無敵の人になった長崎そよ

アニメ「バンドリMyGO」は、第7話でライブでの演奏を行ったわけで、そもそも、ライブ演奏は「全ての問題」を解決する、一つのメルクマールとして機能するはずなわけだが、このアニメでは

  • もう一つの新たな展開

が、ここから始まる「きっかけ」として使われてしまったw つまり、

  • 長崎そよムーブ

だ。そよは、このバンドを始めた「きっかけ」の人間だ。そういう意味で重要だったはずだが、彼女がバンドを始めたきっかけは、徹底して軽いものだった。そういう意味で、この鬱展開は予想されていたと言えなくもないわけだが、それにしても、分かりにくい展開となってしまったという印象はぬぐえない。
そよはずっと「不気味」な存在だった。常にクールで、マイペースで、ほとんど感情を乱すことがない。逆に言えば、「なにを考えているのか分からない」。しかし、「演出」として、ずっとフラグが立っていた。それは、彼女がずっと見せていた

  • 指をさわる

しぐさだろう。これは、彼女がどこか「ストレス」を感じたときに、常にやっていた「くせ」だった。しかし、この演出は明らかに、

  • メンヘラが自分の指を折る行為

を想起させるわけで、不気味なのだ。
第8話で、豊川祥子に「すがりついて」、土下座をする長崎そよを、祥子は徹底して拒否をする。祥子は長崎そよの「正体」を見破っていた。つまり、そよはCRYCHICの復活をお願いしていながら、彼女は一度としてバンドの<一人一人>のことを考えていない。彼女はずっと

  • 自分のことしか考えていない

わけで、そうである限り祥子がそよを「真面目」に相手をするはずがない。
しかし、ここまで徹底的にキャラを「落とす」演出は、当然それに対する「応答」があることを意味する。それが描かれたのが、第9話だった。
長崎そよの「闇」は、彼女の「母子家庭」の家庭環境として示される。母親との二人暮し。そして、ノートに書いていた自分の名前の名字を横線で消して、長崎に変える行為。
その日から、徹底してバンドメンバーを「無視」し始める長崎そよ。燈が泣きながら彼女に向かって走って行っても完全無視。
うーん...。
こういったものを見せられて困惑するのは、視聴者だろう。そもそもこの作品は「豊川祥子」問題だと思っていた。まあ、若葉睦問題と言ってもいい。しかし、ここにきて長崎そよ問題が別に発生してしまった。そうすると、視聴者は

  • 制作側は結局、「どっち」を描きたいのだ?

という疑問が湧いてくるわけだw つまり、長崎そよ問題はある意味で「蛇足」なのだ。彼女の問題は深刻だが、この問題は「バンド」がどうなるかで解決するようなものじゃない。おそらく、そよは母親(または、話の流れによっては父親)との「和解」によってしか救われない。長崎そよは、他のメンバーとは異質な

  • 問題

を抱えているわけで、その「問題」はバンドとは無関係なのだ...。