改めてユーフォ3の原作を黒江真由を中心に整理する

黒江真由の問題は、そもそも原作の3年生編がどういった物語構造になっているのかを、きちんと整理してからでないと、よく分からない。特に、京アニのアニメが、この原作の物語構造を描くことを放棄して、醜悪なバッタモンに作り捨てたために、人々の脳が京アニ

  • デマ

で汚染されてしまったために、まずこの汚染物の除去から始めなければならなくなっている。そういう意味でも、京アニの罪は重い。
ここでは、改めて、原作のストーリーを黒江真由を中心に見た形で整理してみる。
原作において、この3年生編の最重要な場面は以下だ:

「上手な奏者が集まると枠が少なくなることもある、ということです。チューバパートだって、一昨年は二人だったわけでしょう? それが四人ですよ、四人。美玲は優れた奏者ですが、さすがに後藤先輩と梨子先輩の分を一人ではカバーできない。だから滝先生は数を増やすことで解決しようとしているんです。今回さつきと釜屋さんがAメンバーになったのは上手さという単純な基準ではなく、全体のバランスを重んじた結果です」
当事者でありながら、客観的に状況を分析できている。奏の頭の回転の速さに、久美子は内心で舌を巻いた。
「奏ちゃんの言い分はわかった。今回のメンバー落ちは自分がさっちゃんたちに負けたからってわけじゃなくて、編成の問題のせいってことだね。あとは、真由ちゃんっていう優秀な奏者が入ってきたから、ユーフォが二人でも成立することになった」
「こんなことなら、京都府大会の時点でチューバを四人にしておけばよかったんです。京都府大会のときは滝先生の音楽的な好みが大きく反映されていましたけれど、関西大会に近づくにつれてどんどんそれがかき消されているような気がします。まあ、これは個人的な印象ですが」
「それが、コンクールに媚びてるってやつ?」
「しかも、当の本人に確固たる意思があるのか怪しいところが困りものです。本気でコンクール偏重でいくのなら、ここでソリを黒江先輩にするのってありえなくないですか?」
ここでその話題に切り込むのか、と久美子はベンチに添える手に力を込める。目は傾き始め、辺りの薄暗さは増してきた。赤い光が芝生に染み込み、若々しい緑を変色させている。
「そうかな? 真由ちゃんのほうが上手だったんだって私は受け止めたけど」
「久美子先輩と黒江先輩に大きな差があるならいざ知らず、二人の力量って好みの違い程度でしょう? 少なくとも、私はそう思います。だったら、部長で、しかもずっとこの部のために働いている久美子先輩をソロにしたほうがよくないですか? 部もそっちのほうがまとまりますし」
「でも、それが滝先生のやり方だと思うし。先生は間違ってないよ」
「本当ですか? いちおう確認ですが、滝先生は黒江先輩が三年生だから気を遣ってソロにしたのではないですよね? 三年生を一人ずつ演奏させて、想い出作りさせてあげようと考えているとか」
「それはないよ」
と、即座に切り捨てる。だが、否定している自分が、いちばん滝を信じきれない。これまでだったら思い浮かびすらしなかっただろう疑念の種が脳のあちこちで芽吹いている。

なぜ、この発言を原作は奏ちゃんにさせているのか? それは、彼女こそ、この問題の最大の「被害者」だからだ。
公美子が3年になった軽音楽部は地方大会の最初、ユーフォ部隊は、公美子、真由、奏の3人、ソリは公美子だった。それが、関西大会は、チューバを2人から4人に変えた煽りを受けて、ユーフォ部隊は、公美子、真由の2人となった。しかも、なぜかソリは真由に交代となった。
この、滝先生の「変節」によって、直接の実害を受けたのは

