諸星悠『空戦魔導士候補生の教官』

孔子論語が興味深く、現代においても理解されるのは、そこに、「教える」側と「教えられる」側との諸関係の本質があると思われているからであろう。というか、この論語に「よって」、私たちはその関係を血肉とし、実践してきたと言ってもいい。そういう意味では、本末が転倒している、と解釈することもできる。
そういった視点で、掲題のラノベを見たとき、この作品の「構造」がうまく説明できる、といった感想をもつわけである。
この世界はすでに地上は、ストパンで言うところのネウロイのような、なんだか分からない魔性の生き物たちによって「支配」されてしまって、かろうじて「中空都市」に人間が生活している。その中の、軍事(魔法)学園浮遊都市「ミストガン」が作品の舞台。市民の九割が学生。予科三年、本科三年の六年制で、十二歳から十八歳までの学生が在籍。その基本を自治運動としている。
主人公のカナタは本科二年で、以前は特務小隊(ロイヤルガード)と呼ばれるような、学内トップクラスの軍事任務を優秀な成績で果たす存在であったが、ある日を境にして、それらの任務を一切、放棄するようになる。その、まったくの義務を果たさなくなった変わりようから、彼を「裏切り者」と、学内の人たちは蔑称を込めて呼ぶようになる。
そのカナタにある日、任務が与えられる。E601小隊の「教官」という任務が。この小隊は、ミソラ、リコ、レクティの三人の予科二年生で構成されるEランクの、いわば「落ちこぼれ」小隊を、通常の一人前の戦力として使えるように、教官として訓練することを求められる任務であった。
ここまでで、この作品の基本的な構成要素はそろっている。それを整理すると、

  • 主人公のカナタの「裏切り」の理由
  • ミソラ、リコ、レクティの三人は「才能はありながら」それぞれ、その才能の開化に成功していない

の二つということになる。
カナタがロイヤルガードの仕事を一切放棄するようになった理由は、作品を読み進めるにつれて、敵の「魔性の力」を彼自身の体内に取り込んだ関係で、今までのように魔法を使えなくなったことが関係していることが示唆されているが、その事実を彼自身が回りに「隠している」ということが示唆されている。
それと関係しているのだろうが、彼は自分が学校内で、「裏切り者」と軽蔑されていることに対して、なんの「反論」もしない。無視している。いくら馬鹿にされても、なんとも思っていない。説明しなければいけないと思っていない。もっと言えば、彼自身の「手柄」で、この学園都市を敵から守ることになったときも、その事実が公にされることを嫌がる。徹底して、縁の下の力持ちに、黒子に徹することを求めるような印象を受ける。
そう考えたとき、この「教官」という任務は、一つの示唆を与える。
教師は「教える」側であり、「教えられる」側ではない。つまり、実際に何かを実行して、パブリックに「評価」されるのは、教えられた側の行動になるわけだが、問題は、

  • なぜ生徒は「そう」振る舞ったのか?

を、その生徒自身「だけ」から、決定できない、というところが、この「教える教えられる関係」の意味ということになる。確かに、その生徒の成長は、その生徒の努力である。しかし、その生徒が「なぜ」成長できたのかは、一種の謎として残る。そういう意味で、教官はそこに、一種の「媒体」としての存在を示すことになる。
E601小隊の三人は、確かに成績が悪い。まあ、落ちこぼれである。しかし、それが本当に「才能がない」ことを意味するかは別である。それぞれに個性があり、ある意味で可能性を秘めていながら、逆に考えるなら、なぜその才能を十全に発揮できないのかが、一つの謎だと考えることもできるわけである。

「お前の特訓は魔砲剣士から魔砲士にコンバート。そっちの方が強くなれるから」
もしかしたらミソラは少しカナタに期待を抱き過ぎていたのかもしれない。裏切り者で突拍子もないことを言い出すこともあるが、いい奴であると。だからこそ、カナタから吐き出された言葉が余計癪に障ったのかもしれない----裏切られたのだと。
「......いま、なんて言ったのよ」
冷たい蛋白な声が滲み出る。これがあたしの声か。本人ですら疑問を抱いてしまうほど、その声は冷めきっていた。だが、カナタは敢えて平静を装い、告げる。
「んっ、聞こえなかったか。お前はこれから魔砲剣士から魔砲士にコンバート。その上でこいつを使って射撃訓練をするって言ったんだよ」

なにかを学ぶ上で、最も重要なことは「主体」性である。だれも自分のやりたくないことをやれと言われて、学ぼうとするわけがない。それは、どんな学者も自分の専門分野として選ぶことなしに、その分野を専門とすることがないのと同じわけである。ミソラが魔砲剣士にこだわるのは、彼女の死んだ母親がそうだったからであって、その事情に他者が介入することはできない。それをやるかやらないかは、本人が決めることであって、それ以外ではありえない。学ぶことは常に「本人」が学ぶと決めたときに決まっていることであって、他者がどうにかコントロールする領域の話ではない、ということである。

