頭がおかしい日本史

なんていうかな。日本の歴史を考えるとき、明らかに「おかしい」ことがあって、それが、

なんだよねw なんか、どう考えても、おかしいでしょ。まあ、古事記を見てみようよ。そこには、漢籍なわけで、漢文で書かれているんだけど、明らかに、

つまり、日本語の「存在」が示されているし、実際に、話し言葉の日本語が、古事記には「記録」されている。
このことは、れっきとして、「そこ」に、話し言葉の日本語が「存在した」ことを意味しているわけで、いろいろとマイナーチェンジはあったとしても、基本的にはそれが、今まで続いて、今も、私たちは、それを話している。
つまり、古事記日本書紀を書いたし、書けた、中国人ではない、ここで日本語を話して生きていた、大多数の日本人がいたわけだ。
じゃあ、この日本人は、どういう生活をしていたの?
普通はそうなるよな。ところが、義務教育の日本史は、これをまったく教えない。
頭おかしいよ。
じゃあさ。ここで「年表」を書くことで、それぞれの年代がどれくらいの期間のことを言っているのかを確かめてみるよ。

  • 旧石器時代:約3万年前 ... 2万8千年
  • 縄文時代:1万2千年前から2千5百年前 ... 9千5百年
  • 弥生時代:紀元前5世紀から3世紀半ば ... 8千年
  • 古墳時代:3世紀半ばから7世紀半ば ... 4千年

あーあ。
よく、江戸時代は300年とかいって、長いな、これだけ長ければ、そりゃあ、いろいろなことがあっただろうな、なんて言ったりするが、なんだよこれ。こっちの方が、比べ物にならない位になげーじゃねーかw
どうすんだよ。
あのさ。どうして日本人は、自らの「ルーツ」について考えないの? 自分たちの祖先が、どういう人だったのか。どういった生活をしていたのか。彼らが、どんなことを毎日考えて生きていたのか。
こういったことに心を傾けないで、どうして、未来のことを考えられるの? 頭おかしいんじゃない?
じゃあ、時代をさかのぼってみよう。まず、旧石器時代だけど、これは氷河期の続きのような時代で、アフリカから狩猟採集をしていた人類の祖先が、マンモスなどの獲物を追い掛けながら、日本列島まで流れついた時代なのでしょう。基本的に、狩りで使う石の刃物などを、当時の人類は作成していた時代ということになる。
次に、縄文時代だけど、これが問題なわけね。この頃になると、日本列島では土器などが出土する。そして、「定住」が見られる。そして、日本中の各所で縄文人が暮していた痕跡が残っている。土偶などもこの頃なのだろう。
弥生時代は、稲作などが中国からの渡来人によって普及した時期のことを言っているのだろうか。勾玉や、さまざまな装飾品も見られるようになる。
古墳時代は、単純に日本各地にある古墳が作られた時期だ。この古墳の規模を考えれば分かるように、これだけのものを作るためには、多くの人が関わらなければならないし、大規模な土木工事を必要とする。
あのさ。彼らは、どんなふうに生活していたの? どんな「文化レベル」だったの?
少なくともはっきりしていることは、「ほとんど今と変わらない、話言葉としての日本語」を語っていた、ということでしょ。そして、難しい道具とか作ったりして、恋愛をして子どもを育ててって、今の私たちが想像するのと変わらない、人間としての当然の営みを続けてきていたわけでしょ。
なんで、この時代の人たちの生活を「舞台」にした

  • 文学作品
  • ドラマ・アニメ

が作られないの? どう考えても、おかしいでしょ。日本人があまりに過去に興味を示さないって、自分がどこから来たのかを知ろうとしないって、完全に人格として、なにかが欠けている証拠なんじゃないかな。そんな奴が、どうして未来について、確信をもって語れると思えるんだろうね...。