに矛盾のないきちっとしたもんだったけれど。同時にずいぶんとおもしろみもなかったからな。ちょっとはっちゃけちゃったのも仕方ない話だ。理解してやらんと」
「なんで上から目線なんですか」
「だからあいつは、最後くらい、人の願いを叶えてやろうと思ったのさ」
どさりと、ハンプニーは寝床に戻った。
「......意味がわかんないですよ」
「人がもう産まれなくなったってのはよくわからんけれど。人が死ななくなったのは。------死にたくないってのは人類の願いだろ。やり方は適当極まるが一応それは叶えられた。......それからしばらくしてやっぱり死にたいという願いが生まれた。だから墓守が遣わされた。------とんでもない回り道だけれど。あいつは多分、本気で人の願いを叶えているつもりなんだぜ......」
「えー」
「言ったろ、持論だって。でもなアイ。俺は------」
ハンプニーは十七歳の顔に三十二歳の笑みを浮かべて言った。
「そうとしか思えない。本当にたくさんの奇跡を見てきたよ」

上記で、ハンプニーハンバートの話を聞いているのが、この作品の主人公である12歳のアイである。7歳の頃、母親が死んでから、死者の村で育てられた彼女は、回りから、彼女が「墓守」であると言い聞かされ、彼女も自分が墓守であると思って育った。
ところが、ある日、ハンプニーが現れ、この村の死者たちの頭を次々と打ち落とし、「殺す」。もちろん、彼らは「死者」だったわけで、すでに、死んでいたわけであるが。
アイは彼ら全員が虐殺された、村人全員を、「墓守」として、埋葬した後、彼女は別の墓守によって、アイが埋葬した死者たちが、実際に永遠の死者となっている、つまり、アイが実際に「墓守」であると指摘されることに驚く。
しかし、もっと驚くべきことは、そもそも、アイが12歳だということである。なぜなら、十五年前から、人類には子供は産まれなくなったはずだからである。
なにが起きているのか?
それは、そもそもハンプニーハンバートとは、アイの「父親」のことであると、アイが母親が生きていた頃に聞かされていたことにある。

「そうだな、たぶん不死性は俺の願いを叶えた形なんだろう。丁度あの時期だ。俺の体はずいぶんと安定していて、具合が良かった。息が自由に吸えて心臓がきちんと動いてその辺を走り回ることも出来た。十七の俺は願ったよ『どうかこの日々が永遠に続きますように』ってな」

ここで重要なのは、ハンプニーハンバートが32歳ということは、十五年前の世界の終わりを、彼は「経験」しているということである。つまり、

  • それ以前の世界

つまり、現代の社会を、彼は普通に知っている、ということである。彼はその現代の時代において、自分が体が弱く、学校にもろくに行けず、生きることに絶望していた。だから、その生きたいという「願い」が、この世界において

  • 叶えられている

というふうに言うことができるであろう。しかし、本当はそうではない。彼は本当は何を願っていたのか。そして、神は彼のどんな願いを叶えたのか。

「俺は幸せに死にたいんだよ」
白い肌を血に染めて、死の淵にいるハンプニーが夢を語った。
「俺がそうしてきたように。俺も誰かに看取て貰いたい......場所はどこでもいい......友と......妻と、子どもたち......後に続く者を泣かせて......惜しまれて、少しばかりの未練を残し......俺は逝きたい......それだけだ」

なぜ、アイはここにいるのか。それは、ハンプニーが上記の夢を叶えたい、と思ったからである。ハンプニーが不死身だったのも、アイがこの子どもが産まれなくなった世界に、唯一人産まれたのも、このハンプニーの

  • 神への願い

が叶えられたから、だというのである。事実、ハンプニーは彼の不死身の能力も、こうして、アイに死を看取られる場面となることで、ようやく死を迎えることができた。
しかし、そうだとすると、どういうことになるのであろう?
つまり、アイについてである。
アイは、つまり「鬼子」なのだ。神が願いを叶えたのは、ハンプニーに対してである。つまり、ハンプニーの願いを叶えるために、「アイ」は、この子どもが産まれるはずのない世界に、唯一人、子どもとして誕生した。アイはハンプニーの願いのための「手段」として、「必要」とされた。
しかし、である。
だとするなら、そのアイがこの先、生きていくことは、どういうことになるのであろうか?
ハンプニーが言っていたように、この世界は絶望の世界である。あらゆることは暴力によって行われ、幼い弱い存在は、穢され、汚され、最後は、こんな醜い形で死にたくなかったと後悔する世界。生き続けることに後悔する世界。
その世界に対して、両親を失ったアイは生き続けること、「反逆」することを誓う。彼女の願いは、「この世界を救う」ことである。果して、神は彼女の願いを叶えるのであろうか。この鬼子の「反逆」を、どう受けとめるのであろうか...。

神さまのいない日曜日 (富士見ファンタジア文庫)

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