  • 奏 ... レギュラーから外される
  • 公美子 ... ソリから外される

となっている。また、この会話の最中に、自分がソリを外されたことへの恐怖や、真由への嫉妬を心の底で思っていながら、それに気付かれないようにしていた。
次の場面は、上記の奏ちゃんの話を聞いて、公美子が直接、滝先生にチューバを4人にした、その意図を質問するところだ。ただし、ここではなぜ、ユーフォのソリを公美子から真由に変えたのかの質問はできていない。その代わりに、質問をしてくれたことを褒めてくれた滝先生に、自分は聖人のような人ではないと言う形で、このことについてほのめかす形になっている。
上記の滝先生の優柔不断が部全体で爆発寸前になっていた。特に、ユーフォのソリが公美子から真由に代わったことが自分たちが一年の頃から一緒にやってきた同士である公美子が外されることに不快感をもつ人が多く現れた。すると、麗奈は滝先生が決めたことに陰で文句を言う部員が許せなくて、放課後に呼び出して注意を繰り返した。さすがに、麗奈がそこまでやるのはやりすぎだと思った公美子と秀一は、麗奈に反対するのだが、麗奈はそう言う公美子を部長失格とまで言って、この3人のリーダー陣までもが、バラバラになってしまう。
そして、次の場面は、この状況にほとほと困りはてた公美子が、卒業したあすか先輩に相談に行く場面。

「自分で説明するのは難しいんですけど、その転校生の子、あんまりコンクールに執着心がなくて。すぐに辞退しようかって私に言ってくるんです。それだけでも扱いが大変なの、
に、なんか、今年の滝先生は優柔不断みたいなところがあって。それを不安に思う部員が裏でコソコソしゃべってたら麗奈が怒っちゃって、部内の空気もピリピリしてて」
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編 (宝島社文庫)

「結局さぁ、久美子ちゃんはどうしたいの?」
サクサクとクッキーを咀嚼しながら、あすかが尋ねる。カップのなかをのぞき込むと、弱気に眉を垂らす自身の顔が映っていた。
「私は......私は、綺麗ごとかもしれないけど、卒業するときにみんなが北宇治でよかったなって思えるような部活であってほしいんです。誰かが悪者になるとか、そういうのは嫌で、なんのためにコンクールをやるのかなって考えたら、結果だけに固執するのも少し変に思えてきたというか、いや、もちろん金賞は取りたいって気持ちはあるんですけど、みんなが納得した状態で本気で挑みたいって、そう思うんです」
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編 (宝島社文庫)

ここでは公美子は、あすかに上記の自分の不安や嫉妬を相談していない。もちろん、あすか先輩は、公美子がソリから外されて落胆していることは分かっている。だから、あすかは、からかいぎみに、真由が辞退してくれたら、みんなハッピーじゃんと回答する。そのうえで、公美子がどうしたいかを尋ねる。公美子は自分の持論を説明する。すると、あすかは、それをみんなに話すべきだと言う。
あすかの回答のポイントはここだ。みんなが悩んでいる。みんなが試行錯誤している。麗奈も、真由も、奏も、滝先生も、公美子も。だからこそ、公美子はその悩んでいることを、そのまま、みんなに言うことが大事なんだ、と言う。悩みを自分だけで抱えこむな。みんなで共有しろ。
考えてみると、公美子がみんなに向かって、自分の考えを言う場所、つまり、演説は一度もやっていなかった。そういった役割は、すべて麗奈がやっていた。
次は、公美子による麗奈への説得の場面。滝先生も人間なんだから、いろいろ悩まれていて、試行錯誤されている。これを聞いた麗奈は、少し考えて、公美子に部長失格と言ったのは、言い過ぎだったと撤回する。これによって、公美子と秀一と麗奈のリーダー陣の対立が解消する。
そして、最後のハイライトが、全国大会のためのオーディションの数日前に行われた公美子による演説だ。ここで公美子は自分が部活をどう考えているかを説明する。つまり、部活を精一杯、情熱をかたむける意味は何か? それは、そこで自分がやりきったと思えたことが、そのあとの人生で同じような問題にぶつかったときに、当時の部活で最後までやりきったことが自信になるはずだから。その流れで、一人一人が自分の役割をやりきろう、となっている。
ところで、あすかとの会話の場での、公美子にとっての問題は、部がバラバラだったことだ。具体的には、

