えっと、放射線ホルミシス?

正直言って、福島第一の事故によって、多くの放射性物質福島第一原子力発電所の、あの地震で破壊された土地から、放出されている状況において、そのことがどれだけの「リスク」なのかを、どのように評価すべきなのかと聞かれても、別に、専門家ではないので、分からないと言うしかないわけで、そういった意味で、この問題に長年、取り組んでいる学者の方たちの意見に耳を傾けているわけであるが、しかし、どうにも

  • おかしい

と思ってきたのが(おそらく、多くの人たちが、思っていたと思うが)、放射線ホルミシスであろう。
この問題がよく分からないのが、ようするに、大変に有名な大学の名誉教授にまでなっているような人が、どう考えても「トンデモ」としか思えないような、こういった主張をしてきたことに、一体、どういった

  • 評価

をすればいいか分からない、というのが大きかったのではないだろうか。
その中でも、驚くべき存在が、昔から、あのブルーバックスで、放射線ホルミシスを一貫して主張していた、近藤宗平の一連の発言なわけで、しかも、この人は、3・11の後、わざわざ、そのブルーバックスの第3版の第6刷からは、次のような前書きまで書いているんですよねえ。

東日本大震災による原発事故にともなう放射線被ばくリスクに国内が大揺れしています。今回の被ばくは生命に危険を与えることは全くありません。本書はその科学的根本をしたためています。

人は放射線になぜ弱いか 第3版―少しの放射線は心配無用 (ブルーバックス)

人は放射線になぜ弱いか 第3版―少しの放射線は心配無用 (ブルーバックス)

ここでわざわざ「根本」なんていう、文学的な表現をしているところがキモなのだろうが(最近、お亡くなりになったということで、あまり、ご高齢の方に対して、どうのこうの言ってもしょうがないのだろうが)、しかし、だとしても、こうやって、「高名」な学者が「生命に危険を与えることは全くありません」と言い切っていることによって、なんらかの「判断」をされた人もいたんじゃないのか、と想像するに、そんなに責任は軽くないんじゃないのか、とも思うわけであるが、どうなのだろうか?
例えば、上記の本では、以下のようなことが、さらっと書いてあったりする。

直線仮説による放射線防護用のリスク推定法は、被ばく者にウソの被害を真実と思い込ませたことになり、その責任は大きい。
人は放射線になぜ弱いか 第3版―少しの放射線は心配無用 (ブルーバックス)

驚くべきことに、原発推進寄りと考えられているICRPのLNT仮説は間違っていて、この主張に追随している日本の学会は、国益を損ねているんだ、と言っているわけである。じゃあ、その根拠は何か、と読んでいくと、まったくの驚天動地の議論、つまり、放射線ホルミシス説を展開する。

(1) 低レベル放射線の刺激と有益効果  マウスにガンマ線やX線をわずか一ラド全身に照射しただけで、骨ずい細胞が、いっせいにキミジンキナーゼの活性を低下状態に変更する。この低下は、被ばく後四時間で最低値になり、ゆっくりと正常に復帰する。この低下時期には、細胞の放射線に対する抵抗力が増加している。この不思議な現象は、毒性酸素(この場合放射線で生じるOHラジカル、図三5参照)に対して、細胞が適応反応しているものと考えられている。
マウスや金魚、全身に数ラドのX線をあびると、その刺激で放射線抵抗力が向上するようである。なぜなら、この放射線刺激をうけたマウスは、二ヶ月たって、大量被ばくしたとき、ふつうのマウスより、有意に高い生存率を示すからである。金魚では、微量放射線で刺激してから、六時間後に大量被ばくしたとき、その生存率がふつうの金魚より向上したと、報告されている。
(2) 微量前処理照射による染色体異常の防護効果  ヒトの抹消血の細胞を試験管にいれて、X線で一ラド程度照射する。そうすると、あとで中程度の線量を照射したとき、染色体異常の発生がかなり抑制される。似た現象は、マウス、ハムスター、金魚の培養細胞でも確認されている。この防護効果の原因は、防護遺伝子が、微量被ばくを察知して、防護タンパクの生産を開始するためのようである。このタンパクは、つぎに述べるストレスタンパクの仲間であろう。
(3) ホルミシスの機構とストレスタンパク質  本章の1〜4節に述べたことをまとめておこう。「三十数億年におよぶ進化の過程で、生物は多種多様な環境の危険に出合った。環境の激変で、生物種は、進化の途中で大半死滅した。しかしまれに、危険を防護する機能と、新環境で生存する機能を獲得した生物が出現した。このような事件のくり返しによって、生物の環境適応力がだんだん向上して、現在に及んでいる」。
放射線ホルミシス効果は、「生物の環境適応力」が、放射線の刺激で上昇するため、という考えが有力である。
生物の環境適応力の実体が、分子レベルでわかりはじめた。微生物や哺乳類細胞は、熱ショックを与えたり、グルコース欠損培地で飼育すると、特定のタンパク質群を生産するようになる。これらのタンパク質群の中にあるものは、多種多様なストレス状態に細胞をおいたとき共通して生産される。これらは、ストレスタンパク質とよばれている。
(4) 低線量全身照射による免疫力の上昇  毎日一ラド程度を、総線量が数十ラドになる程度に四週間にわたってマウスに照射をつづける。そうすると、T細胞の免疫活性が上昇する。これ、胸腺の未熟な前駆T細胞が放射線で傷がついたとき、自爆をして、無傷の前駆T細胞の増殖を刺激するめという考えであるが、微妙な問題が未解決である。
(5) 程度全身照射のがん治療効果  リンパ球系の悪性腫瘍患者に、一〇ラド程度の全身照射を週に二、三回ずつ数週間おこなう。そのあとがん部位に放射線を大量照射すると、治療効果が上昇する。この新治療法は、実際に好成績をあげていると報告されている。
(6) 自然放射線による微生物の増殖刺激  ゾウリムシやランソウは、宇宙線を遮断すると増殖速度が低下する。宇宙線で水中につくりだされる産物(おそらくOHラジカルなど)の微量変動を察知するセンサーを、これらの単細胞生物はもっているのであろう。
人は放射線になぜ弱いか 第3版―少しの放射線は心配無用 (ブルーバックス)