「ブレアさんがわたしのことを、う、恨んでいるのはわかります。ですがこの勝負、もしわたしが、わ、わたしがブレアさんに勝てたなら----」
真剣な意思を帯びた眼差しで、レクティはブレアにお願いする。
「----もう一度わたしと友達になってください......っ!」
呆気にとられ、ブレアは目を瞠った。
「ば、馬鹿なっ! アリアに怪我をさせたそなたが、私に友達になれというのかっ!?」
「はい。アイゼナッハの鉄の掟を、わたしはブレアさんと仲直りするために、使わせてもらいます......っ! 自分の想いを貫くために......っ!」
「......鉄の掟は絶対だ。そなたが鉄の掟で約束させようものなら、それは必ず護る」
「ありがとうございますっ! これで心おきなく......全力が出せます!」
「なにを言って......」

レクティは恥ずかしがりやで、奥手であることが、彼女の才能を殺している全てだと言える。その原因に、過去の事故の責任を自らに感じている所にあると考えられる。ブレアの妹のアリスに怪我を負わせたトラウマにとらわれている。レクティはそれ以降、ブレアに恨まれる人生を引き受けてきた。だからこそ、この事故の前まで、唯一の親友であったブレアに彼女は、もう一度、親友になってもらうことを、唯一の「望み」とする。彼女が戦っているのは、過去の誤ちを犯した自らであり、その罪を引き受けることだと言える。そう考えたとき、彼女にしてみれば、ブレアが親友であってくれること以外の生きる目的などないのだ。

その瞬間、ミソラがばっと頭をさげた。
「ごめんなさい......っ!」
驚きこちらを見やるリコ。そのままの姿勢でミソラが告げる。
「あたし、嘘ついてた......っ! リコに『別々に頑張ろう』って言ったけど、ホントはリコと一緒に頑張りたいの......っ!」
お馬鹿なミソラにできることなど限られている。
自分の想いを----ありのままの感情を行動に移す術以外、彼女は持ち合わせていないのだ
それが間違いなのか。正解なのかはわからない。
ただ、ひとつだけわかっていることがある。
この胸のうちにある想いは。リコに伝えたいと言う気持ちは。全てつけるべきということだ。
「あたしはリコに移籍してほしくない......っ! これがあたしの本音よ......っ! リコ、あんたはどうなの......っ!」

リコはチーム戦において、味方の援護を信じられず、背中を味方にあずける状況において、狙撃の精度を落とすことに悩んでいた。そのタイミングで、自らのCランク小隊への移籍の話がまいこむことになる。それに対し、ミソラは、一度は彼女の将来を考えて、移籍を勧めるが、どうしても本音を抑えられず、彼女とこれからも一緒のチームでやっていきたい、と答えることになる。
リコの問題は、どうしても体が味方を信用できないかのように反応してしまうことであった。そこで、一度はミソラが自分を見捨てるようなことを言ったことにショックを受ける。よく考えてみてほしい。これだけ長い間、一緒のチームでやってきた相手を信用できないで、どうして、これらか移籍するチームの相手が信用できるようになるだろうか。なるはずがない。
リコがミソラたちを信頼できなかったのは、リコとミソラたちがホンネで、ぶつかりあったことがなかったから。いつも、最後のホンネのところでは、クールに一線を引いていたリコの態度が、心の壁をつくっていた。その一線を超えてきたのが、上記のミソラの発言の場面である。ミソラは、単純にリコと、これからも一緒にやっていきたい、と言う。それはもう理屈じゃない。今までもそうだったら、これからもそうがいい。しかし、それはむしろ、リコの思っていることなのだ。
(この後、リコは自らの必殺技である「神憑き(ツヌグイ)」を発動するとき、どんなに有能なロイヤルガードに守られても発動できなかったのに、ミソラたちE601部隊に守られたときだけ発動できたことに、彼女たちへの信頼を確信するわけであるが。)
なぜ、「教える教えられる」の関係は、常に成功したり成功しなかったりを繰り返すのであろうか。それは、そもそも教えられる側には、「動機」が存在するからである。その動機の調達こそが、そもそもの第一歩になっていることが分かる。
いくら才能があっても、それが本人の動機とリンクしなければ、なに一つ、始まりすらしない。なにかを行うことは、そう行うことの「理由」があるから、としか言えない。
学校において、教師は「黒子」である。主役は生徒である。しかし、教師が存在しないで、今の生徒が、「そう」あったのかは疑問である。カナタは全校生徒に、自分が「誤解」されることを苦としない。なぜなら、それより大事なこと、この学園都市を、敵から守るという使命の方を大事にしているから。彼はどんなに他人に誤解されようとも、言い訳をしない。また逆に、どんなに自分が活躍をして、この学園都市を窮地から救っても、それを自慢したり、真実を知ってもらおうとしない。彼は、徹底して、黒子であろうとする。自分が表舞台にひっぱりだされて、スポットライトを浴びることを嫌がる。しかし、こういった態度が、どこか教師と生徒の関係を連想させる。
ミソラ、リコ、レクティのE601小隊の三人は、なぜ教官であるカナタが自分たちのためにここまでやってくれるのかを理解できない。ただ、一つだけはっきりしていることは、自分を、落ちこぼれから脱出させ、一人前に導いてくれたのが彼であったことであり、そのことへの感謝の気持ちだけは間違いなく自分の中にある、ということである...。