  • 滝先生の優柔不断(1) ... チューバが2人から4人へ、ユーフォが3人から2人へ。これによって、奏がレギュラーを外される。
  • 滝先生の優柔不断(2) ... ユーフォのソリが公美子から真由へ。同じ実力なら、1年のときから一緒にやってきた、公美子をソリにしてほしい。
  • 上記を陰で噂している生徒を麗奈が呼び出して説教
  • 真由がソリを辞退すると言い始める
  • 公美子の真由への恐怖と嫉妬

これら全てが、上記の演説の主張が、一つの回答になっていることが分かるだろう。もっと言えば、公美子は

を、この演説によって<撤回>しているのだ! 公美子は真由のような「エンジョイ勢」も部活に居場所があるべきだ、とこの演説で言及している。ただ一つ、「めざす方向が同じ」ならという条件をつけてはいるが。
ところで、真由問題の被害者は、奏ちゃんと公美子だ。それに対し、奏ちゃんは、上記の最初の公美子と奏ちゃんの会話で、自分の考えを示している。公美子は、上記の最後の演説で、自分の考えを示している。そういう意味では、真由問題は二人の中で、自己解決している。しかし、逆に考えてみると、当の真由自身にとって、このことは、どのように考えられていたのだろうか? それが分かるのが、アフターストーリーである、ユーフォ3の終盤に発売された、最新刊の小説だ。
しかし、その内容は、ある意味、驚くべきものだ:

  • 大学ではサークルに入りたい
  • ずっと友達が欲しかった
  • 転校した先々で、男の子に勘違いされてプロポーズをされる(毎回、断った)が、そのために、それまで優しくしてくれていた女友達を怒らせてしまった

真由は、あまりにも美人すぎるがゆえに、男子を勘違いさせ、女子から裏切り者と扱われて、ずっと「孤独」に苦しんでいた。こういったことに比べれば、部の団結のために、ソリを公美子に譲るなど、たいしたことではなかったのだ...。そういう意味では、公美子にとって真由は「他者」なのだ。
なぜ、原作は分かりにくいのだろう? それは、公美子の考えが途中で変わっているからだ。それは、あすか先輩との会話で以下のように言っているのだ。

麗奈と思考のずれが出たのも、きっとそのせいだ。部活というもののあり方について、久美子の価値観が変わってきている。
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 後編 (宝島社文庫)

つまり、公美子は、あすかの主張を聞いている間に、自分が、いつの間にか変わっていたことに気付く。つまり、これ以前とこれ以後で、公美子の発言はまったく変わっていることに気をつけなければならない。
はっきり言って、公美子は真由がずっと分からなかったんだと思う。真由というのが、どういう人物なのか。どういったことを今まで考えて生きてきたのか。ただ、分からないなりに彼女の居場所が北宇治の吹奏楽部の中にあるべきだ、ということだけは直観したんじゃないか。
公美子が「北宇治の吹奏楽部の<あり方>」に関心が移ったのは、いつからだろうか? つまり、このことと、彼女が教育学部を専攻して、高校教師を目指したことは同じタイミングだと言っていいだろう。ある意味で、この部は公美子が運営してきた。黄前相談所が、この部をひっぱってきた。どうすべきなのか、なにが答えなのかなんて、なに一つない。その中で、公美子は、滝先生を尊敬しながら、彼女なりのスタイルを暗中模索してきた。その上で、滝先生を

  • 同じ問題に悩む同士

として見るようになってきた。その方向性、立場の違いは、音大に入った鎧塚先輩や麗奈とは違った関心に、彼女の興味が変わっていった、ということを意味する...。