ようするに、微量の放射線は、むしろ、体を健康にするんだ、と。だから、福島の被ばく者は、むしろ、「健康」にこそなれ、病気になどなるわけない、と(ここでのポイントは「微量」という言葉のとらえ方であろう)。
いやー。こんなことを3・11以降も言っている人がいるのかと、びっくりしていたわけだが、ところが、この放射線ホルミシスの日本における総本山と、思っていた、電中研が、あっさりと、その効果を否定している、というのは、一体、どういうことなんですかね?

第一に、ホルミシス効果の検証実験の多くは、健康状態にない動物(生まれつき病気になりやすい動物や、がんを移植した動物など)を対象としていることです。もともと低線量の放射線の影響は非常に検出が難しいため、応答を観察しやすくするためにこのような特殊な実験系が使われます。このような実験で得られた結果から、健康な人間に対する影響を推定することは適切ではないと考えております。
第二に、ホルミシス効果の検証実験では、観察している指標が限定されています。例えば、活性酸素病に関する研究では活性酸素に関する指標は調べられていますが、その他生涯のがん発生率や寿命の変化など、一般の放射線影響として問題とされる指標については調べられていない場合がほとんどです。放射線の影響は多面的ですので、一面的なデータだけで判断してはならないと考えます。
放射線ホルミシス効果に関する見解 ― 放射線安全研究センター ―

ちょっと、唖然としてしまうのだが、村上龍の小説のタイトル「愛と幻想のファシズム」ではないが、もう少し、この問題の「構造」に注目する必要があるんじゃないのか、と思わずにはいられないわけですよね。
もしも、放射線ホルミシスが「正しい」とするなら、どういうことになるか。もちろん、東電は、福島の人に賠償をする必要がないだけでなく、福島の人は避難する必要さえなかった、いや、むしろ、彼らは

  • 自分たちを健康にしてくれた

ということで、感謝こそすれ、恨みをもつなんて、とんでもない、ということになるであろう。当然、日本には、これからも、原子力発電所が、ボンボンと建設される。
それだけではない。そもそも「少し」なら、人々を「健康」にするのだから、東電は、放射性廃棄物という「資産」を手に入れたようなものである。ごはんの「ふりかけ」から、ペンダントから、次々と、関連健康グッズを売れば、儲かる。
つまり、原発を推進すると、

  • みんながハッピーになる

という<幻想>性が(ポストモダン的に言えば、消費社会的な広告性が)、放射線ホルミシスにはあるんですねー。

地球の温暖化とCO2増加の抑制には、原子力が有効である。しかし、放射線恐怖症を扇動して利益をえている集団がいて、世界の大衆は原子力を信じない。
人は放射線になぜ弱いか 第3版―少しの放射線は心配無用 (ブルーバックス)

いやはや、なんと言ったらいいのだろうか orz。