パロディ化する日本政治

今回の都知事選が終わるやいなや、宇都宮弁護士がテレビやらラジオやらネットやらに出まくって、鳥越候補をディスり続けた。この光景に、多くの人は違和感を覚えたのではないか。宇都宮弁護士はなんでこんなことをやったのだろうか?
もちろん、宇都宮弁護士がテレビやラジオやネットでインタビューに答えることで、どれくらいのお金をもらっているのかは知らない。おそらく、それらのうちの、電通が関わっているようなものは、かなりの金額を「与党応援」の意味でもらったことであろう。
ネット上では、さっそく、なぜ保守に対しリベラルがダメなのか、という議論が始まっている。保守は戦いが終わればノーサイドで、もう一度、一つにまとまるが、リベラルはガチンコのケンカが始まる。ならリベラルはいつもそうなのだろう?
リベラルは「上級市民」なわけだ。いい大学を出て、基本的に「国民を救う」活動をやっている。というか、そういう活動をやっているのに、けっこう「儲かっている」人がリベラルなのだ。
それに対して、多くの国民はなんの「特徴」もない、普通の人たちだ。世間では、自分がなんの特徴もない。いくらでも代わりがいる「社会に迷惑をかけている」存在だということを、十分に分かっている。だから、毎日はストレスの連続であり、その苦しさと戦っている。他人を助けている暇もないし、だからこそ、それゆえに、「コンプレックス」をもっている。
多くの人たちは、できるだけ、せめて世間に対して「迷惑」はかけないように生きようとしているから、保守は戦いが終われば、大同団結をするのだが、リベラルは

  • 自分は正しい

の人たちだから、「言い訳」が始まるわけである。宇都宮さんのインタビューを聞いていても、彼が自分を「立派」だと言ってほしい、という欲望がよく伝わってくる。しかし、彼が今回の戦いで、鳥越さんを推して、みんなで「がんばろう」と努力した人たちへの「いたわり」の気持ちは、まったく伝わってこなかった。

  • 冷たい

のだ。おそらく、選挙が終わって、インタビューを受ければ、それなりのお金になるのであろう。そういう意味で、相手へのリップサービスもあったのだろう。しかし、もしも「リベラル」が

  • 冷たい

なら、国民の支持は得られない。たしかに宇都宮弁護士は多くの「福祉」に対しての「知識」をもっているのだろう。しかし、「知識」をひけらかせば、大衆にドン引きされる。一言で言えば、宇都宮弁護士は偉そうなのだ。偉そうな奴はたたかれる。たとえ演技であったとしても、一人一人への「同情」を伴わなければ、底を見透かされる。
例えば、今回の選挙戦を裏から見れば、完全な「日本会議」の勝利だったことが分かるわけであろう。というか、この結果は、選挙が始まる前から決まっていた。

なんのことはない。三人とも、日本会議で「グル」だったわけだw まず、民進党は意味不明の候補者選びを、延々と続けた。なぜなら、松原にとって、日本会議の小池が負けてもらっては困るからだ。絶対に小池を倒す候補を立候補させない「ため」に、委員長をやったのであって、彼は最初から最後まで、サボタージュした。
石原慎太郎の「厚化粧」発言もおそらく、日本会議電通に言わされたのであろう。どう考えても彼がそう言えば、小池への同情票が集まる。
三人は選挙を通じて「グル」だった。私はその中で、鳥越さんはこの「パロディ」を分かった上で、よく戦ったと思っている。自分が「かませ犬」として使われていることを分かった上で、あえて、反原発を言った。彼は自分に自由がないことを分かった上で、だったら、ということで、孤独な反逆を行ったのだ。
私は近いうちに、日本政治は

  • 二大勢力図

になると考えている。おそらく、次の民進党の代表選挙は、どうやって民進党内の「隠れキリシタン」ならぬ、「隠れ自民党員」を党内から追い出すかの争いになると思っている。代表選挙において、明確な方向の違いが露呈することで、彼ら「隠れ自民党員」は、おおさか維新と小池新党と彼らによって、

  • 第三局

を目指すことになるであろう(国民には彼らが「自民党の党外の別働隊」だということはバレバレであるがw そしてそれによって、野党共闘がより「主張の明確化」がはかられていくであろう)。
しかし、そういった場合に、宇都宮弁護士は、どういう立ち位置になるのだろう? リベラル側は今以上に人間味あふれる存在であることを、国民にアッピールしていかなければならない。そういった時に、宇都宮弁護士のように「KY」では、国民的な支持をもりあげていけない。なかなか、「いい人」というのは扱いに困るわけである orz